銀ランタン祭りと星闇の夜1
一年で一番冷え込む時期になり、王都にも雪が積もるようになった。
シシリィアは身支度を整えながら窓の外へ目をやり、小さく息を吐く。
降り積もった雪が朝日を受けてキラキラと輝き、いつもよりも眩しい。美しい青空の下で街が白く雪化粧を纏うこの時期は、いつもなら特別感があってうきうきとする。
しかし、今のシシリィアは自分でも図り切れない心のもやもやに苛まれていた。
「ずっとこのまんま、なんてダメだし……」
もう一度小さく息を吐き、気合を入れるように軽く頬を叩く。
ユリアーナに魔人族が魔力結晶を贈る意味を聞いてから、混乱からエルスタークを全力で避けてしまっている。
先日なんて、明らかに目が合ったのに、逃げるようにエルスタークの居る方向に背を向けてしまった。
きっと、エルスタークを不快にさせてしまった。
そう思うと奮い立たせた心が挫けそうになるが、今日こそは、と自分に言い聞かせる。
「だって、今夜は銀ランタン祭りだもん。折角なら……」
「シシィ、今大丈夫かしら?」
「イルヴァ!」
イルヴァが遠慮がちにシシリィアの部屋へと入って来る。
まだ朝もかなり早い時間で、普段イルヴァがシシリィアの元を訪れるとしてももう少し後のはずだ。
珍しいことに小さく首を傾げてイルヴァを見上げると、少し安心した様子で笑みを浮かべていた。
「ああ、今日はシシィも早く準備していたのね。良かったわ」
「どうしたの、こんなに早い時間に?」
「それがね……。ちょっと困ったことがあって、第一王女の妖精がシシィを呼んでいるの」
「ランティシュエーヌさんが?」
「ええ。危険なことはないと思うけれど、嫌なら行くことはないわ。そうね、その方が良いわ!」
「ちょっと、イルヴァ!?」
勝手に結論を出して頷くイルヴァの袖を引く。
イルヴァがこんな反応をする、ということは多分面倒な問題が起きているんだろう。
でも、わざわざランティシュエーヌがシシリィアを呼ぶなんて、そうそうあることじゃない。これは、行った方が良い気がする。
「嫌じゃないから、ランティシュエーヌさんの所に行くよ」
「でもシシィ……」
「イルヴァも一緒に来てくれるんでしょ? 心配することなんて、何もないでしょ?」
「そうだけど……」
「ね、早く行こう。さっさと行かないと、ランティシュエーヌさんが怒っちゃうよ」
「もう、シシィったら……」
何やら渋るイルヴァを引っ張り、さっさとランティシュエーヌが待っているという彼の執務室へと向かう。
今夜が銀ランタン祭りということでシシリィアたちは通常業務はないが、ランティシュエーヌは変わらずに忙しいはずだ。
ただでさえちょっと怖い人なのだ。待たせるなんて、恐ろしい。
小走りで辿り着いた執務室の前で、息を整える。
「ランティシュエーヌさん、シシリィアです。私を呼んでいる、と聞いて来ました」
「ああ、シシリィア様。お手数をお掛けして申し訳ありません。どうぞ、お入りください」
ノックをすると、すぐに扉を開かれてランティシュエーヌに出迎えられる。
サラリと淡い金色の髪の毛を揺らすランティシュエーヌに従って室内へと入り、そこに居た意外な人物にシシリィアは目を見開いた。
「ディルスさん!?」
「久しぶりだな、”輝きの子”」
漆黒の翅と柔らかな輝きを放つ乳白色の髪を持った美麗な妖精が、少し困った様に笑う。
相変わらずどこか憂いを帯びた表情の妖精王は、小さくため息を零した。
「急に迷惑を掛けて申し訳ない。シャライアラーナたちに、働きすぎだと追い出されてしまってな……」
「えぇ……?」
「闇の妖精王が働きすぎ、というのは妖精界では有名なことではあります。まさか、休暇のために人界へ放り出されてくる、などとは思いもしませんでしたが……」
「本当に、申し訳ない……」
ペソリ、と翅を萎れさせるディルスはとても疲れた様子だ。働きすぎということ以上に、急に放り出されたことへの心労の方が強そうだ。
シャライアラーナたちはディルスを思って国から出したのだろうが、果たしてちゃんと休暇になるのだろうか。
ちらり、とランティシュエーヌを見上げると冷静な若葉色の瞳と目が合う。
嫌な予感にビクリと身を震わせると、にっこりと美しい笑みを向けられてしまった。
「恐らく、闇の妖精の国へ今戻られても、また追い出されてしまうでしょう」
「そう、なんだ……」
「ええ。そして恐らく、このままでは闇の妖精王も心が休まらないでしょう」
「そう、だろうね……」
「そして幸いに、今日は銀ランタン祭りです」
「そう、だね……」
ただでさえ忙しい中、面倒事が増えたランティシュエーヌの笑顔が怖い。
絶対、かなり苛立っている。
シシリィアにとっても面倒そうな予感だけど、多分、これは断れない。
引きつった笑みを浮かべ、ランティシュエーヌを見る。
「ということで、シシリィア様。闇の妖精王の息抜きのために、銀ランタン祭りの案内をお願い致します」
「やっぱり……」
考えていた予定とは全く違う事態に、シシリィアは小さく息を吐くのだった。




