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同期の桜、戦死者へ歌う

 三〇二空厚木基地に、火花と煙を散らしながら滑走路脇の芝生に彗星が胴体着陸した。

 みつきを含んだ整備員と修補員、そして待機していた搭乗員が一斉に彗星に駆け寄った。


「無事かー!?」


 誰かが叫ぶと、着陸した彗星の風防から当麻と水杜がひょっこりと顔を出して、緊迫していた空気が一気に緩んだ。


「火が噴き出すかと思ったよ」

 当麻が苦笑いをしながらコクピットから降りた。

 みつきは、彗星をみてゾッとした。尾翼付近は黒く焦げ、機体は蜂の巣のように穴だらけである。


「三号爆弾は成功すると凄い威力だね。三機撃墜、三機撃破」

 当麻が嬉しそうに言った。それを聞いたその場にいた者達は一斉に飛び跳ねて

「当麻・水杜ペアが三号で墜としたぞー!」

 と、彗星夜戦隊の搭乗員、整備員が二人に抱きついていく。あっという間にお祭り騒ぎになった。


 当麻と水杜は笑い合っているが、こうして笑っていられる彼らの精神力は尋常じゃない。

 もしこれが自分の身に起こるとしたら、怖くて正気を保てないだろう──みつきは穴だらけの彗星に目をやりながらそう思った。


「当麻さんも水杜さんも、無事でよかった」

「格納庫の上で、何度もみつきを撃墜した甲斐があったかな」

 当麻は爆弾投下時期の把握をする訓練を、格納庫の上で照準器を覗きながら側を通りかかる人を的にしていたのだが、どうやらみつきは何度もその対象になっていたようだ。

「私で練習してたんですか……」

「お陰様で──」

 そう言いかけた当麻を、側で喜んでいた同期の搭乗員達が

「自慢しようぜー!」

と、騒ぎながら当麻の腕を引っ張り、指揮所に連行していってしまった。


 辺りは忽ち静まり返った。静かになったところで、黒焦げになった彗星の前で、みつきは修補員達と顔を見合わせた。


「こりゃ、修理は困難ですね」



***



 彗星夜戦は損傷が激しいので、そのまま部品交換用として地下格納庫に収まる事になった。

 エンジンは幸い問題は無いので、他の機体が故障した際には挿げ替える事が出来る。


 新しい彗星を工廠に出荷してもらうように連絡を入れると、横須賀空技廠に直接掛け合ってくれとのことで、後日水杜が電車で横須賀に彗星を取りに行く事になった。

 他の彗星はというと、空にいる時間が長かった為か電動である引き込み脚のバッテリーが上がってしまい、脚が作動せず胴体着陸する彗星が多かった。

 同様の理由でエアブレーキの故障も頻出し、彗星整備員、修補員は今夜忙しくなりそうだ。


 そんな中、午後二時から三時にかけて零夜戦隊員がぽつぽつと基地に戻ってきた。


「櫻井さん、お帰りなさい」

 帰投した櫻井にみつきが駆け寄ると、櫻井は「ただいま」と言いながら飛行帽の金具を外した。

「無事で良かった、当麻さんペアは蜂の巣になって帰ってきたんですよ」

「はは、そりゃあ随分派手にやられたね」

 櫻井は飛行帽を脱いだ。

「でも三号が成功したんですって」

「へえ、やるな。三号爆弾は本当に難しいからね、俺でも成功する自信は無いよ」


 櫻井は勢いよく零戦の翼から飛び降りた。

「俺は二機撃墜、二機撃破。雷電隊も結構落としてたし、磐城も一機落としてる。今日は戦闘機隊も結構戦果挙げたんじゃないかな」

 みつきは櫻井の言葉にふと、磐城がまだ帰ってきていない事に気がついた。


「あれ? 磐城さんはまだ……」

 櫻井は怪訝な顔をして、

「磐城は戦死したよ」

 そう言った櫻井の言葉に、みつきは一瞬耳を疑った。

「え?」

 一瞬、みつきと櫻井の間に沈黙が流れた。


「──嘘、ですよね?」

「いや、嘘じゃない」

 櫻井が即答した。

 いや、わかっている。それが嘘ではない事くらい。

 ただ、それを信じたくなかっただけだ。


「あの磐城さんが……戦死? だって、経験豊富なやり手だったじゃない。まさかそんなこと──」

「どんなに経験豊富でも、一瞬の判断を見誤ればあっという間に死んでしまう。磐城は今日、その一瞬の判断を見誤った」


 みつきは、何も答える事が出来なかった。連日の様にある邀撃戦で、三〇二空では戦死者が増えてきていたのは知っていた。

 その度に、どうして彼らは死ななければならないのだろうとばかり思った。


 どんなに毎日彼らを見送っていても、どんなに毎日のように死者が出ていても、人が死ぬ事に──耐えられない。


 つい今朝まで言葉を交わしていたような人の死なら、尚更。


「うそ……でしょ」

 生暖かい涙が頬を伝って、冬の風が濡れた頬の熱を奪っていく。信じたくないけれど信じなければならなくて、それはとても残酷だった。


「なんで、死ななきゃならないの……」

 涙を押し殺しながら言うみつきに、櫻井は困ったような顔をしながらマフラーを脱ぐ。

 そして、服の袖で涙を拭うみつきの腕を止め、マフラーをみつきの頬にそっとあてた。


「なぜ……か。それは戦争だから、軍人だから──としか言えないな」

 困った表情のまま、櫻井は言った。


「仲間が死んでいくのは俺も辛い。でも、俺たちは海軍に入った時から覚悟している事だ。俺だけじゃない、当麻も水地も荒木大尉も、磐城だってそうだ」

 

 そして深呼吸して、

「磐城は、東京に空襲を仕掛けるB-29を落とした事で、今日死んでしまうかもしれなかった国民が救われたんだ。だから──最後までよくやったって褒めてやってくれないかな」

 そう言った櫻井の表情は、まるで自分自身に言い聞かせているようだった。大切な仲間を失った悲しさは、櫻井の方が強いはずだ。


「……はい」

 みつきが裏返りそうになる声を必死に堪えながら言うと

「よかった」

 と、櫻井は安心した様子を見せた。


 それでも、人が死んで当たり前であるこの状況を受け入れる事は、みつきにはまだ出来なかった。


 

***



 翌日、磐城を含めた他数十名の戦死者の葬儀が執り行われた。戦死者の大半は遺体を回収できずに、遺品のみが壺に収められている。


 彼らは英雄として、靖國神社へいくのだと言う。そして英霊となった彼らは、春に靖國神社の桜として咲き誇るのだそうだ。


「花の都の靖國神社、春の梢に咲きてまた会おう」──と、歌が歌われた。



 葬儀が終わり、みつきは磐城の遺影の前に立った。

 いつだかの櫻井のあの言葉を思い出す。


──俺が最も恐れているのは、軍人としての使命を果たせない事だ。


 磐城も同じ気持ちなのだろうか。

 だとしたら、彼は立派な使命を果たしたと思う──みつきは磐城の遺影に

「お疲れさまでした」

そう、呟いた。

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