第149話:味方は増える
《よーし。これで全員だ。結界で覆ったし、魔物と魔族が来ても跳ね返せるようにして作ったぜ》
「ありがとうございます、シルフ様」
丁寧にお辞儀をするアウラに、シルフは《気にすんな》と手をヒラヒラと振ってくる。
イフリートの起こした魔法で、ニチリを襲ってきた魔物達は一掃されアウラ達は無事に終えた。途中で合流してきたドワーフの2人は、そんなアウラを観察するようにして見ている。
「あのネストさん、バットルさん。お茶を飲みませんか?」
観察をしている2人に声をかけて来るのはゆきだ。
そんな風に言って近付いてくる事もなくなっていた為に、2人は思わず瞬きをし互いに見つめた。
次にどう行動を起こすのか、と。
「えっと……ここに置いておきますね?」
すぐに行動を起こさない2人にゆきは気を使う様にして、コップを置くとアウラの元へと戻って行った。アルベルトから聞いていた。自分を助けてくれたのは異世界人であり朝霧だと言う事も。
戦士ドワーフ達は、生涯この名前を忘れる事もない。
その名前は最初に原初の精霊であるアシュプと契約を果たした人物であり、この世界に破滅をもたらした存在である事。
ジグルトは魔王の器として、囚われている朝霧家の娘である麗奈を見定める為に行動を起こした。そして、息子のアルベルトは逆に助け出す為にと父親の誠一と共に動く。
だが、戦士の殆どはジグルトの意見に賛成なのだ。破滅を導こうとしている存在である、器の破壊を。
「麗奈ちゃんはそんな事、しない。させない為に私達は止めているんです」
援軍として来た戦士の話に、ゆきは即答した。
麗奈と親友であり、ずっと一緒に居たからこそ分かる。自分達はこの世界が好きになりつつあるのだと。
「私の両親は、この世界で言う魔物に襲われて既に亡くなっています。私は……両親に殺されかけました」
皆の状況を聞きたいと言ったリッケルに素直に従ったドワーフは、ここに来た目的を告げた。
彼等は器となっている者を生かすのか、殺すのかと確認をしに来たとも言った。
すぐに回答しなかったアウラ達の代わりの答えたのはゆきだ。
そこで初めて聞かされた彼女の過去。
魔物は誰でも目に見える存在。だからこそ、武器を持たない者でも逃げ切れる可能性が残っている。
だが、怨霊は違う。
目に見えない存在、死んだ者の霊である事と生きている自分達に憑依をして道ずれにしようとしてくる。
ゆきが両親に殺されかけたのだって、その一例だ。
そこを助けてくれたのが、朝霧家の人間であり麗奈の母親。
陰陽師は常に目に見えない存在との戦いを強いられる。それは死者を相手に出来るだけの技術があるからだ。
魔力が高い者が優遇されるように、霊力が高い人間はそれ相応の術を扱い死んだ者の魂が見える。その人物の声も聞くことが出来てしまう。自身でそのコントロールは出来ない上、死者の声は常に聞こえてくる。
その度に黄泉へと送る為の術と結界を編み出す。閉じ込めるのはその怨霊の声を聞かない為。自身をも蝕んでしまうその声が原因で、陰陽師としてやっていけない家も多く存在する。
21世紀と言う争いのない時代でも、陰陽師としてやっていけている家は少ない。朝霧はその中で特異な家であり、その特異さから距離を置かれている家でもある。
「他人でもある私を娘のように扱ってくれる。そんな所にアルベルトさんは惹かれたんじゃないんですか。何ですぐに倒そうだなんて言うんです」
「1度滅ぼしかけた存在だからだ。その血縁関係者が、前と同じ道を歩もうとするのなら止めるのが普通だ」
「っ……」
ネストの鋭い睨みにゆきはビクリと肩を震わす。それでも、負けじと睨み返すとその様子を見ていたティーラが「へぇ」と目を細める。
ドワーフは体のサイズを自在に変化できる。
今の彼等は、ティーラと同じような身長である為に圧迫感がある巨体。睨まれれば、恐れるのは当然の事。
だが、ゆきは負けないようにと睨み返す。
異世界人はどいつもこいつも、面白い連中ばかりだなと心の中で呟く。そんな事を思っていると今度はティーラにも睨みを利かせて来た。
理由を聞けば魔族が何でここに居るんだと言う事だ。
「あ? 居たらいけないなんて言われてないしな。あと麗奈に手を出すのは賛成しない。そんな事したらウチの主が暴れるが良いのか?」
「主、だと?」
訝しむ様な視線を向けるも、ティーラが言う主はランセである事を告げる。そのランセはサスクールと同じ魔王であり、仇敵だとも言った。
「サスクールの野郎を殺したいのは俺等だって同じだ。単に名前が同じだとか、血縁関係者だとか面倒な事は嫌いだ。ようは麗奈を守り切る前に、サスクールを殺せばいい」
今、行っている行動はそれだと。
ドワーフ達は器である麗奈を殺そうとするが、その前に本命のサスクールを殺す。奴の目的は世界を滅ぼす事だけであり、その行動を起こすのに麗奈の体が必要なんだとも告げた。
「戦士だが何だか知らんが、麗奈を殺す様な真似をすれば確実に主の怒りに触れるぜ? そしたら2度も魔王を相手にするが……良いのか?」
「……」
「……」
ネストとバットルは押し黙った。
まさか魔王同士で戦いが起きていた事。そして、魔王であるランセは異世界人の麗奈とゆきの事を気に入ってる。そして、魔族であるティーラもその節がある事に驚きを隠せないでいた。
「悪いが捕まっている間、黙ってなんかいなかったぞ。あと麗奈は人たらしだ。気付かない内に味方を増やすし、本人にその自覚がないんだ」
ありゃあ厄介だぜ、と笑いながら説明するティーラに同意したようにヤクルは頷く。そして心の中で思ったのだ。
2人して何をしていたんだ、と。
(まぁ、最初に立ち向かった麗奈の事だ。ただ、大人しくとは思っていないが……ゆきにも伝染していたのか)
好きな人の過去に驚きつつも、段々と麗奈と同じように突拍子もない行動を起こさないかと今からハラハラとさせられる。そんなヤクルの気も知らないゆきは、キョトンとして「どうしたの?」と聞かれるも上手く言葉を返せない。
《その子はある意味で起点ね。悪いけれど、四大精霊であるノームが珍しく彼女の前では姿を現すの。理由を来たら面白い子だからって、言うのよ》
この意味は分かる? と首をかしげて聞いてくるのはウンディーネだ。そして、ノームはドワーフの味方であり精剣の元にもなっている存在。人間嫌いなのも知っていた事から、そんな彼が人間の前に姿を現した事にも驚かされた。
《私達を契約する者自体、今までの歴史でもなかった事。全て、あの子がきっかけをくれたのよ? イフリートだってそうなんだし》
そう言われてイフリートはバツ悪そうに顔を逸らす。
弟であるサラマンダーが契約者を得た事で、それに嫉妬し近しいものを契約者としようとしたのだから、迷惑極まりない。
そう言った意味で、シルフからは《寂しかったんだな》と言って燃やしたのだ。
ウンディーネが消火し、サラマンダーがシルフを抑えつける。彼は兄の悪口を言われて怒っているのと同時に、口を開かせないようにしてるのだ。
《確かにアサギリと言う名前は、貴方達ドワーフとエルフにとってはトラウマよね。協力して国を作ったのに、その中心人物によって壊されかけるだもの》
だけども、とウンディーネは続ける。
《前と違って彼女の味方は多いわ。魔族、ドワーフ、エルフ。種族の違う彼等を彼女は知らない間に絆を結んでいる。前と流れが違うのよ》
1度目は朝霧 優菜によって滅ぼしかけ、契約したアシュプの手により寸前の所で自分達は生き残った。だからこそ、その要素である麗奈も同じであるとネストとバットルは思っている。
「ウンディーネ様の言う様に、前と違うのならば壊されない為に協力をしよう。貴方方は今までの人間のように、差別をするような者達ではないからな」
「はい。2人も麗奈ちゃんに会えば分かりますよ。とってもいい子だから!!!」
笑顔で言い切るゆきに、ドワーフは目を見開く。
手を差し出して握手を求めた彼女の行動に、驚いたのだ。それは、最初に種族の壁も気にしない懐かしい気分。
もしかしたら、今回は違うのかも知れないとちょっとした希望を抱いた。




