闇の底がのぞむ・・・
ベルファスディールにとっても、ディルスフィアルースは王だった。
それは動かしようのない事実であり、ベルファスディール自身も認めていることだった。
強い力。周囲を惹きつける存在感。
そして闇でありながら、眩しくて、あたたかい。
闇の系譜の者であれば誰であっても、慕わしく、好ましく思うものだ。
そのことはベルファスディールも理解していたし、自身の本能でも感じていた。
しかし。
それでも。
それと同時に、どうしても不快だった。
最も暗い闇であるベルファスディールには、対極の存在である、最も明るい闇は相容れない。
相手が王であろうと、唯一の肉親であろうと、自身の存在に根付くこの感情は消し去ることは出来なかった。
そしてベルファスディール同様、明るい闇ではなく暗い闇にこそ安らぎを感じる者たちは一定数存在した。
彼らはディルスフィアルースではなく、ベルファスディールを慕ってくれた。
王であるディルスフィアルースと同等の力を持つベルファスディールを、彼らは王として慕ってくれた。
しかし、実際に王なのはディルスフィアルース、ただ一人。
王は二人並び立つことは出来ない。
それが、世界の理。
暗い闇を慕う配下の者たちがベルファスディールを王として拠り所としても、それは彼らの気持ちだけ。
ベルファスディールが王と成ったわけではない。
ベルファスディールが、ディルスフィアルースの配下であるということは変わらなかった。
そのこと自体は構わなかった。
別に、ベルファスディール自身が王と成りたいわけではない。
王の座なんかは、どうでもよかった。
ただ。
王を慕う。
その妖精の本能。世界の理。
それが問題だった。
配下の者たちは、ベルファスディールを王と考えることで、その本能を上手く誤魔化していたのだろう。
しかし、ベルファスディールはそうすることは出来なかった。
どうやっても、ベルファスディールにとって、王はディルスフィアルースなのだった。
自身の存在に根付いて、どうしてもあの存在が疎ましく、不快だった。
それなのに。
それと同時に、どうしても。
慕わしい。
どうにもならない相反する思い。
自身の感情を裏切る本能に、絶望した。
そしてそんな本能を規定する世界を恨んだ。
王が一人であること。
王を頂点とし、慕うように本能付けた。
それなのに、相反する存在を発生させた。
そんな世界を、呪った。
しかしその瞬間、自身を縛る世界の理が、己を消そうとしていることにも気が付いた。
体が軋み、存在が抹消されようとしている。
そのことに怒りを覚えることはなかった。
この感情から解放されるのであれば、それは救いだったから。
だが今の闇を司る力は、ディルスフィアルースとベルファスディールの二極の存在で保っている状態だった。
ベルファスディールが今ここで消えてしまうと、闇のバランスが崩れ、闇自体の存在が危うくなりかねない。
世界の均衡には気に掛けず、しかし世界を恨み、脅威となりかねないベルファスディールを消そうとする。
そんな世界の理に更なる怒りを覚えていた。
何のための理なのか。
誰のための理なのか。
恨み。憎しみ。
それがより一層自身を消し去る要因となるけれど、止めることは出来なかった。
闇の妖精を滅ぼしたいわけではない。
だけれど、このままでは結果的にそうなりかねない。
そんな絶望の最中、駆け付けたディルスフィアルースは、一目で全てを理解したのだろう。
悲しそうに微笑みながら、闇のバランスを保つために封印されてくれと願い、ベルファスディールを封印した。
世界を憎み、呪ったベルファスディールを生かすためには、封印して世界から隔離するしかなかったのだ。
その事には、むしろ感謝した。
次代が育つまで、封印されて存在し続けることには異論はなかった。
しかし。
長い年月が経ち、十分に新しい力が育っているにも関わらず封印を続けるディルスフィアルースには苛立ちしかなかった。
ディルスフィアルースは、世界に対する恨みが長い年月を経て消え去ることを期待していたのだろう。
しかし、封印されている間も相反する感情は絶えず生じていた。
そして世界に対する怒りと憎しみも、薄れることはなかった。
もうベルファスディールが消えても闇の存在は問題ない。
そうであるにも関わらず、延々と封印されるのは、消えることのない負の感情を抱え続けるだけの時間だった。
だから、配下の者たちが無謀にもベルファスディールを救出するための企てをしていることを知ったときは、好機だと思った。
封印から解放されれは、そう遠くないうちに世界に消されるだろう。
それでも構わなかった。
もう、この感情を抱え続けるのにも、疲れ果てたのだ。
だが、折角ならば。
呪わしく、憎らしい世界に殺されてやるくらいなら。
せめて。
疎ましく、慕わしい、自身の王に殺されたい。
§ § § § §
ディルスフィアルースの剣に胸を深々と突き刺され、ベルファスディールはごふりと血を吐き出す。
自身の剣を手放し、突き出される刃を受け入れたその姿を金色の瞳に映したディルスフィアルースは、信じられないというような表情をしていた。
流石の王も、自ら殺されたいという願いは分からなかったらしい。
そのことに、とても満足した。
再びせり上がって来る血を堪え、唇を吊り上げる。
真っ直ぐと金色の瞳を見つめてその言葉を紡ぐ。
「大嫌いだよ、兄さん」
最初で最後。
生まれて初めて、ディルスフィアルースを兄と呼ぶ。
そして。
ベルファスディールは息絶えたのだった。
ちなみに、闇の妖精の反乱は、ベルファスディール封印後に、配下の者たちが封印に反発して行ったものになります。
今回の件も、ベルファスディールの最終的な目的を教えられていたのは、ゼオンディリュースのみでした。(ゼオンディリュースはベルファスディールの従者という設定があったりします)




