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祝いの舞踏会2

 舞踏会は城中のいくつもの広間を開放して行われるのだが、メイン会場といわれるのは花水晶の間と呼ばれる大広間だった。


 高い天井には色とりどりの水晶で作った花が枝垂れるシャンデリアがいくつも下がり、まるで花盛りの木の下に居るような雰囲気だ。さらに庭園へ続くバルコニーや大きなガラスがはめ込まれた窓枠など、随所に草花をモチーフにした彫刻が施され、床は様々な石や水晶を使って美しい花畑が描かれている。


 そして王の誕生祝いの舞踏会は、この美しい花水晶の間での王女たちのダンスから始まる。

 国王夫妻を始め、舞踏会のために集まった多くの人々がじっと見つめる中ワルツを一曲踊らなくてはいけないのだ。かなり、ツライ。

 しかも今年は第一王女との二組だけなのだ。とてもツライ。


 第一王女であるフィリスフィアは白銀の長く美しい髪と、透き通るような水色の瞳を持った清廉な美人だ。他国にも『白百合の姫君』というあだ名で知れ渡っており、その美貌と積極的に行っている慈善事業から聖女とも言われていたりする。

 ちなみに慈善事業を積極的に行っているのは事実であるが、それ以上に、優しげな笑顔でえげつない要求を押し通し、父王以上の辣腕を振るって政務を片付けている才女だった。

 フィリスフィアをよく知る者たちにとって、一番敵に回したくない恐ろしい人物である。


 そして少々見た目詐欺な第一王女のエスコート役は、彼女の守護妖精であるランティシュエーヌだった。


 腰程まである淡い金色の髪を背中に流し、若葉色の瞳で優しくフィリスフィアを見る彼の背中には、妖精の証である蝶のような美しい翅がある。薄く削り出した宝石のような、不思議な輝きをもった青緑色の翅はとても幻想的だ。

 ランティシュエーヌ自身、人間では持ち得ない、妖精らしい優美な美貌の持ち主だった。


 幻想的な広間で、そんな二人が踊る様子はまるで物語のワンシーンのようだ。ダンスを見守る人々は、思わずため息を漏らしていた。

 明らかに、そこだけ世界が違う。


 そんな二人と一緒に踊らなくてはいけないなんて、とんだ罰ゲームだ。

 ついついしかめ面になってしまうシシリィアに、シャルは苦笑を零す。


「シシィ様、顔が凄いことになってますよ」

「むぅ……。あっち側なシャルにはこの苦行は分からないよ……」

「あっち側って。俺としても、あの二人は別世界と思いますよ」


 穏やかな微笑みのまま少し眉を顰めたシャルは、細いが力強い腕でシシリィアの腰を支え、くるりと軽やかにターンをする。

 身体能力の高いシシリィアとシャルだけあって、ダンスにはとてもキレがある。二人の力強くも優雅なダンスに、観衆はフィリスフィアたちに対してとはまた違った感嘆の息を零しているのだが、それには気付いていないのだった。


 そして長いようで短かった一曲が終わる。

 婚約者でもないシャルとこのまま踊り続けるわけにもいかないので、この後は実質戦争だ。

 

 優雅に微笑みながら、気を引き締める。そしてこれからダンスをする人々と入れ替わり、別の広間に用意されている料理の方へと向かうが、やっぱり思い通りにはいかなかった。


「シシリィア王女、ご機嫌麗しく」

「シシリィア様、素晴らしいダンスでした。是非、次は私と」

「シャルライア様、お久しぶりでございます」


 多くの人に囲まれ、自然な動きでシャルとも分断されてしまった。どのみち社交と外交のためにもシャルと別れる必要はあったのだが、こんなに最初から孤立する羽目になるとは思っていなかった。

 内心涙目になりつつも、国同士の関係や貴族たちのパワーバランス、さらには自分の今後への影響を考えてダンスのパートナーを選ぶ。


 そして一曲ずつパートナーを変えて、しばらくダンスを踊り続けた。

 ダンス中は睦言のように甘い言葉を囁いてくる人も居れば、腹の探り合いのようになる人も居る。どちらにしても、楽しくはない。


 ダンスの疲労自体は大したことないのだが、精神的にとても疲れてしまった。

 数曲踊ったところで休憩のためにダンスの輪から離れたのだが、そこで近付いてきた人物にシシリィアは思わず顔を顰めそうになる。


「シシリィア姫。お久しぶりですね」

「グリディオ皇子……。お久しぶりです」


 居丈高に声を掛けてくるその人は、西方の大国であるガルディオス帝国の第六皇子だった。金糸銀糸で刺繍を施した派手な服に身を包んでいるグリディオは、輝くような金髪をかき上げ微笑みを向ける。


 一般的に見れば美男子なのだが、どうにも纏う空気がシャラシャラした感じで苦手だった。


「より一層美しくなられたようだ。私とも一曲踊って頂けないかな?」

「申し訳ありません。少し踊り疲れたので休憩しようと思って」

「なんと……!」


 手に取ったグラスを見せながら申し訳なさそうに断れば、わざとらしい驚きを返される。

 ガルディオス帝国は西方で随一の大国だ。シャンフルード王国は対等な付き合いが出来る程度の力と関係性なのだが、断られることは考えていなかったのだろう。


 しかし、一度断られた程度で諦める人物でもなかった。


「それならば、美しい姫と共に私も飲み物を頂こう。なかなか悪くないワインだ」

「まぁ。ありがとうございます」

「ふむ……。シシリィア姫は、サファイアは好きかい?」

「サファイア、ですか?」

「ああ。私の所領では良質なサファイアが良く手に入るのでな。是非姫にネックレスなどを身に着けて頂きたいな」


 そう笑うグリディオ皇子の瞳は、サファイアのような青色だった。


 野心家だが帝国での帝位継承順位が低いグリディオ皇子が、他国で王位を狙っているというのは有名な話だ。そして守護妖精が常に寄り添っている第一王女よりもくみしやすいと思われているのか、前々から分かりやすいアプローチをされていた。

 そんな人から自身の色のアクセサリーを身に着けさせたいなどと言われて、喜べるわけがない。


「皇子から頂くのは畏れ多いですわ。お気持ちだけ、頂きます」

「ははは、姫は遠慮深いな。これは、贈り物自体持ってくるべきだった」

「まぁ……!」


 有無を言わせず受け取らせようというのか。罵詈雑言が溢れそうになる口元を押さえ、とりあえず曖昧な笑みを浮かべておく。

 グリディオ皇子への対応に、そろそろ顔が引きつりそうだった。


「さて、グラスも空になってしまったが……。そろそろ一曲いかがだろうか」

「そうですね……」


 空になったグラスを給仕に返しつつ考える。

 他国の皇子相手ではシャルやイルヴァも介入が出来ないし、ガルディオス帝国との関係を考えると介入してくる人はいないだろう。グリディオ皇子との今後の関係を考えるとかなり気は進まないが、彼と一曲くらいダンスを踊るしかないだろう。


 漏れそうになるため息を噛み殺し、グリディオ皇子の手を取ろうと右手を伸ばしかけた時だった。




 唐突に横から伸ばされた白い手袋に包まれた大きな手に、シシリィアの手が取られたのだった。


「えっ……」

「何者だ!?」


 マナーとしてもあり得ないことだ。グリディオ皇子含めてその人物を驚愕と非難の眼差しで見るが、艶やかな漆黒の礼装に身を包んだその男は、挑発的な笑みを浮かべるだけだった。


 そして手に取った指先に口づけを落とし、ワインレッドの瞳を向けるその顔にシシリィアは小さく息を飲む。髪色はいつもの特徴的な色ではなく漆黒だし、魔人特有の尖った耳もない。

 しかしその整った顔立ちは、紛れもなく良く見知った人物のものだった。


「エルスターク!?」

「シシリィア王女、どうか一曲踊って頂けませんか?」


 凄艶な笑みを浮かべるエルスタークに、シシリィアはやや強引に引き寄せられたのだった。

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