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銀ランタン祭りと星闇の夜3

「えっと……。じゃあ、私たちは他の所見に行くから……」

「シシィ様、アレの回収をお願いします」

「えぇぇ……」


 面倒事はお断り、と逃げようとしたが、シャルに肩をガッチリと掴まれてしまった。鬼人きじんのシャルとしてはかなり力加減している様子ではあるが、シシリィアでは振りほどけない程の力だ。

 美麗な顔には柔和な笑みを浮かべているが、目は一切笑っていない。


「シシィ様に関係したことですから。責任もって、ご対応をお願いします」

「絶対、面倒なことになるでしょ、あれ……」

「魔人と、氷薔薇ひばらの妖精か?」

「ええ。ディルス様にも、少々ご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんが……」

「嗚呼! お嬢さんではないか!」

「わ、気付かれちゃった……」


 こそこそと話しているうちに、シャルルに気付かれてしまった。高らかに声を上げ、青銀の長い髪を煌めかせながら近付いてくる。

 先日別れる時には、エルスタークの魔力結晶を持っているということでかなり萎びていたのに、完全復活している様子だ。


 思わずシャルの影に隠れるように避難をしつつ、シャルルたちを見上げる。


「お嬢さん! また会えて光栄だよ」

「どうも……」

「嗚呼、どうか怯えないで欲しい。再びお嬢さんに会えたらお詫びをしたいと思っていてね。丁度彼を見つけたから、お嬢さんに会わせて欲しいと頼んでいたのだが、本人に会えるとは、やっぱり運命を感じてしまうよ……」


 バッと両腕を広げながら天を仰ぎ、一人感嘆の息を吐いているシャルルに、一同ドン引きだ。

 シャルルと一緒にやって来たエルスタークも眉間に深い皺を刻み、深くため息を吐く。


「だから、断ってたんだがな……」

「ああ、でも安心してくれ! 僕も無理に迫ったりはしないさ。お嬢さんを困らせたいわけではないからね。っと、おや? そちらはもしかして、闇の妖精王……?」

「ああ、そうだ。……すまないが、普通にして欲しい。氷薔薇ひばらの妖精殿」


 妖精王に対して片膝を付こうとしたシャルルを押し留め、ディルスは小さく息を吐く。闇の妖精ではなくても、妖精王に対して気軽に対応する者などそう居ないのだろう。


「一応、休暇なのでな」

「そうでしたか。闇の妖精王が人界じんかいに来られるとは、闇の国も落ち着いたのですね。新月の塔は相変わらずで?」

「ああ。あの時のように、迷惑を掛けるようなことはないよう厳重に管理しているから、安心して欲しい」

「嗚呼、闇の妖精王の御苦労を疑っている訳ではないのです! 今日は折角のお祭りなのです。ともに楽しみましょう!」

「……そうだな」


 ディルスたちの会話の意味はよく分からなかったが、擬態で翡翠色に染めた翅をひらりと揺らすディルスには、疲れの色が滲み出ている。

 なんかよく分からないうちにシャルルも一緒に行動するような感じになっているが、ディルスに楽しんでもらうにはちょうどいいのかもしれない。


 シシリィアは諦めの息を吐く。

 そしてもう一人、気になる人物の動向を伺おうと視線を上げると、ワインレッドの瞳とばっちり合ってしまう。


「俺も一緒に行くからな、シシィ」

「…………うん」


 やっぱり逃げ出したくなる心を叱りつけ、小さく頷く。

 今日こそは、と決めたのだ。予定とは色々と違うけれど、これは良いチャンスだろう。


「じゃあ、とりあえず他の所に行きましょうか。そろそろお昼の時間だし、食事にしません?」

「嗚呼、それは素晴らしい提案だ! 銀ランタン祭りならば、雪芋のシチューを食べなくてはだね。さぁ、こっちに良いお店があるんだ!」

「お前が仕切るのかよ……。ほら、シシィも行くぞ」

「っ! あ、うん……」


 エルスタークに手を取られ、ビクリと身を震わせてしまう。

 その様子をディルスが気遣わし気に見ていることには気付かず、シシリィアはシャルルを追って行くのだった。


   § § § § §


 シャルルおすすめの雪芋のシチューを食べた後、あちこちとシャルル一押しの場所へ連れまわされることになった。

 美味しいホットワインのお店、美しい雪結晶を扱うお店、可愛い焼き菓子のお店などなど。

 シシリィアよりも王都に詳しかった……。


「もうすぐ日暮れだな……」

「ええ。ディルスさん、楽しめましたか?」

「ああ。土産物もこんなに買えたから、皆を喜ばせることも出来る」

「結局、シャルルさんの案内になっちゃいましたけど……」

氷薔薇ひばらの妖精は、美食や美しい物には詳しいからな」

「そうなんですか……」


 王都の広場にあるベンチに腰掛け、シシリィアはディルスとココア片手に休憩中だ。

 少し離れた広場の中央付近では、エルスタークとシャルルが何やら屋台のゲームで争っている様子だ。あちこち歩き回ったというのに、元気なものだ。


 金褐色に擬態した髪の毛を夕陽に紅く染めたディルスは、穏やかにエルスタークたちを眺めている。とても寛いだ様子だ。

 そんなまったりした様子に、シシリィアは少しためらいながらも気になっていたことを口にする。


「ディルスさん、新月の塔って何ですか?」

「…………氷薔薇の妖精殿が言っていたことが気になったのだな。そうだな」


 そこで言葉を切ったディルスは少しの間、目を伏せる。

 そして小さく息を吐き、答えを教えてくれる。


「あそこには私の弟、…………かつての謀反人を幽閉しているのだ」

「……! すみません、不躾なことを聞いて」

「なに、構わないさ。あんな意味深な会話をして気にするな、と言う方が無理だ」


 そう言ってほのかに笑うディルスの表情には、夕闇のせいだけではないかげりがあった。

 どこか昏さを孕んだ笑みは美しくもあるが、胸を刺す程の悲しみを感じる。


 折角、今日一日楽しんでもらっていたのに余計なことを聞いてしまった。


「ごめんなさい……」

「ああ、貴女がそんなに気に病むことではない」

「でも折角の休暇なのに、嫌なことを思い出させてしまったんですから……」

「……そこまで気にするようなら、一つ、聞いても良いか?」

「はい、私に答えられることなら!」

「はは、そこまで難しいことを聞くわけではない。ただ確認しておきたいだけだ」

「……?」


 先程までとは全く違い、穏やかに笑うディルスの金色の瞳には、幼い子どもを見守るような温かさが宿っていた。

 金褐色に擬態した髪の毛を風にそよがせ、ついと視線をエルスタークの方へと向ける。


「貴女が持っている魔力結晶はあの魔人の物の様だが、まだ伴侶ではないな?」

「っ……!? なんで、そんなことを……?」

「今日一日、貴女の様子を見ていれば分かる。色々と態度がぎこちない」


 思い返すと、ふとした時にエルスタークと手が触れたり、目が合うたびに、ビクリと小さく跳ねていた。

 今日こそは、と思ったせいで余計変にエルスタークを意識してしまっていたのだ。


 小さく息を吐いて顔を俯けると、そっと頭を撫でられる。


「……ディルスさん?」

「無理をする必要はないとは思うが、言葉にすることも大切だ。言葉にしてしまえば、容易いことも多い」

「…………はい」

「今日は一日世話になった。それに、貴女は好ましい人だ。幸せになって欲しい」


 そう言って麗しい笑みを向けられながら、するりと頬を撫でられた。

 優しく、しかしどこか色気の漂うその動作に、かぁっと頬が熱くなる。


「っ……!!??」

「おい、アンタ!」

「ああ、騎士ナイト殿が来たな。では、私は氷薔薇ひばらの妖精殿に後は案内してもらうから、二人でゆっくりすると良い」

「嗚呼……、妖精王がそう仰るならば、僕はそれに従いましょう!」

「ちょ、ディルスさん……!?」

「ではな。素直になることだ」


 そう言い置くと、ディルスはシャルルを連れて去って行く。


「何なんだ、アレは?」

「~~~!?」


 唖然としているエルスタークと2人きりにされ、シシリィアは声にならない悲鳴を上げるのだった。

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