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夜金工房と氷梨のタルト3

「ねぇ、お嬢さん。どうか頷いて?」

「いや、おことわ……」

「嗚呼! どうかそんな冷たいこと言わないで!」


 やっぱりシャルルは聞く耳を持たないし、抱き込む腕の力は全く弱まらない。

 こんなやり取りを何回も繰り返しており、シシリィアは途方に暮れていた。


 流石に街中では魔法を使う訳にもいかないし、どうしたものか……。

 道行く人も、痴話喧嘩かと冷やかすばかりで、助けてくれそうもない。


 困り果てていると、聞き慣れた、しかしいつもよりかなり低い声が耳に入る。


「おい、妖精。翅を落とされたくなければ手を放せ」

「エルスターク!」

「おや、知り合いかい?」

「連れです! だから、放してください」


 気まずくて逃げてきたことは棚に上げ、とりあえずシャルルに放してもらおうと腕をパシパシ叩く。

 しかしシャルルはエルスタークを見て、ふむと頷くだけだった。


「連れ、というが別に伴侶というわけではないようだね。それならば、君は控えてくれないかい?」

「は?」

「僕は今、運命とも思える乙女と出会って、求婚しているんだ。邪魔しないで頂きたい」

「……何言ってるんだ?」


 さらに一段下がった声に、ぎょっとする。

 しかしシャルルは一切動じることもなく、冷ややかに見える美貌を輝かせ、語りだす。


「お嬢さんには、初めて会ったというのに、どうにも心惹かれて止まない。”輝きの子”というだけではないね。どうしてか、僕の守護の気配を感じるよ。会ったこともないお嬢さんに守護を与えるなんて出来ないのに、そんな気配があるなんて、きっと運命が僕たちを紐づけているに違いないさ!」


 朗々と語るその言葉に、ポカンとしてしまう。

 運命、とか言われてもシシリィアはそんなモノ感じてないし、考えてもいない。


 一人盛り上がるシャルルを冷静に見据えていたエルスタークが、ああ、と納得の声を発する。


「お前、氷薔薇ひばらの妖精だな」

「そうだが、それがどうしたのかい?」

「シィ、さっき買った槍、出せるか?」

「え? うん、出すね」


 妖精であるシャルルを警戒してか、少し懐かしい仮の呼び名で声を掛けられ、ワインレッドの目で促される。

 往来のど真ん中で槍を出すのは気が引けるし、シャルルに抱き締められたままなのですごく動きにくい。でも、シャルルが氷薔薇の妖精、ということは……。


「嗚呼! その槍は!!」

「やっぱりな……」


 ペンダントの魔術保管庫から槍を取り出した途端、シャルルが歓喜の声を上げた。

 どことなく、氷薔薇ひばらの槍もキラキラ輝きが増したような気がする。


「僕が守護を与えた槍じゃないか! お嬢さんを認めたというのだね。まさに運命!!」

「え、いや……」

「さすが、僕の守護だね。人を見る目がある」


 さらに一人盛り上がるシャルルに、もはやドン引きだ。エルスタークも深くため息を吐き、頭を振っている。

 この槍を買ったのは、失敗だろうか……。


 早々に氷薔薇ひばらの槍を手放すべきかと考えていると、少し落ち着いたらしいシャルルがふとシシリィアの胸元に目を留める。


「おや……。もしかしてそのペンダントは、その魔人の魔力結晶かい?」

「え、うん。そうですよ?」

「なんと…………。そういう事だったのか!」


 急にシャルルが地面にくずおれる。


 急激な動きにギョッとするが、とりあえず腕が離れたのを幸いにと、シャルルから距離を取る。

 エルスタークもシシリィアを庇うように前に出てくれたので、そっとその背に隠れた。


「そうか、お嬢さんは、魔人の魔力結晶を持っているのか……。僕の、運命ではなかったのだね……」


 先程まで煌めいていた美貌が、萎れるように曇ってしまった。美しかった青銀色の髪も、どこか輝きを失っている。

 シャルルの言うことの意味はよく分からないが、あまりの気落ちっぷりに心配になってしまう。


 しかし、しばらくすると立ち上がり、取り繕うように微笑みを浮かべた。


「申し訳ないね。どうやら僕は無粋なことをしてしまったようだ」

「無粋……?」

「はは、お嬢さんは優しいね。気付かなかったことにしてくれるんだね。嗚呼、本当に素敵なお嬢さんだ……!」


 また一人で盛り上がり始めたシャルルに、そっと一歩後ろに退く。また、抱き着かれてはたまらない。


 しかしそんなシシリィアに気付いたシャルルは、儚げな笑みを浮かべる。

 氷のように硬質で、しかしどこか繊細な美しさのある彼のその笑みは、なんだか消えてしまいそうな危うさがあった。


「シャルルさん……?」

「お詫びにもならないだろうけど、その槍に、もう一つ僕の守護を与えよう」


 ひらり、と氷のような翅を揺らしてシャルルが槍に手を伸ばす。


 シャラリ、と美しい音色が響いた。

 ダイアモンドダストのような煌めきが氷薔薇の槍を包み、夢見るような美しい光を纏う。


 それはほんの一瞬のことだった。

 瞬きをすると、氷薔薇の槍は先程までと変わらない状態に戻っていた。しかし、どこか纏う気配は変わっているようだ。

 驚いてシャルルを見上げる。


「きっと、お嬢さんの助けになるよ」

「え……」

「では、僕はこれで失礼しよう。迷惑をかけて、申し訳なかったね」

「ああ」


 ふらり、と少し危うい足取りながらシャルルは去って行く。

 色々と、良く分からない。


 むむ、と眉間に皺を寄せながらエルスタークを見上げる。


「いったい、どういうことだったの? 魔力結晶とか、無粋、とか……」

「……それよりも、そろそろタルトを食べに行かないか? 予定外の邪魔が入ったせいで、結構いい時間だ」

「食べるけど……」

「よし、じゃあ店に行こう」


 思いっきり、あからさまに話を逸らされた。

 しかしシシリィアの手を引いてタルトのお店に向かうエルスタークは何も説明してくれそうにない。

 一つため息を吐いて胸元のペンダントに視線を落とす。


 魔人族の魔力結晶に、何か意味があるのだろうか……。


 単に、魔術保管庫を付与する媒介として使っているだけだと思っていた。

 このペンダントを渡された時、他には何も言われていない。

 しかし、思い返してみれば、闇の妖精の国でこのペンダントを見たディルスは顔色を悪くしていなかっただろうか。シャライアラーナも、顔を引き攣らせていた気がする。


 きっと、エルスタークは聞いても教えてくれないだろう。

 それならば。


「調べてみなきゃ、だね……」


 エルスタークには聞こえないくらい小さな声で、ポツリと呟くのだった。

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