偽りの玉座2
ベルファスディール。
それは、闇の妖精の国で幽閉されているはずの、ディルスの弟であり、かつて謀反を企てた新月の夜を司る闇の妖精だ。
そんな存在をなぜ、ジルヴァーンが呼び出せたのか。
疑問と驚きに、シシリィアたちは硬直していた。
一方。
夜の闇のような漆黒の長い髪の間から広がる闇色の美しい翅を微か揺らしたベルファスディールは、ぐるりと広間を見回す。
漆黒の騎士服のような衣装を身に纏ったベルファスディールは、妖精らしい優美さでありながら仄暗い美しさが際立ち、どこか恐怖が掻き立てられる存在だ。
そんな冷ややかな美貌を持った妖精の、ひと際温度を感じさせない漆黒の瞳がひたりとシシリィアを見据えた。
暗く、底のない闇のようなその瞳に、ぞくりと背を震える。
「へぇ……。お前、アレの祝福を持っているんだ」
「っ、…………」
「我が君?」
「ううん、何でもないよゼオン。さて、僕を枷から解き放ってくれたのは……」
「っ、お、俺だ、ベルファスディールよ。よく来てくれた」
「あぁ、お前なのか」
声を震わせながらも、ジルヴァーンは尊大に声を掛ける。
ベルファスディールの存在感に飲まれつつも、自身が呼び出した妖精の圧倒的な力に勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
そんな自身の名を呼んだ者へと目を向けたベルファスディールは、冷たく、美しい笑みを浮かべた。
そして――。
「じゃあ、さよならだね」
「なn…………」
バシャリ、という派手な水音と共に、紅い血が噴き出す。
そして一瞬のあと、ゴトンという鈍い音を立ててジルヴァーンの首が床に転がっていた。
「っ!?」
「え……?」
「うん、これで余計な契約もなくなったね」
「わざわざ主が手を下さずとも……」
「ちょっと鬱陶しかったからね」
ジルヴァーンの首を斬り飛ばした剣を軽く振り、ベルファスディールはゼオンディリュースの言葉に軽く返す。
そして足元に広がる血の海を嫌うように軽く宙に浮き、返り血に染まった黒衣をさらりと撫でて汚れを消してしまう。
「何故……」
「ん?」
「何故、こんなことを……!?」
絞り出すように、エルスタークが問う。
ジルヴァーンがベルファスディールを呼び出したということは、名前を与えたということだ。
妖精が名前を与えるのは、守護を与えるよりも稀なことだ。ベルファスディールたちにとっては別の思惑があったにせよ、普通はこんなことはあり得ない。
敵対していたとはいえ、肉親でもあるジルヴァーンをこんなにあっさりと切り捨てられたのだ。
エルスタークは、納得できず怒りの籠った眼差しでベルファスディールを睨みつける。
「この男の役目はもう終わったからね。不要な柵は無くすべきだろう?」
「不要な柵……」
「うん。それに、あの男は無駄に僕の名前を呼んだからね。不愉快なモノは消えるべきだ」
何の感慨もない様子でそう告げたベルファスディールは、笑みを浮かべながら首を傾げる。
さらりと揺れた黒髪が、どこか禍々しい。
「さて、お前たちはどうする? 僕の邪魔をしないのならば見逃してあげてもいいけど」
美しい笑みを浮かべながらも、ベルファスディールの瞳は冴え冴えとした冷たい光しか宿っていない。
彼の背後に控えた魔人たちも、いつの間にか背中から歪によじれた翅を生やし、それぞれ武器を構えていた。
一気に高まる緊張感に、シシリィアも氷薔薇の槍を握りなおす。
「……シシィ」
「うん」
エルスタークから掛けられた声に、何を求められているか瞬時に理解する。
魔力を練り上げ、すぐさま声に乗せる。
そして後は名前を呼ぶだけだった。
しかし――。
「《ディルっ、あ゛……!!」
「へぇ、守護だけでなく名前まで与えてるんだ」
「シシィ!」
「シシィ様!!」
刹那の間に距離を詰めたベルファスディールに片手で喉を掴まれ、宙に吊り上げられた。
細く見える腕なのに、軽々とシシリィアを持ち上げている。
喉を潰す手に爪を立てるが、ビクリともしない。
そしてエルスタークたちの手が届かない位置にまで昇ったベルファスディールは、苦しみに藻掻くシシリィアへにっこり美しい笑みを向けた。
「お前は、僕が有効活用してあげるよ」
「っ…………!」
苦しさに、一筋涙が零れた。
そして次の瞬間、シシリィアの意識は光に飲まれていた。




