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星彩の街と忍び寄る影2

「しかし、まさか本当にこんなに簡単に出てくるとは。多少余計なモノもついて来ていますが……」

「何を言っている、ゼルクイード?」

「嗚呼、殿下が私の名を覚えてくださるなんて! 身に余る光栄です!!」


 今一つ会話にならない魔人――ゼルクイードの様子に、エルスタークは顔をしかめる。


「訳の分からないことを言っていないで答えろ」

「殿下の仰せのままに。私は、そちらの小娘にお会いしたかったのです」

「私に……?」


 そちらの、とシシリィアを示しながら向けられた視線に半歩、後退る。

 強烈な、憎しみが籠められていた。


 シシリィアを守るようにエルスタークが前に立つ。


「シシィに手を出すつもりなら容赦しない。俺は、もう王位継承権は捨てている。国へ戻る気はない、と前にも言ったはずだ」

「私の愛し子に何をするつもりかしら、魔人」


 エルスタークだけでなく、イルヴァやシャルも身構える。

 しかし、ゼルクイードは少し面倒臭そうにため息を吐くだけだった。


「外野は黙っていて頂きましょう」

「なに!?」

「魔物がっ……」


 ピュイ、とゼルクイードが口笛を吹いた途端、塔に巻き付いていた魔物の姿がザラリと崩れ落ちた。

 そして小さな影の塊となったソレがイルヴァとシャルを取り囲む。


「イルヴァ、シャル!」

「おっと、貴女あなたはこちらですよ」

「結界っ……」


 イルヴァたちの元へ駆け付けようとすると、目に見えない壁に阻まれてしまう。


 透明な壁の向こう側では、影色の虫のようなものが二人に襲い掛かっていた。

 イルヴァが生み出す炎やシャルが振るう大刀で虫たちはあっさり倒されているが、数が多すぎる。宙を舞う影たちが減っている様には見えない。


「ふふ、アレは擬影蟲ぎえいちゅうと言うんです。個々は弱いですが、数万の群れで先程の蛇のように巨大な生き物に擬態して身を守るそうですよ」

「……アレは、妖精界の虫か?」

「流石は殿下! お分かりになりますか」

「ちっ……。シシィ、すぐに結界を破るから待ってろ」

「うん」


 あの擬影蟲はゼルクイードが使役しているようだが、魔人が独力で妖精界の生き物を手にすることなど出来ない。

 確実に協力をしている妖精が居る。


 そのことに、嫌な予感しかしなかった。


 エルスタークならば、恐らくゼルクイードが張った結界も直ぐに壊せるだろう。

 そう思って大人しく彼に任せようと頷くが、しかしゼルクイードもそんなことは分かっていたのだろう。

 宙へと闇色の小さな球体を3個放り投げると、慇懃に笑う。


「申し訳ありませんが、殿下にはこちらのお相手をお願い致します」

「何だ、これは……」

「”影の戦士たちシャドウ・ウォリアーズよ、たおれるまで闘え”」


 無情なゼルクイードの命令で闇色の球体から生まれた3体の戦士はのそりとエルスタークへと向かっていく。


 ソレらは、とても奇妙なものだった。

 全身が闇色で、歪な肢体と捻じれた翅を持っている。妖精の成り損ないのようなソレは、とても悍ましい。

 濁った唸りを上げ、剣や槍といったそれぞれの武器を手に3体は一気にエルスタークへと襲い掛かっていく。

 連携などはしておらず、強さも然程ではない。しかし、痛みや恐怖を感じることのないソレらは斬っても斬ってもエルスタークへと向かっていくのだった。


「っエルスターク!」

「アレらには殿下を長時間足止めすることは無理でしょうから、さっさと目的を果たさせてもらいましょう」

「っ、なにが目的なの」

「人間風情が生意気なことです」


 いつの間にかシシリィアのすぐ隣に現れていたゼルクイードを、氷薔薇ひばらの槍を握り締めて睨みつける。

 一般的な魔人らしくひょろりとした体躯の彼も、エルスタークより数段弱いが、人間に比べたら圧倒的な魔力を持っている。呼吸をするように、あっさりと転移してきたのだろう。


 ゼルクイードはシシリィアの視線に不快感を露わにしつつも、口を開く。


「さて人間。お前は、どうやら殿下のことを何も知らないようですね?」

「エルスタークのこと……。そうだね。知らないことが、多いね……」

「はぁ……。身の程を知らない人間は、実に愚かです。殿下は、本来ならば魔人族の王となるべき方なのです」

「魔人族の、王…………」

「ええ! 殿下は、先王陛下のご子息で、現王の弟です。そして現王は勿論、先代の王すらを超えるお力をお持ちなのです」


 うっとりとした様子でそう語るゼルクイードは、まるでエルスタークを崇拝しているようだ。

 闇色の戦士たちをあっさりと斬り伏せているエルスタークを見ては、嬉しそうにしている。


「魔人族にとって、王とは強き者。本来であれば、殿下が王位に就くべきなのです!」

「エルスターク本人が、国へ戻る気はないと言っているのに?」

「現王は力だけでなく、体も弱い。殿下はお優しいから王位を譲られたのでしょうが、魔人族にとって、上に立つべき方ではないのです」


 ゼルクイードは本気でエルスタークが王になるべきと考えているのだろう。

 そこに、エルスタークの意思は関係なさそうだ。


 狂信的なまでのゼルクイードの考えに、恐怖を覚える。


「貴女は身の程知らずにも殿下の魔力結晶を受け取っているようですが、大人しく、それを殿下に返しなさい」

「……いやよ」

「そうですか…………」


 真っ直ぐ、ゼルクイードを見上げて拒否をする。


 エルスタークのことは、知らないことも多い。

 魔人族の王族で、現王の弟だということも初めて知った。そのことで戸惑う気持ちも、正直ある。


 でも、エルスタークの意思を無視するようなゼルクイードの言葉には頷けるわけがない。


 シシリィアの言葉に、ゼルクイードは深くため息を吐く。

 そして愚かな生き物を見るような冷たい目を向け、短く言い捨てる。


「では、死ね」


 その言葉と共に、シシリィアの目の前には大量の氷の矢が現れていた。

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