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夜明けと共に

 ディルスの剣に深く胸を刺し貫かれたベルファスディールに呆然としているうちに、さらりと音を立ててシシリィアを閉じ込めていた闇色の柱が崩れ去った。

 それと同時にカラリ、という音が響く。


「貴方……」

「主は本懐を遂げられました。もう、私に敵対する意思はありません」

「…………」


 携えていた武器を手放したゼオンディリュースが目を伏せ、ひざまずいていた。

 今までの行動からはそう易々と信じてはいけないと思うけれど、何故かその言葉に偽りは感じられなかった。


 ゼオンディリュースを見下ろし、シシリィアは少し迷う。もう、彼には時間がないように感じたのだ。

 しかし、周囲の者たちはそうではなかったようだ。


「シシィ!」

「シシィ様、早くお下がりください」

「早く、こっちに来るのよ」


 直ぐに駆け寄ったイルヴァがシシリィアを抱えて下がり、代わって前に出たエルスタークとシャルがゼオンディリュースへと武器を突き付ける。

 

 一触即発なその状況でゼオンディリュースを見ると、彼の指先が少し崩れていた。


「ダメ! もう、そんなことしなくて大丈夫だよ」

「シシィ、それは甘すぎるわ」

「ううん、そんなことない。彼は、もうすぐ崩壊するしかない。……ですよね、ディルスさん」

「……ああ。”輝きの子”の言う通りだ」


 ベルファスディールの体を横たえさせていたディルスは、顔を俯けたまま肯定する。


 唯一の肉親、と言っていた弟を手に掛けることになってしまったのだ。本当ならば、しばらくそっとしておきたかった。

 しかし今は状況がそれを許さない。


「ゼオンディリュースたちの転属はかなり無理をして行っている。そしてそれを助けたのはベルファスディールの力だ。ベルファスディール亡き後に、その体を保つのは難しいだろう」

「……はい。妖精王の仰る通りです」


 そう頷くゼオンディリュースは崩れた指先を握り込み、ディルスを強く見据える。

 その視線を受け、ディルスもゼオンディリュースへ視線を向ける。一度目を伏せ、小さく息を吐く。


 そして金色の瞳でゼオンディリュースをひたりと見つめる。


「では、最後に全てをつまびらかに。其方が残ったのも、そのためであろう?」

「ええ。主は望んではおられないでしょうが、貴方は全てを知るべきだ」


 真っ直ぐにディルスを見据えたゼオンディリュースは語る。


 ゼオンディリュースたち配下の計画――ベルファスディールを救い出し、妖精王へとしようとする企み。

 先日の闇の妖精の国での襲撃事件はあくまでも陽動であり、本命はその裏で行われた新月の塔の警備兵の一部を傀儡とすることであったということ。

 その者を利用して魔道具をベルファスディールへ渡し、ジルヴァーンとベルファスディールの間に契約を結ばせていたということ。



 そしてゼオンディリュースのみが知らされていたベルファスディールの苦悩。絶望。そしてその果てに抱いた、望み。



「妖精王、貴方は知っていたはずです。ベルファスディール様の望みを。それなのに、理解しようとしなかった。それが、この事態を招いたのです」

「……………………そうか」


 顔を俯けたディルスの表情は長い髪に隠され、窺うことは出来なかった。

 しかし低く、絞り出すように落とされた言葉には深い後悔と悲しみが感じられた。


 重い空気の流れるその場に、エルスタークが言葉を挟む。


「なぁ。お前たちは、なんでジルヴァーンを選んだ?」

「選んだ? いいえ、我々が選んだのではないですよ。あの男が、我々の存在を聞きつけて協力を申し出たのです。己に力を貸してくれるのであれば、我々の計画のために必要となるものを提供する、と」

「……じゃあ、ジルヴァーンがあの妖精の名前をさっさと呼ばなかったのは?」

「それも、あの男の警戒心故です。利害の一致による協力関係でしたから。彼の野望を叶えて差し上げた後に呼ぶ、と言うのが交換条件でした」

「そう、か……」


 深くため息を吐いたエルスタークは、くしゃりと赤紫色の前髪を握りつぶす。


 ジルヴァーンは、闇の妖精たちの問題に良いように利用されたようにも感じられる。

 しかし、その根底にあったのはジルヴァーンの王位に対する執念。元々フィスターニス国が抱えていた問題でもあるのだ。

 ゼオンディリュースたちが居なければ反乱は起きなかったかもしれないし、いつかは起きたことかもしれない。


 そっとエルスタークへ近寄り、その背中へ手を伸ばす。


「エルスターク」

「ああ、すまない。俺が聞きたいことは、大体聞けた。……後はアンタに任せる」


 そうエルスタークに声を掛けられたディルスは、小さく頷く。

 ゼオンディリュースの体はサラサラと崩れ続け、恐らくそう長い時間は持たないだろう。


 ディルスがゼオンディリュースの傍へ向かうのを見て、シシリィアたちはその場を後にする。

 彼らの最後は、シシリィアたちが立ち入るべきではないだろう。




 全体的に朽ちた印象の屋敷から外へ出ると、東の空が少し明るくなってきていた。

 シシリィアたちがフィスターニス国の王城へ向かった時はまだ昼間だったが、もう夜明け間近の様だった。


 気を失ったりと時間の感覚も分からなくなっていた。

 長いようで、短い1日だった。


「……シシィ。すまない、俺の事情で危険な目に遭わせた」

「違うよ。前も言ったでしょ、私はエルスタークと一緒に歩いていきたいの」


 不意に落とされたエルスタークの言葉に、首を振る。

 そして彼の元へと近付く。


「エルスタークの事情じゃない。私たちの事情、だよ」


 顔を覗き込んでそう告げると、驚いたようにワインレッドの瞳が見開かれた。

 頬へと伸ばされた手にすりり、と擦り寄って微笑む。


「助けに来てくれて、ありがとう」

「ああ。……無事で、良かった」


 ぎゅう、ときつく抱き締められる。

 全身を包む力強い温もりに、ほっと息を吐く。


 ジルヴァーンは結局ベルファスディールに殺されたが、フィスターニス国の反乱の収拾はまだこれからだ。

 ディルスの方も、まだまだ問題は山積しているだろう。恐らく、妖精界だけなく人界じんかいへの対応も必要となるはずだ。

 シシリィアたちも、きっと色々と忙しくなる。


 それでも、とりあえずの決着はついたのだ。

 段々昇っていく朝日を感じながら、皆へと声を掛ける。



「家に、帰ろう」

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