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妖精の愛1

 ランティシュエーヌが姿を消してからあっという間に月日は流れ、3か月が経っていた。

 この間、王宮では表面上は何事もない様子であったが、水面下では様々な問題や変化が起きていた。


 それはフィリスフィアの執務時間の増加や各部署間の連携不備などであり、今夜開かれる舞踏会であった。


「結局、ランティシュエーヌさんは帰って来ないままだね」

「流石に、今夜は何かしらあると思うが……」

「そうだといいのにな……」


 舞踏会の会場である広間の片隅でシシリィアは不安気に、今日のエスコート役であるエルスタークを見上げる。


 今日のエルスタークは擬態を行っていない。深い赤紫色の髪の毛の右サイドをかき上げたような髪型で、あえて魔人の特徴である尖った耳を目立たせるようにしている。


 そして今日の二人の装いは揃いのデザインを所々に取り入れたものだった。

 さらにはエルスタークの露わになった右耳には緑色、シシリィアの耳にはワインレッドの宝石を使った耳飾りが揺れている。

 互いの瞳の色を身に纏っているのだ。


 先日、魔人族の国であるフィスターニス国との国交を結んだことも公にされた。

 そのうえで、魔人であるエルスタークと深い関係を示す装いで常に寄り添うように居るため、周囲の人々からの視線が絶えることがない。


 エルスタークが何者かまでは明らかにしてはいないが、今日の舞踏会ではシシリィアたちのことを周囲へそれとなく知らせることも目的の一つだった。

 とはいえ、今日のメインはシシリィアたちではない。


「本当に、姉さまは今日伴侶をお決めになるのかしら……」

「そのための舞踏会だからな……」


 俯くシシリィアの髪を撫で、エルスタークもため息を零す。


 今夜の舞踏会はフィリスフィアの伴侶決めるためのものだった。

 勿論ある程度事前に選考は行われており、シャンフルード王国貴族の各派閥が擁立する6人の男性が最終候補として残っているのだ。


 フィリスフィアは舞踏会が始まってから次々と候補の青年貴族とダンスを踊り、言葉を交わしている。

 今は6人目とのダンスであり、それが終われば伴侶を決め、発表することになる。

 シシリィアたちだけでなく、舞踏会の参加者はみなフィリスフィアを注視し、誰が選ばれるかと囁き合っている。


 ふわり、と広がるフィリスフィアの今日のドレスは白を基調としつつ、青緑色のレースで繊細に装飾されている。

 その美しいレースはフィリスフィアの色と言えないこともないが、どちらかと言うと、今は居ない妖精の翅を思わせるものだ。




 フィリスフィアの心残りなのではないか。

 そう思うのだが、シシリィアは何をすれば良いのか分からないのだった。




 そして、奏でられていた音楽が終わる。

 フィリスフィアは踊っていた青年貴族と別れ、シシリィアたちが居る会場前方に設けられた王族用の席へと戻って来る。


「姉さま…………」

「シシィ、今日は舞踏会よ。そんな顔をするものではないわ。笑いなさい」

「…………はい」


 不安が顔に出ていたシシリィアは、顔を俯ける。そう簡単に、切り替えることが出来ない。

 一方のフィリスフィアは、王族らしい完璧な微笑みを浮かべ続けている。


 心中を伺うことは、出来ない。


「フィリス姉さま、ダンスでお疲れでしょう? 一息ついてください」

「ありがとう、ユリア。一口だけ頂くわ」

「そんな慌てることないじゃない」


 ユリアーナが持って来たワインを受け取ったフィリスフィアは、瞳を伏せた。

 一口グラスに口を付けると、奏でられている美しい音楽に紛れるように、小さく本音を吐露する。


「…………さっさと、終わらせたいの」

「そう…………」

「フィリス姉さま……」


 言葉を失うシシリィアたちに淡く微笑みを零し、フィリスフィアはグラスをユリアーナに預ける。

 そしてカツン、とヒールの音を響かせて広間の中央へ進み出る。


「みなさま。本日はお集り頂きまして、ありがとうございます」


 集まった人々の視線を一身に集めたフィリスフィアは、美しく完璧な笑みを浮かべる。

 清廉な印象のドレスを纏ったその姿は儚さもあるが、凛とした眼差しは力強い。王者然としたその姿に、会場中の人々が息を呑む。


 そしてフィリスフィアが口を開こうとした時だった。




「お待ちください」

「え……?」

「何者っ!?」

「貴方は………… !?」


 声を上げ、一人の男が進み出る。

 周囲の人が止めようとするのをフィリスフィアは手振りで抑え、じっと見つめている。


 白を基調とした礼服を身に纏ったその男は、腰程まである淡い金色の髪を揺らしながらフィリスフィアの前で片膝をつく。

 そして真っ直ぐ、若葉色の瞳をフィリスフィアへ向ける。


「遅くなってしまい、申し訳ございません。フィア。どうか、私にもチャンスを頂けないでしょうか?」

「………………ランティ?」

「ええ」


 にっこりと微笑むその男は、確かにランティシュエーヌと同じ顔だ。見慣れた笑みであり、聞きなれた声だ。

 しかし。




 その背には、妖精特有の美しい翅は無くなっていた。

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