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夜金工房と氷梨のタルト4

 エルスタークおすすめのタルトのお店は、アットホームな可愛らしいお店だった。

 小さな果物の絵柄が描かれた淡いクリーム色の壁紙が貼られ、窓には果物模様のレースのカーテンが掛けられている。

 飴色のテーブルには色とりどりの小さな花が飾られ、手書きのメニューも相まってとても温かな雰囲気だ。


 おすすめだという紅茶と季節のフルーツタルトを頼み、一息を吐く。

 こんな可愛らしいお店にエルスタークは前に一人で来たことがあるのだろうか。それとも、誰か女性と来たのだろうか。


 そんな疑問が頭を過ったけど、それも頼んだものが来た瞬間に吹き飛んだ。


「わぁ! すごい、キレイ……」

「今の季節は氷梨ひなしのタルトか」

「氷梨って初めて食べるな~!」


 うきうきしながら一口、まずは紅茶を口にする。


 この紅茶は、氷の妖精が祝福を与えた井戸の水を使って淹れているらしい。アイスで飲む方が祝福による恩恵があるらしいが、温かい室内とはいえ、この真冬にアイスティーを飲む気にはなれなかったので注文したのはホットティーだ。

 ホットティーでも祝福の影響か、紅茶の香りがとても良い。

 冷えた体に染みる熱と、ふくよかな香りにほぅと息を吐く。


 そしてお次は氷梨のタルトだ。

 独特の氷のような輝きを持った氷梨ひなしを薄くスライスし、花のように美しく飾っているそのタルトは、食べるのが勿体ないくらいだ。

 勿体なさと期待に震える手でフォークを持ち、タルトを一口分切り取る。


 サクリ、と音を立てるタルト生地と、とろりと溢れるカスタードクリーム。さらにその上に乗っている美しい氷梨。

 それをパクリ、と口にする。


「ん~~~!!」

「美味しいか?」

「うん、とっても!」


 美味しさに打ち震えるシシリィアに、向かいに座ったエルスタークも笑みを浮かべた。

 彼はコーヒーだけを頼み、タルトは食べていない。なんてもったいない!


 次の一口のため、フォークにタルトを乗せつつ力説する。


「氷梨自体の味は勿論だけど、カスタードクリームもコクがあるのに、氷梨の味を引き立てる味だし、タルトもサックサクで香ばしくて、もう本当に美味しい!!」

「シシィが気に入って良かった」

「素敵なお店に連れて来てくれて、ありがとう! エルスタークはタルト食べなくていいの?」

「そうだな…………。じゃあ、一口貰おうか」

「っ!?」


 不意に伸ばされたエルスタークの手にフォークを持った右手を捕らわれる。そして身を乗り出して近付くと、パクリ、とフォークの上のタルトを食べていく。

 ペロリ、と口の端についたカスタードを舐め、ワインレッドの瞳がニヤリと笑う。


「ああ、本当に美味しいな」

「……!!」


 驚きと羞恥で震えてしまったフォークを一回お皿に置き、ティーカップを両手で持つ。


 パクリとエルスタークの口へと消えていったタルトとフォーク。

 気にしすぎなんだろうけれど、さっきシシリィアがタルトを食べたのと同じフォークだ。

 もうどうしよう、とふるふると震えてしまう。


 一口紅茶を飲んで息を吐いてちらりとエルスタークを見上げれば、何やら企んでいそうな顔をしている。


「どうした、シシィ? タルトは食べないのか?」

「うるさい!」

「はは。そう照れるな」


 そう言ったエルスタークは長い腕を伸ばし、タルトの皿からフォークを取る。そして一口分取り分けると、シシリィアの口元へ運ぶ。


「ほら、シシィ」

「ちょっと……」

「早く食べないと、落ちるぞ?」


 どこか色気を漂わせつつ笑うエルスタークは、わざとらしくフォークを揺らす。

 ふるふると震えるカスタードから、氷梨が零れ落ちそうだ。


「……もう!!」


 パクリ、と差し出されたタルトを口にする。

 そしてエルスタークからフォークを奪い取り、ひたすらタルトを味わうことに専念する。


 もう、お向かいに座った男のことなんか知らない。

 最初は楽しそうに笑っていたエルスタークが、戸惑ったように声を掛けて来ても、つんとそっぽを向いて返事はしない。

 ただ目の前の氷梨のタルトにだけ没頭する。


「なぁ、シシィ。悪かった、揶揄いすぎた。機嫌を直してくれ」

「……」

「シシィ……」

「…………ごちそうさまでした」


 無言のまま氷梨のタルトを食べ終え、紅茶で口の中を潤す。本当に、美味しいタルトだった。

 タルトの味を思い返し、幸せのため息を吐く。

 が、それと共に余計なことまで頭の片隅に蘇って来て、一気に幸せ気分が羞恥心に塗りつぶされてしまう。


 むぐ、と唸って脳内から余計なモノを消去しようとティーカップに視線を伏せる。

 すると、そのタイミングでエルスタークが深くため息を吐いた。そしてガシガシと深い赤紫色の髪を掻き、コトリと小さな箱をテーブルに置く。


「はぁ……。本当はもっと違うタイミングで渡したかったんだが……。なぁ、シシィ。これを受け取ってくれないか?」

「……?」

「プレゼントだ。これで、機嫌を直してくれ」

「物を貰ったら機嫌を直すような人間と思われてるなんて、心外なんだけど……」

「ああ、勿論シシィがそんな人間じゃないってことは分かってる。ただ、折角二人でノーザリオンの里に来たんだ。こんな変な状態のまま終わりにしたくない。だから、詫びの品という訳ではないが、これを受け取って欲しいんだ」


 そう言ってエルスタークが押し出す箱は、綺麗な水色の模様が入った白い箱だ。

 なんだか、見覚えがある組み合わせだ。


 そっとエルスタークを見上げれば、ワインレッドの瞳で促される。


「…………これって」

「やっぱり、シシィに似合うと思うから。それなら、普段使いも出来るだろう?」


 渋々手に取った箱を開けると、中には小さな氷水晶の花が一輪、ひっそりと咲いている様なデザインのバレッタが入っていた。

 全体的にシンプルなデザインで、バレッタならばシシリィアでも使いやすい。

 騎士として出動するときには流石に使えないけど、それ以外の日常時には着けられそうだ。


 きっと、そういうことを考えてくれたのだろう。

 そう思うと、自然と口元が綻んでしまう。


「もう………………。ありがと」


 キラキラと輝く氷水晶の花を優しく撫で、小さく呟くのだった。

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