花冠祭りと祝福の種1
エルスタークが旅立ってから3週間もすると、まだ寒い日も多いけれど春の訪れを感じるような暖かな日差しを感じる日も多くなって来た。
あちこちで色々な花が咲き始め、街行く人々の顔もどこか明るい。
そんな周囲に反し、シシリィアは重いため息を零す。
「はぁ……」
「シシィ。そんなにため息を吐いたら幸せが逃げるわよ?」
「ユリア姉様。一体どうしたの?」
「どうしたの、はこっちのセリフよ」
そう言いながら隣に腰掛けたユリアーナは、シシリィアの手元を見て感嘆の息を漏らす。
「綺麗な花冠ね」
「うん。綺麗なお花をいっぱい用意してもらったしね」
ユリアーナに見せるように手元の花冠をそっと持ち上げる。
この花冠は、今日から始まる花冠祭りのために作ったものだった。
まだ春というには少々早い時期に行われるお祭りのため、花冠用の花が王都周辺でも育てられているのだ。街の若い娘たちもそういった花を使い、思い思いの花冠を作っている。
シシリィアたちの元にも様々な花が届けられていた。王城に届けられる花であるから、どれも立派で美しいものだ。
そんな花々を、バランスよく使って作った花冠は自分で見ても綺麗に出来たと思うものだった。
「ふふ。今年の花冠は、ワインレッドなのね」
「えっ、いや。ただ、この花が、とっても綺麗だったからってだけで! 別に、意味なんて……!」
「あら。私は何も言ってないわよ?」
「~~! ユリア姉様!!」
「ふふふ、良いじゃない。ステキよ」
にっこりと美しい微笑みを浮かべたユリアーナはシシリィアの金色の髪を撫でる。
思っていた以上に優しい姉の様子に落ち着きを取り戻したシシリィアは、手元の花冠へ視線を落とす。
今まで、花冠祭りのための花冠は自身の守護竜であるイルヴァをイメージした紅い花を使うことが多かった。
だけど、今年は色とりどりの花の中でもワインレッドの花を見つけたら、その花を使った花冠しか考えられなかった。
ワインレッドの花弁がみっしりとつまった大輪の薔薇を中心に、差し色として白や淡いピンクの小花を使った力作の花冠は、しかし想った人には見せることは出来ないだろう。
思わず、またため息が零れた。
「エルスタークさんがまだ帰って来ないからって、そんなに落ち込まないの」
「そういう訳じゃ……!」
「でも、その花冠を渡したかったんでしょ?」
「う…………」
言葉を詰まらせて俯くシシリィアの頬をユリアーナは軽く突きながら、その紫の瞳を優しく笑ませる。
「良かったわね。花冠を渡したいと思える人が出来て」
「…………うん」
花冠祭りは、春の芽吹きの感謝を神に捧げ、神を敬い慕うことを示す日だった。
花冠を被った乙女たちが神に対する感謝のダンスを踊り、皆で喜びを示す。そして王族は神に対して、畏敬の念を示す儀式を行う。
本来はそんな趣旨の日なのだ。
しかし花冠を意中の男性に贈った乙女たちが皆末永く幸せであったという逸話がいつの頃からか囁かれるようになり、街の人にとっては告白や恋人たちのイベントとなっているのだ。
花冠祭りの花冠を男性に渡すのは、女性の夢といっても過言ではない。
シシリィアも、つい数ヶ月前に想いを交わしたエルスタークへ花冠を渡したいとは密かに思っていたのだ。
しかし、残念ながらエルスタークはフィスターニス国からまだ帰っていない。
転移の使えるエルスタークにとって、フィスターニス国の遠さはあまり関係はないはずだ。
ジーヴルの街での事件から予測はしていたが、やっぱり厄介な状況なのだろう。花冠を渡せそうにない、ということもあるが、それ以上に心配からため息が零れてしまうのだった。
「きっと、エルスタークさんなら大丈夫よ。彼の強さはシシィが一番よく知っているでしょう?」
「うん、そうなんだけどね…………。心配なものは心配なんだ」
「ふふ、それも当たり前ね。でも、もうそろそろお祭りが始まる時間よ。シシィが暗い顔をしていたら街の人たちが不安になっちゃうわ」
「……うん、ごめんなさい」
ふに、と頬を摘まんでくるユリアーナに、へにゃりとシシリィアは笑う。
王都の中心に作られているお祭りのメイン会場で、街の人々と一緒にダンスを踊るのが今日のシシリィアのお仕事だ。気持ちを切り替えないといけない。
「ユリア姉様は王宮の方の儀式、だよね?」
「ええ。急にお客サマが来ちゃってフィリス姉様が対応出来なくなくなっちゃったからねぇ。面倒だわぁ……」
「面倒って……」
「だって、街でのダンスの方が楽しいじゃない。私は相性が良くないから代われないのが残念だわ」
ふう、とため息を吐いて黒髪をかき上げるユリアーナは、どこまでも妖艶だ。
見た目だけでも、春の芽吹きに対する感謝、という要素と正反対の印象だ。それだけでなく、身に宿す性質として闇や破壊といった要素が強いらしく、花冠祭りのダンスを行うには向かないのだという。
一方、王族が行う儀式は神に対する宣誓の意味合いが強く、王族であれば誰でも対応が可能だった。
だから今日はダンスをシシリィアが、儀式をユリアーナが行うこととなっているのだ。
「さて、そろそろ時間かしら。シシィも、頑張りなさいね」
「うん。……ありがとう、ユリア姉様」
「ふふ、元気になったのなら良かったわ」
艶やか笑みを残し、ユリアーナは席を立つ。
何かと引っ掻き回すことも多い姉だが、わざわざ心配して来てくれたのだろう。
一人残されたシシリィアは手元の花冠へ視線を落とす。
ユリアーナの言う通り、心配は不要かもしれない。それに何より、私事で国民に不安を抱かせるようなことはあってはならない。
それでも、今だけは――。
「……どうか、無事で」
小さくそう呟き、ワインレッドの花に一つ口付けを贈るのだった。




