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妖精の愛2

「翅は……?」

「捨てました」

「そんな、どうして…………」


 きっぱりと言い切るランティシュエーヌに、フィリスフィアは動揺を隠せない。会場の人々も驚きや困惑を露わに、さざめきのように囁きが広がる。


 しかし、当のランティシュエーヌはそんな周囲を気に掛けず、ただ真っ直ぐフィリスフィアを見つめて言葉を紡ぐ。


「貴女と共に在るため、人間に転属しました。力を馴染ませるのに時間が掛かり遅くなりましたが、フィアが選択する前に間に合って良かったです……。どうか、私の手を取って頂けないでしょうか?」

「ランティ…………」


 ランティシュエーヌの差し出された掌を見て、フィリスフィアはうろうろと視線を彷徨わせる。

 美しい顔には困惑や戸惑いが綯交(ないま)ぜとなった表情が浮かんでいたが、その瞳の奥には喜びの光が浮かんでいた。



 一瞬の躊躇いの後、ランティシュエーヌの手を取ろうと白く美しい手が僅かに持ち上がった。



 その時――。



「お待ちください、殿下!」

「ミンシャール公……」


 鋭い声を上げたのは、王国北部の貴族を束ねるミンシャール公だ。

 猛禽類を思わせる鋭い眼差しでフィリスフィアを見据え、堂々と意見する。


「恐れながら申し上げます。今夜、候補として残っている者は皆、数多あまたの選考を経て選ばれた者たちです。その方が、本当に守護妖精であったランティシュエーヌ殿だとしても、急に乱入して自らを選べと申すのは、道理に外れた行いではないでしょうか」

「それは…………」

「それに、妖精から人間へと転属されたとあっては、今までのように殿下をお守りすることは出来ないでしょう。ランティシュエーヌ殿は補佐として有能であったとしても、それだけでは殿下の伴侶として相応しいとは言い難いと思います」


 今回、ミンシャール公の縁戚である北部貴族の青年も、候補者の中に居る。

 突然乱入したランティシュエーヌに、伴侶の座を持っていかれそうになるのを黙って見過ごすことは出来ないだろう。


 ミンシャール公の言葉を聞き、フィリスフィアは持ち上げかけた手を、ギュッと握りしめる。

 そして一つ息を吐く。


「………………そう、ですね」

「フィア…………」


 絞り出すような声で頷くフィリスフィアに、ランティシュエーヌが悲しそうな声を掛ける。

 しかしフィリスフィアは、差し出しされたままのランティシュエーヌの手から目を逸らすように、ミンシャール公へと向きなおった。


 そっと俯くランティシュエーヌに対し、ミンシャール公は満足気に笑む。


「では、殿下……」

「転属したから守れない、ってことはないと思うぞ」

「エルスターク!?」

「何だね、君は?」


 ミンシャール公を遮ったエルスタークが不遜な様子で笑う。

 そしてランティシュエーヌへと視線を移し、どこか楽し気な様子で語る。


「普通に妖精が人間へ転属したら大きく力を失うもんだが、そいつは元が王族だからか? そこの第二王女並みに魔力在るぞ。それに、複数の妖精王の祝福を持ってるな」

「……そこまでお判りになりますか、エルスターク殿」

「ああ、俺は魔人の中でも目が良いからな。……なぁ、ここまでしておいて簡単に諦めるのか? あんなに執着しておいて?」

「……五月蝿いですね」


 ランティシュエーヌは苦笑を零すと、ついと立ち上がった。


 そして会場の人々に向きなおり、強い眼差しで見据える。


「人の身となった私は、妖精の頃のようにフィリスフィア様をお守りすることは出来ないでしょう。しかし、此度の転属の際に、系譜の王である花の女王および、シシリィア様の縁からご助力を頂けた闇の王より祝福を賜ることが出来ました。この力と以前よりの経験から、この場に居る何方どならよりもフィリスフィア様を支え、お守りすることが出来るという自負を持っております」

「なんだと……!?」

「何を勝手なことを言っているんだ!」


 色めき立つ他の候補者たちに、しかしランティシュエーヌは動じる様子はなかった。

 妖精でなくなっても美麗なかんばせに笑みを乗せる。


「今まで共に歩んできた時間と経験、そして長い間積み重ねてきたこの想いは貴方がたに負けることなど有り得ません」

「そんなことは……」

「ランティ……」


 ランティシュエーヌの持つ空気に会場が飲まれかけていた。

 しかし、やはりこの人物にはそれも通用はしないのだった。


 わざとらしい大きなため息を一つ落とし、ミンシャール公がコツリと杖で床を叩く。


「いくら力や想いが勝っていようと、そもそも貴殿にはここに立つ資格はない、ということを理解すべきでないかね?」

「ミンシャール公。貴方様は相変わらず、ですね」

「儂も王国貴族として、この国を支えてきた自負がある。若者の暴走を諫め、正しき道を示しているまでだ」

「正しき道、ですか……」

「そうとも。王国の未来のため、最も良き道は貴殿の隣ではなかろう。そうでありましょう、殿下?」

「それは…………」


 猛禽類のような鋭い眼差しで見据えられたフィリスフィアは唇を震わせる。


 重く張りつめた老公の気迫が会場を支配していた。

 ミンシャール公が望まない回答など受け付けない、という空気に息が詰まりそうだった。



 しかしそんな空気を破ったのは、少し掠れた、穏やかな声だった。



「ミンシャール公。そう、若い者を虐めるものではないよ」

「っ陛下!?」

「お父様! 起きていらして大丈夫なのですか……?」


 王妃が押す車椅子に乗り、時々小さく咳き込んでいる男性は、フィリスフィアたち3姉妹の父でありこのシャンフルード王国の国王その人だ。

 かなり痩せ細り、顔色は青白い。体調の悪さがありありと伺える状態である。


 しかし車椅子に座ってはいても背筋は伸び、ミンシャール公を見る眼差しは王らしい泰然としたものであった。


「こんな格好で申し訳ない。フィリスも、重大なことを任せてしまって申し訳ないね」

「いいえ。わたくしのことですから……」

「そうだね。でも、全てを一人で抱え込むことはないんだよ」


 王の声は決して大きなものではないが、会場を包み込むような物であった。

 誰もが息を呑み、その言葉に耳を傾けていた。


「私は、皆が幸せになれる国にしたいんだ。だから、フィリスが望む未来を選んで欲しい」

「でも……」

「大丈夫。この国は若者が自由に未来を望めない程弱くない。そうだろう、ミンシャール公?」

「そう、ですな……」


 にっこりと微笑んで見上げる王に、ミンシャール公は苦々しそうにしながらも頷く。


 後々聞いたことであるが、王は老公の弱みを色々握っているらしい。

 微笑みの中でソレをちらつかせ、ミンシャール公を黙らせた国王はフィリスフィアを優しく見つめる。


「フィリス。君は早くから大人になろうといつも頑張ってくれたね。それに私は甘えてばかりだったけれど、こんな時くらいは、父親として役に立ちたいんだ。君の幸せのために、伴侶は好きな相手を選んで良いんだ」

「お父様……」

「さぁ、フィリス。彼が待っているよ?」


 そう言って笑みを深める。

 王の後ろでひっそりと控えていた王妃もフィリスフィアの背を押すように笑みを浮かべ、一つ頷く。


 少し迷っていたフィリスフィアは、そんな二人の様子に困った様に小さく笑う。

 そして――。




 まっすぐとランティシュエーヌの元へ向かい、彼の手を取る。



「ランティ。どうか、わたくしとこの先も共に歩んでくれませんか……?」

「勿論です」


 麗しい笑みを浮かべたランティシュエーヌは、直ぐにそう応えると多くの人の面前であることも構わず、強くフィリスフィアを抱き締めた。


 そしてそっと、他の人には聞こえないように耳元で誓いを囁いたのだった。




「私の全てを、貴女に捧げます。フィア」

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