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露わになる影の牙1

「新月の塔に……!?」

「はい。襲撃自体は既に鎮圧済みで塔にも問題はありません。しかし、襲撃者に問題が……」


 チラリとシシリィアたちを見て言い淀むシャライアラーナを、ディルスが促す。


「構わない。詳しく説明を」

「仰せのままに。今回の襲撃では、反乱の折に行方を絡ませていた研究者が、不審な闇色の魔物を率いておりました」

「闇色の魔物って、もしかして……」

「ええ。以前、貴女たちが擬影蟲ぎえいちゅうと一緒に襲われたと言ってた、闇色のモノたちと同じかもしれないわ」

「っ……!?」


 シャライアラーナの言葉に言葉を失う。


 冬に起きたジーヴルの街での襲撃で、ゼルクイードがエルスタークに向けて使った悍ましい闇色の魔物たちが、闇の妖精の国を襲ったというのか。

 しかも、かつて闇の妖精の国で反乱が起きた時の首謀者である新月の夜を司る闇の妖精を幽閉している塔に、反乱に関与した者が襲撃するなど只事ではない。


 尋常ではない事態に、その場に居た者たちの空気が張りつめる。


「”輝きの子”よ、すまないが私は戻らねばならない」

「はい、勿論です。こちらは気にしないでください」

「折角の祝いのときにすまないな。…………其方(そなた)たちも気を付けるように」

「ありがとうございます。……その、ディルスさんたちも、お気をつけて」

「っ……、ははは」


 シシリィアの言葉に驚いた様子で金色の瞳を見開いたディルスは、明るく笑った。

 纏う空気が少し柔らかくなり、そしてシシリィアの頭を優しく撫でる。


「気遣い感謝する。シャライアラーナ、行こうか」

「はい」

「ではな」


 そして擬態していた姿から本来の、光を孕んだ乳白色の髪と漆黒の翅を持った姿に戻したディルスはシャライアラーナを伴って姿を消した。

 先程までの楽しい空気は完全に無くなってしまった。


 厳しい眼差しのディルスを見送ったシシリィアは、不安からエルスタークの手を強く握り締める。


「……城に、戻るか」

「うん、そうだね」


 シシリィアの手を握り返しつつ言葉少なく提案するエルスタークに、頷く。

 とてもじゃないが、お祭りを楽しんでいる場合じゃない。

 まだ関連性も分からないが、この情報はフィリスフィアやランティシュエーヌにも共有したほうが良いだろう。


 人通りの多い大通りを避け、裏道を使って王城への道を急ぐ。

 裏道といっても怪しい道ではなく、小さなお店や工房などが立ち並ぶ王都の人々が日常的に使う道だ。今も祝祭のお目当ての店へと急ぐ人が近道として使ったりしている。


 そんな人たちに不審に思われない程度に走り、王城までもう少しという所まで来たときだった。



 バリバリバリ、と大気をつんざくような音と光が晴天の空から降り注ぐ。


「っ!?」

「シシィ!」


 咄嗟に足を止めたシシリィアをエルスタークが抱き寄せ、結界を展開してくれる。

 降り注ぐ雷は悉くエルスタークの結界に阻まれ、シシリィアたちを傷付けることはない。


 しかし今日の天気は晴れだ。雷は勿論自然のものではない。

 直ぐにエルスタークから離れ、胸元のペンダントから氷薔薇ひばらの槍を取り出す。


「何者だ」

「ちっ、手傷も負わせられなかったか……。必ず殺せ!」

「承知」


 エルスタークの誰何すいかには応えず、わらわらと現れた黒装束の者たちが2人目掛けて襲い掛かる。


 黒装束の者は大半がエルスタークを狙っているが、3人の襲撃者がシシリィアへと向かってくる。

 剣やナイフといった武器を持って迫る者たちの動きは鋭く、早い。しかもそれを躱して出来た隙に、距離を置いた者が魔法を放つ。

 しっかり連携の取れた動きで急所を狙ってくる彼等は、間違いなく殺しのプロだ。


 激しい戦闘に近くに居た人々が、わぁぁと声を上げて逃げて行く。どうか被害が出ていないことを祈りながら、迫りくる攻撃を必死でさばく。


 首目掛けて振るわれるナイフを首を反らして避け、お返しに氷薔薇ひばらの槍の柄で殴る。そして槍から氷礫こおりつぶてを放って近付いて来た剣を持った襲撃者をけん制し、距離を取る。

 しかしそこに炎の矢が降り注ぎ、さらに飛び退いて逃げる。


 襲撃者との距離ができた隙に、ちらりと周囲へ目を向ける。

 段々と、エルスタークと距離を離されている。

 今はイルヴァやディルスに貰った守護にも助けられて大した傷は受けずにいるものの、このままでは危ういだろう。


 乱れ始めた息を整えながら、襲撃者たちを見据える。相手は全く息も乱れておらず、シシリィアを甚振いたぶって楽しんでいる雰囲気すらあった。


「もう……、なんなの!」


 愚痴を零しつつ槍を構えるシシリィアに、襲撃者たちがニタリと笑いながら再度距離を詰めようとした時。


 不意に上空から影が差す。

 そしてシシリィアのすぐ側にズタン、と人が降り立った。


「遅くなり申し訳ございません、シシィ様」

「シャル!」

「シシィ、無事かしら!?」

「イルヴァも!」


 さらに背後には、イルヴァがふわりと降りてきた。

 どうやら、イルヴァが竜化してシャルを乗せ、駆け付けてくれたようだ。上空から飛び降りたシャルは、すぐにシシリィアを庇うように前に立って襲撃者の攻撃を大刀で受ける。


 イルヴァは心配そうにシシリィアへと声を掛けてくるが、それに答えるよりもまずは襲撃者たちだ。

 しかしこちらの加勢に気付いた襲撃者たちは、短く声を上げるとすぐに飛び退いて撤退を始めた。


「っ、逃がさないで!」

「承知しました」

「勿論よ」


 しかし、手練れの襲撃者たちは逃走も見事だった。

 ある程度距離を置いた途端、掻き消えるように姿を消していく。


「転移!?」

「シシィ無事か?」

「うん、大丈夫。エルスタークは?」


 多くの襲撃者に襲われていたエルスタークは、少し息を乱していた。

 それでも見た限りでは、大きな怪我は無さそうだ。


 見上げるシシリィアの頭を軽く撫でる。


「大丈夫だ。……アイツらは、多分フィスターニス国の影の者だ」

「影の者ってことは、エルスタークの叔父さんの……?」

「シシィ、すまない……」


 エルスタークが戦っていた場所を見ると、何人かの襲撃者が倒れ伏している。恐らく倒した襲撃者たちの特徴から、エルスタークの叔父が掌握しているという暗殺者集団の者と断定したのだろう。

 俯くエルスタークは、何かを考え込んでいる様子だ。


 しかし今は、まずすべきことがある。

 切り替えるように小さく息を吐いて、シャルへと視線を向ける。


「…………今は、とにかくお城に帰ろう。シャル、ここのことは任せていいかな?」

「はい、お任せください。エルスターク、まずはシシィ様を安全な場所へ連れて戻れ」

「…………ああ」


 倒れている襲撃者の始末や周辺の人々への説明などのためにシャルをその場に残し、シシリィアたちは王城へと戻る。

 闇の妖精の国の襲撃と、シシリィアたちへの襲撃。それを急ぎ知らせなければならない。

 そう思っていた。


 しかし王城には、より最悪な情報がもたらされていた。




 血塗れの魔人王を抱えたリシルファーナが、反乱の報せと共に助けを求めて来たのだった。





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