白月祭の魔物3
引き続き、虫注意です。
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「もうさ、やっぱり領主を、魔物に捧げたら良いんじゃないかなぁ!?」
苛立ち紛れに文句を口にしつつ、イルヴァの背から長槍を振るう。
大百足が街へと向かわないように、シャルと二人、騎竜に乗って頭の周囲を飛びつつ攻撃を行っているのだ。
しかしガィン、と鈍い打撃音が響くばかりで、闇色の体を傷付けることは出来ていない。
シャルの大刀でも同様だし、魔法を使ってもあまり効いている様子はない。
それでも衝撃が鬱陶しいのか、大百足は持ち上げた頭部を振る。
「おぉっと。イルヴァ、ありがと!」
『シシィ、無茶はダメよ』
「シシィ様、少し離れてください」
「分かった! イルヴァ」
『ええ』
攻撃を避けて飛ぶイルヴァに上昇してもらい、大百足の上空で円を描くように待機する。
同様に上空に飛んでいるシャルは、シエルの頭を大百足に向ける。
「行きますよ、シエル」
「ギャオ!」
一声、高く鳴いたシエルは大百足に向かってブレスを放つ。
巨体のバケモノを飲み込む竜巻と化したブレスに、大百足が苦しむようにギチギチと顎を鳴らす。
身をうねらせ、音は無い咆哮が空気を揺らす。
ブレスが消えると共に、ドウ、と地面に巨体が倒れた。
ギシギシ、と多数の足を蠢かせ、大地をのたうつ。
「ッチ。あまり効いていませんね」
「どんだけ強度が高いのよ……。っ、シャル!!」
「っ!?」
ジャギンッ!!
大きな顎が高らかな音を立てて勢いよく閉じられた。
闇色の頭部が、予備動作もなく白竜を目掛けて伸びあがり、襲い掛かったのだ。
寸でのところで顎を避けたシエルは、しかしその後に振るわれた頭部までは逃げきれなかった。
重い大百足の頭がシエルの横腹に激突する。
「グギャッ……!」
「シャル、シエル!!」
シャルを乗せたシエルは葡萄畑へと落ちていく。
助けに回る間もなかった。
そして大百足の標的は、シシリィアたちへと移る。
「イルヴァ、上へっ!」
『っ、ええ!』
上空へと昇るイルヴァを追いかけるように大百足が伸びあがり、顎が迫る。
この大百足は、今までの”白月祭の魔物”より大きいだけじゃない。表皮は硬く攻撃を通さないし、何よりも攻撃方法が多彩だ。
顎を使うなど、知能を感じさせる動きに戦慄する。
大きく、知能が高いなど最悪だ。
イルヴァよりも後方で大顎が閉じられたのを確認し、反転する。
「イルヴァ、ブレス!」
『葡萄畑は?』
「多少は焼けても仕方ないよ。あとで謝る!」
『分かったわ』
ゴゥ、とイルヴァの口から灼熱の炎が放たれる。
きっと蟲ならば、炎は有効なはずだ。祈るような気持ちで大百足を見る。
大百足の頭が青白い炎の球に飲み込まれた途端、ビクリと全身を痙攣させた。
「効いてる!」
『いえ、まだダメだわ』
「え……」
炎が消えた後に現れた大百足は、触角が片方燃え尽きているようだが、まだそこまで大きなダメージは負っていない。
しかし怒りは大きく買ったようだ。
大きく空に向かって伸びあがった大百足は、顎を大きく開いて音無く咆哮する。
声など無い蟲であるのに、空気がビリビリと震えるようだ。
そして、宙に居るイルヴァに向かって跳び上がる。
「っ、跳ぶの!?」
『問題ないわ、シシィ』
ふわり、とさらに高く飛んだイルヴァは大百足が地面に落ちたタイミングで再度ブレスを放つ。
しかし長大な体に炎が届く前に素早く身をくねらせ、直撃を避けた。
「動きを抑えないと……」
「それなら任せろ」
「っ! エルスターク!?」
不意に聞こえてきた低い声に視線を巡らせると、少し離れた中空にエルスタークが立っていた。
冷たい風に赤紫色の髪を揺らした彼は、シシリィアの顔を見て微笑む。
「遅くなって悪い、シシィ」
「ランティシュエーヌさんの采配だね。助かる!」
『間に合ったようで安心致しました』
耳元の通信用魔道具からもランティシュエーヌの安堵の声が聞こえる。
とはいえ、まだ大百足の退治の目途が立ったわけではない。襲い来る巨体を避けながら、情報を共有する。
「炎が有効だから、イルヴァのブレスで焼き尽くすよ!」
「それには、このビッタンビッタン跳ねるのが鬱陶しいってことだな」
「うん! 顎の挟み込み攻撃と、頭を振る動きに要注意!」
「ああ、分かった」
それだけを聞くとエルスタークは腰の剣を抜く。
そして何か低く唱えると、剣に青い炎を纏わせる。
「少し、百足の気を引いててくれ。アイツを縫い留める」
「え……、うん。分かった!」
唐突な言葉に目を丸くする。しかし、急かすようなワインレッドの瞳にシシリィアは頷く。
きっと、大丈夫。
闇に溶けるように姿を隠すエルスタークを見送り、大百足へと視線を向ける。
「イルヴァ。アイツが跳ねないように、なるべく低空で」
『……分かったわ』
大百足の気を引くように眼前まで降り、迫る巨体をギリギリで避けていく。
ガジンッ、と背後で響く音に背筋が冷える。
それでもエルスタークを信じて低空飛行で大百足から逃げ続けることしばし。
ドォォォン、と音を響かせて大百足が大地に倒れた。
「シシィ、今だ!」
「分かった! イルヴァ!!」
『ええ!』
ゴォォォ、と視界が白く染まる程の炎のブレスが放たれる。
尻尾の辺りを青白い炎の杭で縫い留められている大百足には逃げる術はない。
周囲の葡萄の木と一緒に、高熱の炎に包まれていく。
音無き悲鳴を上げ、百足がのたうつ。
頭を持ち上げ苦しみに振るおうとして、見えない壁にぶつかった様に何もない位置で止まる。
そんな不審な動きに周りをよく見てみれば、イルヴァの炎もある場所からは燃え広がらずにいる。
いつの間にか隣に浮いていたエルスタークをちらりと見て、声を掛ける。
「エルスターク、もしかして結界を?」
「ああ、守護妖精殿の依頼でな。可能であれば、葡萄畑の被害を減らして欲しいってな」
「そっか……。ありがとう」
「なに、大したことじゃないさ」
澄ました顔でそう嘯くエルスタークは、端正な顔を少し顰めている。
あんな大百足を閉じ込めておけるほど大きく、イルヴァの炎にも負けない結界を張るなどかなりの負担なはずだ。
エルスタークのおかげで大百足から逃げ回る必要もない。
空中に浮くのも、彼は魔力を使っているはずだ。もう地面に降りた方が良いだろう。
そう思って街の入り口付近に視線を巡らせると、そこに白竜の姿もあった。
「イルヴァ、街の入り口に。エルスタークも」
「ん?」
『ええ。そうね』
未だに燃え続けている大百足を後目に、街の側に降り立つ。
そして白竜に近付けば、心配していた存在も一緒に居た。
「シャル! シエル!」
「シシィ様。ご無事で何よりです」
「シャルこそ! シエルも、大丈夫?」
「ええ、木がクッション代わりになりましたから。シエルも、普通に飛ぶ程度であれば、問題なさそうです」
「そっか……」
「ギャウ!」
意外と元気そうに鳴くシエルの頭を撫でるシャルは、美麗な顔にもあちこち小さな傷はある。
しかしぎこちない動きなどはしておらず、言葉の通り大きな怪我はないようだ。
ほっと息を吐く。
落ちていくシャルたちを見た時は、心臓が凍り付きそうだった。
身近な存在が失われるかと思ったのだ。
気が付くと、人型に転じたイルヴァに頭を撫でられてた。きっと、シシィの不安を敏感に感じ取ったのだろう。
少し気恥ずかしくて、燃える百足に視線を向ける。
「イルヴァ……。あれは、もう大丈夫かな?」
「ええ。そろそろ燃え尽きそうだわ」
「…………百足が消えたら、炎消せるか? 周りの木が燃え尽きるのはまだかかるだろう」
「安心しなさい。あの炎は私のものだから、消すことは簡単よ」
「なら、火の始末は頼むぞ」
「言われなくても」
ふん、とイルヴァは鼻を鳴らす。
そして。
巨大な百足の姿が幻のように消え失せ、燃え盛る炎も消し去ると、焼け焦げた木々だけが残ったのだった。




