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夜金工房と氷梨のタルト2

 夜金工房よるがねこうぼうを後にしたシシリィアたちは、ゆっくりとノーザリオンの里を見て回っていた。


 雪の多い場所だからだろうか、露店のようなお店はないし、扉もしっかりと閉められている。しかし多くのお店では大きなショーウィンドウを設けており、どういった品物を扱っているか外から確認できるようになっていた。

 夜金工房のようにショーウィンドウも設けず、ひっそりとしている場所もあるが、そういうところは玄人向けなのだろう。


 とりあえずの目的は達成しており、あとはエルスタークのおすすめというタルトを頂くばかりなのだが、折角来たのだ。

 色々とショーウィンドウを覗き、気になったお店にはどんどん入ってみていた。


「シシィ。この店が気になるなら入るぞ?」

「……え?」


 そうエルスタークに声を掛けられたのは、純白の壁に水色で美しい模様を描いているお店だった。

 通りに面したショーウィンドウには髪飾りやネックレスなど、美しい装飾品がいくつも並んでいた。その中のひとつに、つい目を奪われてしまっていたのだ。


「あ、いいの! 大丈夫」

「遠慮しなくていい。へぇ、ここは氷水晶の細工物の店らしいな」

「ちょっと、エルスターク!」

「ほら入るぞ、シシィ」


 そう言うとシシリィアの手を引いてお店に入っていく。こっちの言うことなんて聞きやしない。

 もう、と呆れつつもお店に入ってしまうと、店内の様子に心を奪われてしまう。


 白を基調とした店内の中央には氷水晶製と思われるシャンデリアがあり、柔らかな光が降り注いでいた。そして随所にあるガラスケースの中には美しい氷水晶の細工品が陳列されている。

 透明感があるのに艶感のある氷水晶は、独特な美しさがある。

 まるで、溶けない氷で作った細工品のようなのだ。


 冷たさと柔らかさを併せ持ったような不思議な美しさに、シシリィアはほぅ、と息を吐く。


「シシィにはやっぱり、あれが似合いそうだな」

「エルスターク!? そんなことないって!」

「いいや、似合う。それに、氷水晶の細工物なんて、なかなかないぞ?」


 エルスタークが示したのは、氷水晶の花をいくつも集めた掌ほどの大きさの髪飾りだった。所々に雪の結晶のような装飾もあしらわれ、まさに氷の花、といった雰囲気だ。

 実は、先程ショーウィンドウで目を奪われた品物でもあった。


 しかし、氷水晶は希少なものだ。特にこのお店のものは透明度が飛び切り高い。

 間違いなく、良いお値段する。


 今にも店員に声を掛けそうなエルスタークの袖を引き、首を横に振る。


「素敵だけど、ダメ。どうせ私、滅多に髪飾りなんて着けないから」

「そうかもしれないが、悪くなるものじゃないんだ。気に入ったのなら、諦めることはないだろう」

「ううん。……ん~と、あの髪飾りには、私よりももっと相応しい人がいると思うの。ほら、私の髪の毛、こんな短いしさ?」


 茶化すように笑って自身の金色の髪の毛を指す。


 ドレスを着るときなど、あの髪飾りを着けられないことはないだろう。でも、肩辺りまでしか髪の毛がない自分では、あの髪飾りの美しさを十分に引き出せない気がする。

 あの髪飾りはフィリスフィアやユリアーナのように、美しく豊かな髪の毛を彩った方が良いと思ったのだ。


 しかしエルスタークは少し不機嫌そうに顔を顰め、シシリィアの髪へと手を伸ばす。

 そして毛先へと指先を絡める。


「シシィは、髪を伸ばさないのか?」

「ん、っと。そう、だね。邪魔になるし……」

「勿体ない。折角美しい金色なんだ。伸ばせばいい」

「や、でも…………」

「俺は、シシィの髪が好きだ」


 ひっそりと囁くようにそう告げ、エルスタークは髪の毛に口付けを落とす。

 間近でじっとシシリィアを見つめるワインレッドの瞳には、仄かな熱が宿っていた。


 カッ、と一気に顔が熱くなる。


「や、え、その……! 私、向こうのお店でお土産買いたいと思ってたの! だから、先行ってるね!!」

「おい、シシィ!」


 呼び止めるエルスタークの声を無視して、逃げるように外へ出る。

 そしてとりあえずガムシャラに走る。

 適当なことを言って出てきたが、目的地なんてない。


 とりあえずエルスタークから離れたかった。

 いつかの強烈な眼差しを思い出させるような瞳を向けられ、猛烈に恥ずかしくなってしまったのだ。

 顔が赤くなったのも、間違いなく見られた。

 逃げ出す直前、エルスタークの口元は満足そうに笑んでいたのだ。


 それも恥ずかしい。


 その羞恥心を振り払うように、ほぼ全速力で走っていた。

 来訪客が多いとはいえごった返す程ではなかったから、人にぶつかるようなこともないと思ったのだ。

 しかし、路地から人が出てくる可能性をすっかり忘れていた。


「っ……!」

「おっと……。お嬢さん、大丈夫かい?」


 ごすり、と音がしそうな程の勢いで路地から出てきたその人にぶつかった。

 その人物をなぎ倒し、大惨事になる。

 そう思って目をつぶったが、意外にもその人は倒れるようなこともなく、シシリィアを受け止めたのだった。そして案じるように優しく問い掛けてくれる。


 しゃらり、と音がしそうな程さらさらな青銀の長い髪を背に流した、美しい妖精の男性だった。

 氷で出来ているかの様な翅を小さく揺らし、淡い水色の瞳でシシリィアを覗き込む。

 華奢な様にも見えるのに、先程の激突にも耐えただけあり、シシリィアを支える腕はがっしりとしていた。


 少し呆けたようにその妖精を見ていたが、ふと我に返った。


「っ、ごめんなさい!! お怪我はないですか!?」

「いいや、僕は大丈夫。お嬢さんこそ、怪我はないかい?」

「はい、大丈夫です! 本当に、ごめんなさい!!」


 頭を下げようとして、ガッチリと妖精に抱え込まれていることに気付いた。

 離れようと身動みじろぐが、腕の中から抜け出せそうにない。


「えっと……。その、もう大丈夫なので、離して頂いても……?」

「おっと、これは失礼。お嬢さんが素敵だからつい、ね?」


 どこか冷ややかに見える美貌を甘やかに笑ませた妖精は、そう言いつつも腕の力を弱める気配はない。

 そしてシシリィアの手を取り、掌に口付けをする。


「え……!?」

「僕は、シャルルフォルディース。お嬢さんのお名前は?」

「や、え!? その、貴方は……」

「貴方だなんて、そんな他人行儀な呼び方ではなくて、シャルルと呼んで欲しいな?」


 再度掌に口付けた妖精――シャルルは、甘い甘い声で囁く。

 とろり、と氷色の瞳を蕩けさせて間近でシシリィアを見つめる。


「ねぇ、可愛らしいお嬢さん。どうか、僕の伴侶になってくれないかい?」

「は……!?」


 掌に触れる熱く柔らかな感触と、シャルルの突然の求婚にシシリィアは完全に硬直したのだった。

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