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白月祭の魔物2

細かくは描写していませんが、虫注意です。





.

「ああ、もう! 気持ち悪い!!」


 ザシュッ、と身の丈程の大きさの蜘蛛に長槍を突き刺して止めを刺し、シシリィアは悲鳴を上げる。


 ”白月祭の魔物”は大型犬サイズから人間の大人程度の大きさまで様々だ。そんな巨大な蟲型のバケモノと向き合っていると精神的なダメージが大きい。

 しかし家のすぐ近くなどに居る場合、イルヴァのブレスで焼き払って貰うわけにもいかない。

 涙目になりつつも、一体ずつ倒していくしかないのだ。


「シシィ様、そちらは片付きましたか?」

「うん。シャルの方は?」

「こちらも片付きました。コレは魔獣とかとは違って、シシィ様には殺到しないようですね」

「うん、本当に、良かった……」

「シシィ、顔色が悪いわ。本当に、大丈夫なの?」

「イルヴァは平気なんだね。次のとこはイルヴァのブレスで片付けられたらいいなぁ……」

「ああ、可哀そうなシシィ」


 頭を撫でるイルヴァに身を任せ、シシリィアはため息を吐く。

 まだ日付も変わっていない。夜明けまで、まだまだ遠い。


 あとどのくらいバケモノを相手にしなくてはいけないのか……。考えると憂鬱になる。

 とはいえ重要な任務だ。泣き言も言ってられない。

 街の騎士と話していたシャルが戻って来るのを見て、イルヴァから離れる。


「もう、大丈夫そう?」

「ええ。あとはこの街の者たちで対処できるとのことです」

「了解。ランティシュエーヌさん、シュムフトの街は終わったよ」

『承知致しました。ではシシリィア様たちは、次はラムラーナの街へお願いします』

「ラムラーナね。了解」


 王宮を出てから、次々に街を指定されて”白月祭の魔物”を倒して回っている。


 幸いに”白月祭の魔物”は大半が街の外に出現するので、街の入り口で大きな篝火を燃やし、街に入られないようにすれば被害は抑えられる。

 しかし、街の外でもバケモノが多くなりすぎては街の外壁を破壊されかねないので、ある程度は倒していかなくてはいけない。

 大きな都市であれば多数の騎士が配備されているので、街の中を守りつつ外の”白月祭の魔物”についても対処は出来る。しかし、小さな街では騎士は最低限しか居らず、街の外までは手が回らないのだ。


 だから竜騎士たちは、ひっきりなしに援軍に狩り出されることになるのだった。


「ラムラーナの街は、あそこかな?」

「ええ。周囲に葡萄畑が広がっているので、あそこでしょう」


 イルヴァと、シャルの騎竜である白竜のシエルをしばらく駆けさせて見えてきたのは、石造りの家々が立ち並ぶ街だ。街の外にある葡萄畑でも沢山の篝火が焚かれ、かなり明るい。

 確かこの街はワインが有名な、小さいけれども歴史ある都市だったはずだ。


 しかし距離が縮まり、街の周囲の状況が見えてくるに従い、シシリィアは顔を引き攣らせる。


「……多くない?」

「このままでは、外壁を破られるのも時間の問題ですね」


 古めかしい石壁に囲まれた街の周囲に、おびただしいほどの数の”白月祭の魔物”が殺到していた。

 葡萄畑を含めてかなりの数の篝火が焚かれ、大分明るいにも関わらずここまでバケモノが多いのは異常だ。


「これは、儀式をサボったのかな?」

『ええ。ラムラーナの街は、どうやら領主が独断で供物の質を下げた様ですね』

「ラムラーナの特産はワインですよね。質を下げるなど……」

『今年のワインは質が高く、良い値が付いたそうです。だから、供物として捧げる量を減らしたくて、愚かにも水を混ぜたようです。多少薄くなっても分かりやしない、と思ったみたいですね』


 魔道具越しでもランティシュエーヌの苛立ちを感じる言葉を聞き、ため息を零す。

 毎年のことなのに、こういった愚かなことを仕出かす人間は後を絶たない。ただでさえ忙しいのに、仕事を増やさないで欲しいものだ。


「もうさ、領主を魔物に食べさせたらダメかな?」

「さすがにそれは……」

『それはご遠慮ください、シシリィア様。たっぷり、償って頂かなければなりませんから』

「あ、はい……」


 絶対、今ランティシュエーヌは氷のような笑みを浮かべている。

 想像できるその表情に、思わずビクリと体が震えた。恐ろしい……。


 ラムラーナの領主の今後については考えないようにして、”白月祭の魔物”へと目を向ける。

 葡萄畑が近すぎるから、イルヴァのブレスは使えない。とはいえ、数が多すぎるから一体ずつ倒すのでは間に合わないだろう。


「シャル、シエルの風で何とか数を減らせない?」

「そうですね……。多少、葡萄畑に被害を出してしまうかもしれませんが」

「もう街の近くの部分は”白月祭の魔物”たちに大分荒らされちゃってるし……。きっと許してもらえるよ!」

「……分かりました。まずは、数を減らしましょう。シエル、行きますよ」


 一声、騎竜に声を掛けるとシャルはラムラーナの街へと近付いていく。篝火の光に照らされた細身の白竜はどこか神々しい。


 白竜は街の外壁の上空に留まると、クワリ、あぎとを開く。

 そして”白月祭の魔物”へとブレスが放たれる。


 ゴゥ、と渦巻く風の奔流は、シエルが首を振るのに合わせてバケモノたちを飲み込んでいく。

 周囲の葡萄畑も多少一緒に吹き飛んでいるが、イルヴァのブレスだったら多分葡萄畑が全焼している。だから、きっとまだマシだ。

 そう自分に言い聞かせ、シシリィアはある程度”白月祭の魔物”が消えた街の側へと降り立つ。


「イルヴァ、残ってるの片付けるよ!」

「ええ、分かっているわ」


 人型に転じたイルヴァも隣に降り立ち、金色の瞳を獰猛に光らせる。


 イルヴァは武器を使わない。時々魔法を交えつつ、鋭く爪を伸ばした手やブーツを履いた足でバケモノを貫いて倒していく姿は、なかなかエグイ。

 なるべく視界に収めないようにシシリィアもバケモノを倒していく。


 ”白月祭の魔物”は倒されると溶けるように消えていくのが救いだ。

 そうじゃなかったら、きっとこの辺一帯が蟲の死骸まみれだったし、イルヴァの姿も大変なことになっていただろう。


 ブレスで薙ぎ払える”白月祭の魔物”を片付けたシャルも加わり、しばらく黙々とバケモノを倒していく。

 ”白月祭の魔物”はただ本能で向かってくるだけの存在だ。蜘蛛型でも糸を吐いたりは出来ないから、対処は楽だ。

 見た目については、もう心を無にするしかない。


「……ふぅ。集まってたのは、大体片付いた、かな?」

「そうね。今は近くには居ないわね」

「お疲れ様です。そろそろ年も越しますし、少しは魔物の出現も減るでしょう」

「まだ、日付変わってなかったんだ……。ランティシュエーヌさん、ラムラーナの街は一旦片付いたけど、どうしよう? もう大丈夫かな?」


 例年、”白月祭の魔物”は年を越すと出現が緩やかになる。夜明けまではまだ長いが、一息付けるようになってくるのだ。

 儀式に不備があった街でも、先程までのような惨状にはならないはずだ。


 そう思ってランティシュエーヌに判断を仰いだシシリィアは、しかし視界の隅で蠢いた影に息を呑む。


『そうですね。ラムラーナの街は……』

「ランティシュエーヌさん、まだ駄目」

『え……?』

「大物、来ちゃった……」


 葡萄畑の中、ブワリと闇が立ち上がる。

 集まる闇の量が尋常じゃない。

 木の高さを超え、さらに縦に、縦にと伸びていく。


 イルヴァとシャルと合流し、警戒しながら見上げる。出現途中の”白月祭の魔物”を止めることは出来ないのだ。


 長槍を握る手が緊張で滑る。

 こんな大きさの魔物なんて、聞いたことがない。


 ギチギチと顎を鳴らして伸びあがったソレは、光を一切反射することのない闇色の身をくねらせる。

 その大きさは、街の外壁の高さを超えている。


 そしてついに完全に現れた魔物の姿に、シシリィアは思わず弱音を零す。


「これは、キツイかも……」


 月の光を受け、悠然とこちらを睥睨するソレは――。

 



 絶望を覚える程巨大な、百足むかでだった。


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