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偽りの玉座1

 良く晴れた青空の下、買い物客で溢れる市場を歩きながらシシリィアは隣のエルスタークに声を掛ける。


「……とりあえず、街は通常通りな感じだね」

「ああ……」


 硬い声で頷くエルスタークは今にも駆け出していきそうだ。

 しかしここで目立つわけにはいかない。そっと彼の袖を掴み、息を吐く。


 シシリィアとエルスターク、シャル、イルヴァの4人は、あの話し合いのあとすぐに魔人の国、フィスターニス王国王都に密やかに入っていた。


 たった4人でクーデターの起きた国に乗り込むなど、無謀でしかないだろう。

 しかし、今回は相手――ジルヴァーンが明確に実権を握る前に早急に対応する必要があった。ジルヴァーンは強硬な強者至上主義者であり、力を持つ者こそがすべてを支配すべきという考えを持つ者だという。

 ジルヴァーンがフィスターニス国の実権を握った場合、世界を巻き込んだ戦争に成りかねない。


 だからこそ、最短で最大の対処が出来る可能性のあるメンバで敵地へと乗り込むことになったのだ。


「事が起きてからまだ数時間です。事態の詳細は知られていないのでしょう」

「でも、王城で何かあったとは分かっているのね。どこか緊張感があるもの」

「そうだね……」


 雑踏に紛れながら周囲を伺い、イルヴァの言葉に頷く。

 街の人々は皆どこか不安気な表情であり、足早に買い物を済ませている。


 ジルヴァーンは元々フィスターニス国の軍の実権を握っていた人物だ。王宮を掌握するために、わざわざ外部から兵を呼ぶ必要はない。

 王城に控えている配下を使って短時間で王宮を占領しており、表向きには大した戦闘は起きていなかった。

 しかしそれでも、争いの気配は街にも伝わっていたのだろう。


「……とにかく、城へ向かおう。こっちだ」

「ええ」


 エルスタークに先導され、シシリィアたちは王都の外れへと向かう。


 そこは、王都を流れる水路の支流に掛かる橋の下だった。

 人気ひとけのない寂れた雰囲気のそこには、水路を管理するための細い足場が掛けられている。


「多分あまりメンテナンスされてないだろうから、足元に気を付けろ」

「ねぇ、下水にでも入るのかしら?」


 水路沿いの足場を進むエルスタークへ、嫌そうにイルヴァが声を掛ける。


 今回、シシリィアたちはエルスタークが知っている抜け道を使って王城の中へと潜入する予定なのだ。

 ただ単に、水路沿いに進むとは思えない。

 出来れば悪路でないことを祈りつつ、シシリィアもエルスタークを見る。


「下水ではないが、まぁ、綺麗な道ではないな。だが俺が知ってる道は少ないんだ。我慢しろ」

「ジルヴァーンがその道を知っている可能性は?」

「ない。フィスターニス国は元々内乱が多いからな。王族それぞれで、教えられる抜け道は別々なんだ」

「そうなんだ……」


 なんとも血なまぐさい理由だ。


 とはいえ、今回に関しては朗報だった。

 時間が経てば王城内の探索も進み、抜け道も把握されかねないがこの短時間であればまだ大丈夫だろう。


 覚悟を決めて道を急ぐ。

 途中で地下道へと入り、そこに湧いていた魔獣なども倒しながら半刻ほど進んだ頃だ。唐突に抜け道が終わる。


 シシリィアたちが出たのは倉庫の一つのようだ。

 雑多に置かれた荷物に隠れて周囲を伺うが、近くに人気はないようだった。


「このまま、玉座の間に向かう。恐らく叔父上……、いや、ジルヴァーンはそこに居るだろうからな」

「承知しました。シシィ様、イルヴァから離れないように」

「うん、分かってるよ」

「シシィのことは任せなさい」


 各々の武器を携えたまま、城内を走る。

 不思議なほどに、周囲に兵の姿が見えない。通常時の王城でも、もっと配置されているだろう。


 罠の気配しか感じないが、それも承知の上だった。

 ジルヴァーンに従っている兵は、強者至上主義者たちだ。ジルヴァーンさえどうにかしてしまえば、とりあえずはエルスタークで抑えられる可能性が高い。

 ならば、誘われていようがとにかくジルヴァーンの元へ進むしかないのだ。


 そしてひと際豪華絢爛な扉を抜け、辿り着いたのは天井も高い広間。

 最奥には豪奢な装飾が施された立派な椅子が置かれており、そこには壮年の男が悠然と腰掛けていた。


「ジルヴァーン!」

「久しいな、エルスターク」


 落ち着いた様子で応えたその男――ジルヴァーンは不遜に笑う。


 ジルヴァーンの周囲には魔人の騎士や魔術師たちが多数控え、シシリィアたちを見据えていた。

 先程入って来た扉は閉められ、背後からも騎士達が剣を向けている。


「そんな少人数で何が出来ると言うのだ。それとも、お前は俺の元にくだるために来たのか?」

「はっ、あり得ないな。アンタとは、昔っから反りが合わない」

「それは俺も同じこと。それならば何しに来た? いくらお前が強かろうと、この状況をどうにかできる訳はあるまい」

「どうにか出来るから来たのさ。シシィ」

「うん、任せて」


 ニヤリと笑ったエルスタークに声を掛けられ、シシリィアはここまで大事に持って来たものを取り出す。

 それは、微かに光を纏った薄青色の花弁を持った薔薇の花だった。


「《シャルルフォルディース》。どうか、力を貸して。敵対する者に戒めを!」


 魔力を込めた声で小さく呟き、花弁へと口付けを落とす。

 途端に光を放った薔薇の花は、青白い旋風を巻き起こして広間を包み込んだ。


「っ、何を!?」

「うわぁぁ!」

「あ、足がっ!!」


 そして旋風が収まった時、広間の様子は一変していた。

 周囲を取り囲むようにしていた魔人の騎士や魔術師たちは凍り付き、氷像と化していたのだ。


 シシリィアの手から、はらりと光の粒となった薔薇が消えていく。

 これは以前に氷薔薇ひばらの妖精であるシャルルから貰った青い薔薇だった。あの時シャルルはただの置物と言っていたが、実際は彼の祝福を具現化したものなのだ。

 そのことに気付いたランティシュエーヌにこっそりと使い方を教えてもらい、今回の切り札として持って来ていたのだ。


「高位妖精の祝福による魔法、ですか……」

「っ、何だそれは……」

「ちっ、アンタは無事かよ」


 広間に響く声の元を辿れば、玉座に座るジルヴァーンの前に5人の魔人が立ち、先程の攻撃を防いだ様子だった。

 ジルヴァーンは先程までの落ち着いた様子が消え失せ、自身の前に立つ男へと声を荒らげる。


「ゼオンディリュース! どう言うことだ!!」

「ジルヴァーン殿、落ち着いてください。あの娘が、噂の”輝きの子”ですか……」


 先程高位妖精の祝福と見抜いた男――ゼオンディリュースは、じっくりとシシリィアを観察するように視線を送る。

 すかさずエルスタークやイルヴァがシシリィアを隠すように前に立つが、ゼオンディリュースはあまり気にした様子はなかった。


 にっこりと、どこか魔人らしからぬ流麗な笑みを浮かべてジルヴァーンへと声を掛ける。


「まぁ、何にしても関係ありません。ジルヴァーン殿、手筈通りに」

「あ、あぁ、そうだな。…………お前たちがどのような手立てを持っていようと、これには敵うまい。《ベルファスディール》!」


 玉座から立ち上がったジルヴァーンが魔力を込めた声で朗々と、その名前を呼んだ瞬間。


 圧倒的な圧を感じる程強大な魔力が渦巻く。

 そして――。


「お久しぶりでございます、我が君」

「…………ゼオンか。ご苦労だったね」

「勿体なきお言葉……!」


 跪いたゼオンディリュースたち5人の魔人の中心。

 そこに居たのは。




 ディルスとよく似た美麗で、しかしの妖精とは正反対の凶悪な空気を纏った漆黒の妖精だった。

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