波乱の昼食会
花冠祭りの翌日。
昨日フィリスフィアたちが対応していた客人を歓迎する昼食会が開かれていた。
穏やかな日差しが差し込む大きな窓のある小さめの食堂に集まったのは、フィリスフィアとランティシュエーヌ、ユリアーナたちとシシリィアたち。見事に身内ばかりだ。
今回の客人は非公式の訪問だし、昨日の会議で決まったこともまだ公表されているものでもないためだった。
「まさか、外交官殿がエルスタークさんのお姉さまなんてね」
「ふふ、うちの愚弟が迷惑を掛けていなければ良いのだけれど」
「五月蠅い……」
ユリアーナと外交官であるエルスタークの姉――リシルファーナがどこか似通った笑みを交わしているのを見て、エルスタークが死ぬほど嫌そうな顔で頭を抱える。
穏やかな昼食会が始まった途端、少々雲行きが怪しい。
昼食会に集まったメンバーが先日のジーヴルの街に関する会議に集まっていたメンバーと同じ、ということもあり先程までは真面目にその件の話をしていた。
エルスタークが件の叔父の領地周辺を調べたのだが、昔あった研究所という場所は今は廃墟となっており、何も見つけることは出来なかったそうだ。領地自体も治安は良く、領政も悪くなさそうだったという。
懸念点を強いて挙げるとすると、フィスターニス国の軍を叔父が掌握してから各種取り締まりが厳しくなり、犯罪者として検挙される人数が増えているとのことくらいらしい。しかしそれも国王が認める範囲の中であり、治安向上に繋がっていることもあり不審な点というほどのことではないという。
そしてフィスターニス国王が直接、先日のジーヴルの街襲撃犯を影の者が処分した件を問いただせば、部下の不手際と言ってその影の者の首を差し出してきたのだ。
やることからは不審さが拭えないのだが、直接的な証拠もあるわけではない。
襲撃犯と叔父の関係を明らかにすることは早々には出来ないと思われるため、そこについては引き続きの調査と分かり次第の情報共有が今回の補償の一つとなったという。
そんな食事が不味くなりそうな生臭い話が終わった途端、今度はリシルファーナによるエルスターク虐めが始まりそうだった。
エルスタークとよく似たワインレッドの瞳が、おもちゃを見つけた猫の様な光を宿している。
「だってエルス。貴方が国に居た時、どれ程娘さんをもつ貴族たちから苦情を受けていたことかしら……」
「え……」
「シシィ、違うからな! 姉貴、紛らわしい言い方するな!!」
「ふふ、ごめんなさい。エルスはね、女の子を全く相手にしないから。それで何とか関係を取り持って欲しいって王や私に泣きついてくる者たちが多かったのよ」
「そうなんだ……」
エルスタークと2回目か3回目に会った時には既に言い寄って来る感じの言動をしていたから、国に居た時もそんな感じで多くの女性と関係を持っていたのかと思っていた。
それなのに、逆だったらしい。
驚いてワインレッドの瞳を見上げると、真摯な表情で頷かれた。
「そっか……」
「ああ。俺が好きなのはシシィだけだ」
「~~! そういうのは、良いから!!」
「ふふふ。シシィ、愛されてるわねぇ」
「幸せそうで、良いわ~」
甘い声で告げられた言葉にわたわたしていると、ユリアーナとリシルファーナに似たようなニヤニヤした笑いを向けられてしまう。
なんだかいつもの倍、揶揄われているような気分になる。
「もう……。なんでユリア姉さまとリシルファーナ様は同じように笑うの……」
「あら。だって、ユリアーナ様は我々の血縁だもの」
「えっ!?」
「やはり、そうでしたか……」
ランティシュエーヌやフィリスフィアたち一部の人は納得したような様子だったが、シシリィアとしては初耳だった。
エルスタークを見上げると、彼も知らなかったのだろう。驚いた様子だった。
「どういうことだ?」
「ユリアーナ様の魔力は、リュイアジーナ叔母様の魔力の気配と似ているもの。あの方は世界を放浪して、あちこちに子供が居るって昔笑っておられたわ」
「父の二番目の妻のお名前が、リュイアジーナ様ですわ。わたくしたちが幼い頃に王宮は飽きた、といって出ていかれてしまいましたけれど」
「そうだったんだ……」
「ふふ、シシィが生まれる前のことだもの。私も、母のことは魔力の気配くらいしか記憶にないわ」
笑うユリアーナは、特に母親に対する感傷もない様子だ。
シシリィア自身、自分たち三姉妹の母が全員違うことは知っていた。見た目も全く似ていないし、派閥争い的なところから聞かされたこともある。
しかしまさかユリアーナの母が魔人だったとは思いもしなかった。
「ふふ。まさかエルスタークさんたちと私が従姉妹とはね。世界は狭いわねぇ。ああ、そういえばもしかしたらシシィは知らないかしら?」
「何を……?」
「私、王位継承権は持っていないのよ? 母が魔人、ということは一般には伏せられているけれど、当時王宮の中枢に居た人は知っていることだから。私自身は人間だし王族としては認めるけれど、王位継承権は認められないっていう人たちが一定数居たからね」
「ユリア姉さま……」
「ユリア。ここで話すことではないわ」
さらり、と言われたがかなり重い話だ。
ほぼ身内、というか血縁関係者ばかりの場ではあるが、フィスターニス国の外交官であるリシルファーナが居る場で話す内容ではない。
どこか重い雰囲気となったその場の空気を変えるように、リシルファーナが明るい声でシシリィアへと話しかける。
「とにかく、エルスがあんな事を言うのは貴女だけなの。だから、仲良くしてあげてね?」
「五月蠅い! アンタはさっさと帰れ」
「もう、エルスったら照れ屋さんなんだから」
可愛らしく拗ねるリシルファーナの様子に、その場の空気は一気に和やかになる。
そしてそれからは至って普通な話題で、平穏に食事会は終わったのだった。
「はぁ。色々驚くことが多くてちょっと食事の味が分からなかったなぁ……」
「シシィ様は、教えられてなかったのですね」
「シャルは知ってたんだ……」
「ええ。母はフィルズ女侯爵ですから」
「そっか……」
一緒に昼食会に参加していたシャルやイルヴァたちと食堂から出た時だった。
「シシィ様」
「ランティシュエーヌさん?」
普段、フィリスフィアと一緒に行動している時に離れることなど滅多にないランティシュエーヌが一人でシシリィアたちを追って声を掛けてきた。
あまりに珍しいことに首を傾げながら美しい妖精を見上げると、若葉色の瞳を伏せて小さく頭を下げる。
「シシィ様。どうか、少しお時間を頂いても良いでしょうか……」
そう願いを口にするランティシュエーヌは、どこか悲壮さを感じる表情をしていたのだった。
どうやら、波乱はまだ終わりではないらしい。




