露わになる影の牙2
王城に戻ってリシルファーナのことを聞かされたシシリィアたちは、関係者が集まっているという広間へ直行した。
そして部屋に飛び込んだエルスタークは、疲労した様子のリシルファーナを見つけると真っ直ぐに問い掛ける。
「姉貴っ、一体何があった?」
「エルス…………。叔父様が、クーデターを起こしたの。陛下を亡き者にして、王位を簒奪しようとしたのよ」
「っ! 兄貴は?」
「重傷だけど、無事よ。今は隣の部屋で、休んでいるわ」
「リシルファーナ様が外交官として、様々な国に行かれていたことも幸いでした」
ランティシュエーヌがそう言いつつ、リシルファーナへ温かい薬湯を差し出す。
転移は行ったことのある場所でなければ移動することが出来ない。
しかし外交官であるリシルファーナは魔人族の国であるフィスターニス国周辺は勿論、このシャンフルード王国までの国々も訪れたことがあったのだ。
だからこそ転移を繰り返して最短ルートでシャンフルード王国まで来ることが出来たのだという。そのおかげで、かなりの深手を負っていた魔人王も治療が間に合った。
そんな説明を聞いたエルスタークは深く息を吐き、近くの椅子に座り込む。
ワインレッドの瞳には、安堵と怒りがない交ぜとなった複雑な色が浮かんでいた。
「さて、シシィたちもまずは座って頂戴。リシルファーナ様にはお疲れの所申し訳ないのですが、この後の対応について話し合いをさせて頂きたいのです」
「ええ、構わないわ」
フィリスフィアが申し訳なさそうに切り出すと、リシルファーナが美貌に笑みを乗せて頷く。
姿勢を正したその姿には、もう疲れは見せていなかった。
その様子を確認したランティシュエーヌが一つ頷き、口を開く。
「では、まずは状況の確認です。フィスターニス国でリシルファーナ様たちの叔父上であるジルヴァーン将軍が軍を率いて王宮を占領した、ということですね?」
「ええ。陛下直属の近衛兵の一部を含めて、大半の兵は叔父様が掌握済みだったからあっという間だったの。真っ直ぐ陛下の元へ来て、ためらいもなく刃を振り下ろしてきたわ……」
「姉貴はその場に居たのか?」
「ええ。執務室で打ち合わせをしていたところだったわ。きっと、叔父様は私たち二人を一気に葬る丁度いいタイミングだと思ったのでしょうね。……セイルも、私を庇うのじゃなくて自分を守るべきなのに…………」
軽く目を伏せ、リシルファーナは息を吐く。
部屋の入り口の近くにいたリシルファーナにまずジルヴァーンは襲いかかったのだが、魔人王であるセイルラーンが身を挺して庇ったのだ。
それを見て直ぐに転移魔法を発動し、セイルラーンと二人で逃げだしたのだという。
セイルラーンとリシルファーナでは、2人がかりでもジルヴァーンには太刀打ち出来ない。
無理に応戦しても、軍は元々ジルヴァーンの配下だ。援軍も期待出来ない。
それならば、早々にエルスタークの居るこの国へ助けを求めた方が良いと判断したのだった。
「先程、私の夫を筆頭とした執政官は、執務棟を閉鎖して立て篭っていると連絡が来たわ。執政官が抵抗しているから叔父様が直ぐに国を動かすことは出来ないけれど、それも時間の問題ね……」
「とにかく、お二人が無事で幸いでした。……先程警備兵から報告がありましたが、エルスターク殿たちの元にも襲撃があったとか?」
「ああ。あれは、間違いなくフィスターニス国の影の者だった。俺がここに居ることは叔父上も把握済みだろうからな。合わせて始末する予定だったんだろうな……」
「襲撃場所の後始末はシャルにお願いしてるの。もう少ししたら、詳しいことの報告が出来ると思うわ」
シシリィアの傍にピッタリ張り付いているイルヴァが、ずっと頭を撫で続けている。
身内ばかりとはいえ、一応会議の場でこの状態はなかなか恥ずかしい。それでも一応報告すると、ランティシュエーヌが少し生温かい視線で頷いた。
「よろしくお願いします」
「シシィ、怪我は大丈夫かしら?」
「大丈夫だよ、フィリス姉さま。小さなものだけだから、後で治療室に行くよ」
「そう……。無理だけはダメよ?」
心配そうにシシリィアを見るフィリスフィアに、ニッコリと笑いかける。
シャル達が助けに来てくれたおかげで、大きな傷を負うことはなかった。このくらいの怪我は、竜騎士として働いていればよく出来る程度だ。
しかし、エルスタークはそう思わなかったらしい。
ガタンと音を立てて立ち上がり、俯いたまま小さく呟く。
「……せい、だな」
「エルスターク?」
「俺のせい、だな。俺が居たせいで、シシィを巻き込んだ」
「なに、言ってるの……?」
慌てて駆け寄ってエルスタークの袖を掴むが、するりと払われてしまう。
見上げた秀麗な顔には、悲しそうな笑みがあった。
「俺が居ると、間違いなく叔父上からの襲撃がまたある。あの人にとって、俺は目障りな存在だからな。絶対に殺そうとするだろう」
「なんで……? エルスタークは国を離れているのに?」
「ジーヴルの街に来たゼルクイードのように、魔人族には強さ至上主義な者が結構多い。単純な武力であれば、俺は叔父上よりも上だからな。野心家だが慎重な叔父上のことだから、不安の芽は確実に取り除くはずだ」
ふう、と息を吐いたエルスタークは、しかしニヤリと笑う。
「とはいえ、俺もただでやられてやるつもりも、逃げ回るつもりもない。心配しないで良い」
「エルスターク……?」
ぽん、とシシリィアの頭を撫でて扉へと向かっていく。
軽く、散歩にでも行くかのようだ。
しかし、その背中は周囲を拒絶していた。
一人で、国を占拠しているジルヴァーンを倒しに行く、というのだろうか。
いくらエルスタークが強くても、それは無謀としか思えない。
それに何よりも、シシリィアやここに集まった人を何だと思っているのか。
ふつふつとこみ上げてくる感情に、シシリィアは身を任せた。
「エルスタークのバカ!」
「っ痛! シシィ!?」
今にも部屋を出ようとするエルスタークの元に全力で駆け寄り、その勢いのまま背中を殴りつけたのだ。
硬い背中を殴ったせいでシシリィアの手もかなり痛かったが、エルスタークにもそれなりなダメージは入っただろう。
驚いて振り返った彼の胸元を掴み、言い募る。
「バカ! なに、格好つけてるの!! 何のために、私たちが居ると思ってるの!」
「シシィ……」
「私は、一緒に歩いて行きたいの。エルスタークの力にもなりたいの! ……だから、1人で行こうとしないでよ!」
「……でも、危険だ」
エルスタークの胸元をばすばすと叩きながら、真っ直ぐワインレッドの瞳を見上げる。
困惑と、迷いの色が見えるその瞳を見つめ、きっぱりと言い切る。
「危険って言うけど、私を助けにエルスタークは居るだけで危険な妖精界まで来てくれたじゃない。それに比べたら大したことないよ。私は、守られるだけじゃイヤ」
「シシィ……」
「シシリィア様の仰る通り、何のために我々がここに集まっていると思っているのです……。それに、1人で向かうなど蛮勇にも程がありますよ、エルスターク殿」
呆れた様子でランティシュエーヌも声を掛ける。
そしてフィリスフィアが言葉を継ぐのだった。
「リシルファーナ様の要請を受けて、シャンフルード王国より支援を決定しています。まずはエルスタークさんを含めて、少数精鋭でフィスターニス国へ向かって頂きたいと考えています」
ちなみにエルスタークたち兄弟は、
第一子:リシルファーナ(長女)
第二子:セイルラーン(長男)
第三子:エルスターク(次男)
です。




