約束
晴れ渡る空の下。
盛大な歓声を浴びながら、白を基調とした美しい馬車がパレードのために王城を出ていくのをシシリィアたちは笑顔で見送っていた。
今日は、フィリスフィアとランティシュエーヌの婚礼の日だった。
王城内の聖堂で婚礼の儀式を行った二人は、国民へ無事儀式が終わったことを示し、そして祝福をしてもらうために王都中を馬車で回るのだ。
婚礼の儀式に立ち会っていたシシリィアは、ちらりと周囲を見渡す。
「どうかしたか、シシィ?」
「あ、……うん。無事、リシルファーナ様も参加できてよかったなって思って」
「あ~……。そうだな」
小さく声を掛けてきたエルスタークにそう返すと、苦笑しながら頷いてくれる。
あのベルファスディールたちも倒れた後。
反乱の首謀者だったジルヴァーンも死んでいたこともあり、フィスターニス国は速やかにエルスタークの兄であるセイルラーンが魔人王として戻ったのだった。
しかしトップを失った軍部の混乱は酷く、さらにセイルラーン自身も深手を負っていた。おまけに反乱には闇の妖精の国の問題も関わっており、事態を収拾させるにはかなり大変だった。
助力をしたシャンフルード王国を含めた3か国での様々な協定が結ばれたり、闇の妖精の国からの補償なども色々と取り決めもされ、つい最近ようやくひと段落着いたのだった。
まだまだフィスターニス国内部は課題も多いようだが、今までの問題がかなりスッキリ片付いた、とリシルファーナは笑っていた。
「さて。晩餐会までは自由時間だったな。シシィ、時間はあるか?」
「ん~? そうだね……、身支度があるけど、しばらくは大丈夫かな」
今日の主役であるフィリスフィアたちが王都へ出ている間は、賓客たち含めて自由時間となっている。
外交を担う貴族などは独自にお茶会などを開いていたりもするが、あまり政治に関わっていないシシリィアはそういった催しは行っていない。夕方から行われる晩餐会だけちゃんと出席すれば十分なのだ。
漆黒の盛装姿のエルスタークを見上げて頷くと、どこか安堵した様子で微笑まれる。
「良かった。それならシシィ、少し行きたいところがあるんだが、一緒に来てくれるか?」
「うん、もちろん。どこに行くの?」
「着いてからのお楽しみだ。しっかり掴まっていろよ」
「っ、エルスターク!?」
差し出された手を握ると、ぐいと引き寄せられた。
そして抗議の声を上げるよりも早く、魔力の奔流の中へ潜っていく。転移魔術だ。
いつの間にか腰に回されていた腕に掴まり、慣れないその大きな魔力にぎゅっと目をつぶる。
「シシィ。着いたぞ」
「転移するなら先にそう言ってよ」
「悪かったって」
「もう……」
あまり悪く思っていなそうな声に、抱き寄せられたままの腕を軽く叩く。
小さくため息を吐いて周囲を見れば、そこは何の変哲もないような森の中だ。陽射しが程よく差し込む明るいその森は、しかしどことなく見覚えがある。
周囲の木立をよくよく見てみれば、それらは少し懐かしい果樹だった。
「これ、金色蜜林檎の木……?」
「ああ。ここは、シシィと初めて会った場所だ」
「…………よく覚えているね」
感動、よりも少し呆れてしまう。
金色蜜林檎の木が生えている場所は珍しいものの、ここは割と特徴のない森の中だ。
正直、シシリィアは直接自分でここに来い、と言われたら辿り着ける気がしない。
「俺にとって、あの日は特別だからな」
「えぇ~、そうなの? 急に襲ってきたのに?」
「あれは悪かった……。でも、あの日シシィに出会って、それからずっとシシィのことが気になった。すぐに、また会いたいって思ったんだ。そんなこと、初めてだった」
「あれからしょっちゅう絡んでくるし、急に未来の花嫁とか言うし、怪しい人って思ってたんだけどね……」
少し前のことを思い出してくすくすと笑いを零す。
あの時はまさか、エルスタークとこんな関係になるとは思いもしなかった。
爽やかな風に揺れる、肩下まで伸びたシシリィアの金色の髪の毛を指先で梳くように遊ばせながら、エルスタークが妖しく笑う。
「それでも、今はこうしてシシィと一緒に居れるんだ。頑張った甲斐がある」
「もうちょっとやり方はあったと思うけどね。…………でも、エルスタークがああやって来てくれたから、今があるんだと思う」
逞しい腕の中で、柔らかく微笑む。
見上げたワインレッドの瞳が、笑みに甘く蕩けるのがとても嬉しい。
「これからも、きっと色々あると思う。喧嘩とかもするかもしれない。でも、私はエルスタークとずっと一緒に居たい。一緒に、人生を歩いていきたいの」
「シシィ……」
エルスタークがぎゅう、と力強くシシリィアを抱き締めた。
そして腕の力を緩めると、そっと頬へ手を添えて間近で目を合わせる。
「勿論だ。この先何があっても、ずっと共に。約束だ」
「うん、約束ね」
吐息が交じり合うほどの近さで約束を交わし、二人で笑う。
そして暖かな光が降り注ぐ中、そっと口付けを交わすのだった。




