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偽りの玉座3

 シシリィアが闇の妖精王の名前を呼ぼうとした瞬間、ベルファスディールは既に彼女の目の前に居た。そしてそのことに気付いた時にはヤツの手がシシリィアの首を掴み、宙へと持ち上げていたのだった。


「シシィ!」

「シシィ様!!」


 すぐにシシリィアの元へ向かおうと跳んだそこに、いつの間にか歪な翅を生やしていた魔人が割り込む。

 左のこめかみからも小さな翅が生えたソイツは、正気を失っているような唸り声を上げながらエルスタークへとデタラメに細剣を振り回す。さらにもう一体、首元に翅が生えた魔人が火球を放つ。


「うがぁぁっ!!」

「五月蠅い、邪魔だ!」

「がぁうぉぉお!」


 苛立ち乱暴に一閃した剣で細剣を持った魔人の腕を斬り飛ばしつつ、火球を放つ魔人には数百の氷の刃をお見舞いしてやる。

 視界の片隅で、氷の刃で首元に翅が生えた魔人が細切れになったのを確認しつつ、腕を斬っても痛みも感じていない様子で突っ込んでくるもう一体を無言で斬り伏せた。


 数瞬の間に2体の魔人を倒し、すぐ様シシリィアの元へ向かおうと視線を上げる。

 しかし――。




「お前は、僕が有効活用してあげるよ」


 そこで目にしたのは、姿を消すベルファスディールが、愉しそうな声でそう不敵に笑う姿だった。


「っ、シシィ……」

「シシィッ!!!!」


 シシリィアを助けようと伸ばしたイルヴァの手が、虚しく空を切る。

 シャルとイルヴァも同様に異形の魔人が襲い掛かって来ていたのだ。2人も早々に相手を屠っていたが、それだけの時間があればベルファスディールが逃げ出すには十分だった。


 また、目の前で連れ去られてしまった。


 ギリリ、と歯を食いしばる。

 怒りと、苛立ち、後悔がない交ぜとなり、目の前が真っ赤になる。


「クソがっ……!」

「落ち着いてください」

「落ち着けるわけないわ! シシィが連れ去られたのよ!?」

「分かっています! そんなことは!!」


 珍しく声を荒らげたシャルが大刀を床に叩きつける。

 ドガッ、という鈍い音ととともに砕けた床石が飛び散り、床に転がしたままの魔人の死体に降り注ぐ。


「私たちに襲い掛かって来た魔人は4人。あの、ゼオンディリュースと呼ばれていたヤツが居ません。あれも一緒に逃げたのならば、恐らく行き先は妖精界ではない。違いますか?」

「っ、ええ、そうよ! ……そうね、シシィの存在は近くに在るわ」

「ああ。だが……、場所が分からないな」


 通常、守護を授けているイルヴァや魔力結晶を渡しているエルスタークには、シシリィアの居場所は大体分かるのだ。

 しかし、今はぼんやりと近くに居ることは感じられるのに場所が特定できない。

 探そうとすると感覚が散らされ、方向すら掴めなかった。


「ちっ、あの妖精の力か……?」

「本当に、忌々しいわ。この感覚ならばそう離れていないから、しらみつぶし行くしか」

「……待ちなさい」

「!? ディルス様、何故……?」


 不意に掛けられた声へと振り返れば、そこには厳しい表情の闇の妖精王が居た。

 ここまで存在感の大きな人物が現れていたことにも気が付かない程、動揺していたらしい。鋭く息を吐き、闇色の妖精を見据える。


「どうしてアンタがここに?」

「ベルファスディールが妖精界から消えて直ぐに、名を呼ばれた気配がしたからな。何事もなければ良いと思ったのだが……」

「シシィを連れ去って行ったわ! どうして貴方たちは私のシシィを狙うの!!」

「イルヴァ殿、落ち着いてください」


 ディルスへ掴みかかろうとしたイルヴァを、シャルが羽交い絞めにする。

 力の強い鬼人でも、竜を取り押さえるのはかなり厳しい様子だ。じりじりとシャルを引きずってディルスへと近付いていく。


 ゆらり、と闇色の翅を小さく揺らしたディルスは目を伏せる。


「すまない。私が甘い処断としたせいで、其方たちを巻き込んだ……」

「そんな謝罪なんてどうでもいいのよ! そんなことより、早くシシィを返して!!」

「ああ、勿論だ。ベルファスディールは闇の妖精、私の眷属のままだ。……居場所は分かる」

「それなら早く!!」

「どこだ!」

「案内する」


 金色の瞳を真っ直ぐとこちらへ向け、ディルスは頷く。

 そしてエルスタークたちは惨状の広がる広間をそのままに、ベルファスディールたちの元へと向かうのだった。

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