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花冠祭りと祝福の種2

 王宮内でシャルとイルヴァと合流し、シシリィアは王都の中央広場へと向かう。

 中央に花で飾られた塔が建てられたその広場は、花冠祭りのメイン会場だ。花冠祭りの目玉ともいえるダンスが行われるその広場の外周には様々な屋台も並び、多くの人で賑わっている。


 塔の周辺にはシシリィア同様、最初のダンスを踊る女性たちが集まっていた。

 花冠祭りのダンスはお祭りの間中行われるものではあるが、最初のダンスは神様への捧げものであり、特別なものだ。”春告はるつげの乙女”と呼ばれる最初のダンスを踊る女性は皆、春の女神を模した恰好をする決まりになっている。


 色とりどりの花の刺繍を施したリボンを腰に巻いた白いシンプルなワンピースを纏い、頭に美しい花で作った花冠を被る。花冠以外の装飾は一切着けず、清純な乙女の装いだ。

 シシリィアも他の”春告の乙女”と同じ装いで、最初のダンスを踊るのだ。

 肩下までやっと伸びた髪の毛はイルヴァに少し編みこんでもらい、ワインレッドの花冠の下で風に揺れている。


 内心の不安や心配といった暗い気持ちは全部心の奥底に沈め、今は花冠祭りに相応しい明るい笑みを浮かべた。


「お待たせしました。もう、準備は大丈夫?」

「ええ。勿論ですよ!」

「それじゃあ、花冠祭りを始めましょう」


 シシリィアが声を掛け、10人の”春告の乙女”が塔の周りに散らばっていく。

 そして広場の一角に待機していた楽団が音楽を奏で始めた。喜びと楽しさに満ちた、明るい音楽だ。


 その音楽に合わせ、”春告の乙女”たちはダンスを踊り、周りに集まった人々は手に持った籠に入れていた花びらを振り撒いていく。


 色とりどりの花吹雪の中、ふわりとスカートや袖の白布が舞い広がる。

 どこか幻想的なその光景は、神への捧げ物に相応しい。


 軽やかなステップを踏み、一緒に踊る”春告の乙女”たちと目線を交わしながら、クルリクルリと塔の周りを巡っていく。



 季節は巡り、春が訪れる。

 新たな命が芽吹き、やがて実りを授ける。

 その営みに喜びと感謝を。



 明るい音楽と周囲の人々の歓声。そしてダンスで捧げている気持ちから、作り物ではない笑みが自然と零れていた。

 そしてあっという間に一曲が終わる。


 わぁっと一段と大きな歓声が上がった。

 無事、最初のダンスは終わったのだ。


 贈られる拍手に笑みを返しつつ、シャルとイルヴァの元へと向かう。


「お疲れ様です、シシィ様」

「素敵だったわ、シシィ」

「ありがとう。ミスしなくてよかった~」


 いつの間にか用意してくれていたらしい、花冠祭り名物の色とりどりの花びらが浮いたアイスティーを貰って口を付ける。

 さっぱりとした甘さが心地良い。


 最初の一曲が終われば、後は好きなように踊りを楽しむお祭りだ。

 引き続き楽しい音楽が奏でられ、街の人たちが塔を中心にして友人同士であったり、恋人たちであったり、色々な人が手を取り合って踊っている。

 明るく賑やかなその光景は、見ているだけでも楽しい。


 しかし、一緒に居て欲しいと思う人は今日は居ないのだ。広場の光景は、そのことを強く意識させた。

 零れそうになるため息を飲み込み、側にいるシャルへと声を掛ける。


「シャルは踊らなくて良いの?」

「シシィ様の護衛がありますので」

「あら、シシィの守りなら私が居れば十分じゃない?」

「…………勘弁してください」


 シャルは少し顔色を悪くして呻くように言う。


 周囲から、獲物を狙うような鋭い視線が突き刺さっていたのだ。

 じりじりと、若い女性たちが近付いて来ているのも気のせいではないだろう。


 花冠祭りでは憧れの人とダンスを踊る、ということを目的にしている人も多い。白い髪を風に揺らす美貌の騎士を狙う女性は多いようだ。

 多分、シシリィアが踊って来るように言った瞬間、大変なことになるだろう。


 街の人達の要望には応えてあげたいところだけど、いつもお世話になっている乳兄妹シャルを差し出すのも申し訳ない。

 期待するような女性たちの視線を感じながら、少し悩むそぶりを見せつつ、とうに決めていたことを口にする。


「う~ん……。それじゃあ、少し早いけど王宮に帰ろうか」

「あら、もういいの?」

「うん。今日はダンスはもういいかな」


 いつもならシシリィアも街の人たちとダンスを踊ったりするのだが、心の底から楽しめる状況じゃない今日は、街の中に長時間居てもあまり心地よく無い。

 シャルとのダンスの機会を狙っていた女性たちには申し訳ないけど、王宮へさっさと帰ろうと決めていた。


 シシリィアの様子にシャルとイルヴァも何かを感じ取ったのだろう。

 少し心配そうな視線を送りつつも、何も言わずに頷いてくれる。


「そう……」

「では、すぐに王宮へ戻りましょう」

「うん、ありがとう」


 笑顔を崩さないように注意をしながら、シシリィアは広場を後にしたのだった。



   § § § § §



 王宮に帰ったあとは気を紛らわせるために仕事を熟していたが、シシリィアでは王宮内の仕事はそう多くない。

 竜騎士団の書類仕事なんかはシャルの管轄だし、雪月花の夜会以降未だに続いているガッツある青年貴族への手紙の返事なんかは花冠祭りの日にやりたいことではない。

 結局は時間を持て余してしまい、普段使いのシンプルなドレスに着替えたシシリィアは、外来客棟の屋上にある空中庭園へ向かった。



 日が暮れて、花冠祭りはより一層盛り上がっている。賑やかな音楽と人々の声は王宮に居ても聞こえて来る。

 王宮に居る人も、手が空いている人は大体街へと繰り出しているのだろう。

 薄闇に沈んだ空中庭園には、他に人は居ない。



 ひっそりと静かな庭園で、明るく賑やかな街を眺める。



 沈む心にはこの場所は心地よくもあるけれど、少し寂しい。

 今日何度目か分からないため息を零し、ふるり、と身を震わせた。

 風が通るこの場所は、春の気配を感じる時期でも、陽が落ちた後では肌寒い。


 もうそろそろ部屋へと帰ろうと思ったときだった。


 ふわ、と暖かい空気に包まれる。

 そして低く、心地よい声を掛けられた。


「シシィ。風邪を引くぞ」

「っ……、エルスターク!」

「ああ、遅くなってすまない」


 振り返ると、そこにはワインレッドの瞳を優しく笑ませたエルスタークが居た。

 いつも通りの黒衣を纏った逞しい身体に、思わず抱き着く。


「おかえりなさい! 無事でよかった……」

「心配かけて悪い」

「怪我とかはしてない? 何か、問題でもあったの?」


 ギュッと抱き着いたまま顔だけを上げて矢継ぎ早に質問をする。

 エルスタークは片手で抱き返しながら、シシリィアの髪を撫でる。大きな掌が、気持ちいい。


「怪我はない。何も掴めなかった、っていう問題はあるけどな……。帰るのが遅くなったのは、どっちかというと身内に捕まってたからだな」

「身内に……?」

「ああ。まぁ、大したこどじゃない。そのせいで、シシィの花冠祭りのダンスを見れなくなったが……」


 エルスタークは盛大に眉間に皺を寄せて、とても不機嫌そうだ。

 そんなに、花冠祭りのダンスを楽しみにしていたなんて、知らなかった。


 でも、今ならまだ間に合う。

 ポンポン、と腰に回っている太い腕を叩く。


「エルスターク、ちょっと放して?」

「まだ、シシィを堪能してないんだが……」

「堪能って……。いいから、ちょっと放してって!」


 よく分からないことを言ってより一層抱き込んでくるエルスタークの胸を軽く殴り、腕の中から解放してもらう。

 そして身に着けていたペンダントの魔術保管庫から目当てのものを取り出す。


「はい、エルスターク。受け取ってくれる?」

「ん? これは……花冠、か?」

「うん。今日、私が被ってた花冠」

「シシィ……!」


 もしも会えたら、と思ってペンダントの魔術保管庫にワインレッドの花冠を仕舞っておいたのだ。

 間に合ってよかったと笑うシシリィアを、エルスタークがぎゅうと抱き締める。強い力は苦しくもあるが、それだけ喜んでくれていることが分かり、嬉しくもある。


 花冠の逸話は、真実かは分からない。

 でもシシリィアにとっては、十分な祝福のように思えるのだ。だから、渡せてよかった。



 腕の中からエルスタークを見上げていると、間近な距離で目が合った。


「シシィ。この花冠は、俺を想って?」

「うん…………」


 少し恥ずかしく思いながら頷くと、秀麗な顔に笑みが広がっていく。

 そしてとろり、と蕩けるような甘い熱がワインレッドの瞳に宿るのが見えた。


 その色気を溢れさせている瞳から、慌てて顔を逸らそうとするのだが、既に大きな掌で後頭部をがっつりと支えられていた。


「エルスタークっ!」

「ああ。……シシィ、愛してる」

「っ~~!!」


 悪あがきでうろうろと視線を宙に彷徨わせていたが、近付いて来たその熱い視線に絡めとられてしまった。

 さらに甘く低い声で囁かれ、顔を真っ赤に染めつつそっと瞼を下ろす。



 もう逃げられない。

 そう観念して、エルスタークを受け入れる。



 重ねられた唇は、優しく、熱い。

 情熱的に求められ、シシリィアはただ、翻弄されるしかなかった。



 溺れてしまうようなその熱に、幸せが溢れ出す。



 そして星の瞬き出した夜空の下、抱き締められた腕の力強さだけを感じてしばしの時が過ぎていった。




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