銀ランタン祭りと星闇の夜4
段々と闇が深くなっていく広場は、少しずつ人が減っていく。
屋台などが多く出ているここは、銀ランタン祭りのメイン会場からは離れている。日が暮れ、明かりが灯される銀ランタンを見るために皆移動し始めているのだ。
急に置いて行かれたことに動揺して、シシリィアがそんなことに気が付くまでに結構時間が経っていた。
はっとして顔を上げると、エルスタークが何か物言いたげな様子でありながらも静かにシシリィアの側で待っていてくれた。
「っ、エルスターク、ごめん。待たせちゃったよね」
「いや。シシィは大丈夫か? あの妖精王に変なこと言われたのか?」
「ううん、大丈夫。それよりも、エルスターク。一緒に行きたい場所があるんだけど……」
「俺と?」
「うん。良いかな?」
「ああ、勿論。シシィが望むのならば、何処へだって一緒に行こう」
緊張した様子のシシリィアに、エルスタークは安心させるように微笑む。
そのワインレッドの瞳には微かな不安の色を滲ませながらも、それを気付かせないようにシシリィアの手を取ったのだった。
そしてシシリィアが向かったのは王宮の中だった。
舞踏会を行う広間やエルスタークが現在滞在している客間などがある外来客棟の屋上。そこには、雪で白く染められた空中庭園がひっそりと存在していた。
「やっぱり、寒いから他に人居ないね。ちょっと遠いけど、穴場なんだ」
「……王都が一望出来るんだな」
驚いたように言葉を零すエルスタークに、シシリィアは自慢気に笑う。
いくつも建物がある王宮の中でも、この外来客棟は一番街に近い位置に建っている。高い城壁があるし、庭園などもあるため街までは結構遠いが、王宮の中から街の様子が見える数少ない場所なのだ。
陽は既に暮れ、王都は月のない星闇の中に沈んでいる。
しかし蝋燭を入れた無数のランタンが、街を暖かいオレンジ色に照らし出す。
そしてあちこちから聞こえて来る、明るく楽し気な人々のざわめきと、賑やかな歌声。
とても美しく、愛おしい銀ランタン祭りの夜の風景だ。
風を遮る物のない空中庭園で、じっと街の灯りを見つめているとふわり、と暖かい空気に包まれる。
エルスタークが、結界を張って暖めてくれたようだ。
「エルスターク、ありがとう」
「いや、シシィが風邪をひいたら大変だからな」
そう言って笑うエルスタークに向き直る。
秀麗なその顔を見上げ、何を言うべきか、迷いながら口を開く。
「ねぇ、エルスターク」
「……なんだ?」
ここしばらく、ずっとずっと色々と考えていた。
貰ったペンダントの意味。
周囲の人々が求めていること。
エルスタークの考え。
王女としての役割。
そして、自分の気持ち。
なかなか答えは出せないし、シシリィアが考えても分からないことは沢山ある。
でも、だからって、逃げ続けていては何も分からないし、何も変わらない。
一つ、シシリィアは深呼吸をした。
「このペンダントの石、エルスタークの魔力結晶、だったよね?」
「……ああ」
今日も身に着けているペンダントをするりと撫でる。
空中庭園には雪のランタンは作られておらず、灯りはない。
月のない星闇の中では、真っ直ぐ見上げたワインレッドの瞳にどんな感情が乗っているかは分からなかった。
「魔人族は、自分の魔力結晶を、滅多に他人に贈らないって、本当?」
「…………ああ」
「渡すのは、伴侶にだけだって……」
「聞いたのか……………………」
深く、ため息を吐いたエルスタークがしゃがみ込んで、濃い赤紫色の髪の毛を掻き回す。
急な動きにシシリィアが緑色の瞳を見開く。
一体、どうしたのだろう。
不安になりながらもエルスタークを見つめていると、頭を抱えている腕の隙間から、窺うように見上げられた。
「シシィは……」
「……なぁに?」
「シシィは、それを知って……。ペンダントを、返したいのか?」
「っ…………」
問われた言葉に、シシリィアは咄嗟に答えを返せなかった。
どう、すべきなのか。
どう、したいのか。
「シシィ……」
シシリィアの名前を呼ぶエルスタークの声は、どこか祈るような、切実なものだった。
そんな声を聞き、ふと、ディルスから言われた言葉を思い出す。
一度瞳を閉じたシシリィアは一度、小さく息を吐く。
そして、自分の素直な思いを返す。
「…………ううん」
「っ! シシィ、それは……」
驚いたようにワインレッドの瞳を見開きながら立ち上がったエルスタークを見つめ、シシリィアは苦笑する。
「最初はね、とってもびっくりしたよ。今まで色々言われていたこととか、エルスタークのやることとか、全部が冗談とは思ってはいなかったけど。でも、本当とも信じられなかったから……」
「シシィ……」
「でも、ね。このペンダントの意味を知って、本気だったんだって知って。そしたら…………、嬉しかったの」
「シシィ!」
気が付くと、エルスタークの腕の中に閉じ込められていた。
鍛えられた長い腕にきつく抱き締められ、驚きで身を固くしていたが、そっと力を抜く。
逞しい身体に身を預けながら、ずっと気に掛かっていたことを口にする。
「でも、エルスターク」
「なんだ?」
「……私、エルスタークの気持ち、ちゃんと聞いてない」
「…………そう、か?」
「うん」
腕の力が弱まり、少し体を離してエルスタークを見上げると、彼は目を丸くしていた。
花嫁とか言われたり、キスを迫られたりしていたけど、肝心の言葉は聞いていない。
だからこそ、彼の言動が本気とは思えなかったのだ。
それなのに、この反応はなんだろうか。完全に、忘れていたということだろうか。
呆れてエルスタークから離れようと彼の胸を押す。
しかし逆に腕の力を籠められ、再び強く抱き締められる。
「ちょっと……!」
「悪い、シシィ。こういうことに、慣れてなくてな……」
「え……?」
人を弄ぶようなときは、とても手慣れた雰囲気だった。
それなのに、慣れていないとは、一体どういうことだろうか。
驚いて顔を上げると、ちょっとバツが悪そうなエルスタークがシシリィアの頬をそっと撫でる。
「俺が好きなのは……。好きになったのは、シシィだけだ」
「っ……」
「シシィ」
優しく、熱い声で名前を呼ばれる。
大きな掌が、頬を覆う。
ワインレッドの瞳が、真っ直ぐにシシリィアを見つめる。
「シシィの気持ちも、知りたい。教えてくれ」
「………………」
「シシィ……」
「…………私も。エルスタークが…………、すき」
「シシィ!」
恥ずかしくなって顔を伏せようとした。
しかしエルスタークの掌がシシリィアの両頬を包み、そっと顔を上げさせられてしまう。
いつもより、ワインレッドの瞳がずっとずっと近い。
喜びと、愛情に甘く蕩けたその顔が、段々近付いてくる。
「シシィ。……愛してる」
そう、甘く、密やかに囁かれ。
シシリィアは、そっと目を閉じる。
そして星闇の中、二人の唇は重なり合ったのだった。
やっとここまで来ました。
でもまだまだ続きます。




