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星彩の街と忍び寄る影1

 ジーヴルの街は、とても独特な場所だった。


 一年の大半を雪で閉ざされるグラセネージュ山の麓にあり、8本の塔と城壁で周囲を囲った街だった。それらの塔は星彩せいさいの塔と呼ばれ、ジーヴルの街の特性を生み出す場所でもあった。


星彩せいさいの塔を崩されてしまうと、我々は生活できません。どうか、どうかお助けくださいませ……」

「安心して。私たちが、ちゃんと解決してみせるから」

「国としても星彩の塔、そしてこの街の重要性を理解しております。だからこそ、シシィ様を含めた我々を派遣しているのですから」

「はい、本当に、ありがたいことです。どうか、よろしくお願いいたします」


 テーブルに額を擦り付けそうな勢いで頭を下げる街の代表に、シシリィアは気を引き締める。


 今回、シシリィアたちに依頼された任務は、このジーヴルの街で発生している、正体不明の襲撃者を撃退することだ。

 夜になると、星彩の塔に謎の影のような魔物が襲い掛かって来るのだという。”白月祭の魔物”のようなソレは、しかし通常の武器では傷付けることすら出来ず、街に常駐している者たちではどうする術もなかった。

 幸い人を襲うことはなく、また塔に対しても、じわじわと侵食するような攻撃だった。おかげで、シシリィアたちが駆け付けるまでに星彩の塔を崩されてしまうということはなかった。


 しかし、ジーヴルの街において、星彩の塔は生命線だった。


 星彩の塔は、この街を守護する星影ほしかげの精霊に供物を捧げるための場所であり、この土地を守る結界を生み出す場所なのだ。

 この塔が一つでも崩れればジーヴルの街は雪に飲まれ、さらに周辺の山々も雪に覆われることになる。

 グラセネージュ山に棲む強力な氷雪の精霊の影響を、星影ほしかげの精霊の守護で抑え込んでいるのだ。だから国としても星彩の塔は一つとして崩させるわけにはいかず、早急に駆け付けることが出来て、戦力としても高いシシリィアたちが派遣されたのだった。


「さぁて、なんの仕業だろうね~」

「影、となると闇の系統でしょうか……」


 ジーヴルの街の外周へと向かいながらシシリィアたちは話し合う。


 襲撃がある夜が近くなり、星彩の塔に素早く駆け付けられるよう外に出たのだ。

 雪深いグラセネージュ山の傍だが、星彩の塔が生み出す結果のおかげで街中はあまり雪がない。寒さも幾分和らいでおり、寒さが少々苦手な火竜のイルヴァも問題なさそうだ。


 イルヴァは闇の系統、と聞いて心底嫌そうにため息を吐く。


「また闇の妖精かしら。いい加減迷惑だわ」

「流石に闇の妖精はないんじゃないかなぁ……。エルスタークはどう思う?」

「実物を見てみないと分からないな。だが、物理攻撃が効かない謎の魔物、となると妖精や精霊が関係している可能性は高いだろうな」

「やっぱりそうだよね……」


 エルスタークの言葉に思い出すのは、以前マレシュが連れていた闇属性の魔獣だ。あれは妖精界に生息しているという魔獣だった。

 人界じんかいの魔獣や魔物というものは基本的に、獣から派生したようなものが多い。

 影のような魔物なんて、人界のものではほぼあり得ないと言ってもいい。


「とりあえず、もう日が暮れるし、待つしかないね」

「ああ。シシィは、今日はその槍なのか……」

「うん、物理攻撃ダメって言うから。氷薔薇ひばらの槍はシャルルさんの守護あるからね」

「それはそうだが、な……」


 渋い顔のエルスにシシリィアが首を傾げていると、シャルが小さく笑う。


「シシィ様、ただの男の醜い嫉妬です。気になさる必要はないですよ」

「嫉妬……?」

「五月蠅い。ただの道具に妬いたりなんかするか」

「どうだか」


 鼻で笑うシャルに、ちょっと驚く。

 シャルがこんなに不遜な態度を取るなんて珍しい。なんていうか、意外と仲がいい感じだ。


 微笑ましく思って見ていると、なんか感じ取ったらしいエルスタークに嫌そうな顔をされてしまった。


「シシィ、なんか勘違いしてるみたいだが……って、来たみたいだな」

「うん。南の塔だね」

「行きましょう」


 太陽が沈んだ途端、何処からともなく現れた闇色の魔物が街を囲む塔の1本に取り付いていた。

 見た目は巨大な蛇の様だ。

 南の塔を街の外から這い上がり、塔を締め付けるように何重にも巻き付いている。


 街から出て南の塔に近付き、その魔物の大きさにシシリィアはため息を吐く。


「これ、物理的に塔を破壊しに来る奴じゃなくてよかったね……」

「そうですね。……これは、塔の破壊が目的ではないかもしれないですね。エルスターク、これが何か分かりますか?」

「いや、この魔物は見たことないな。だが…………」


 そこで言葉を切ったエルスタークは、街とは反対の方向へと鋭い視線を向ける。


 そこは、闇と雪に覆われた森が広がっているだけだ。

 生き物の気配もない静まり返ったそこに、しかし次の瞬間、ゆらりと突然人影が現れる。


「っ!!」

「さすが、殿下ですね」

「それはもう捨てたものだ、と言ったはずだがな……」


 苦々しく言い捨てるエルスタークに対し、突如として現れた黒髪の男は慇懃いんぎんに笑う。


 先程の男の言葉とエルスタークの反応。そして、風に揺れた黒髪の間から見えた魔人の証である少し尖った耳に、シシリィアは言葉を失うのだった。

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