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満月の夜の闇

一つ前に、ここまでの登場人物紹介を投稿しています。

もし、このキャラ誰だっけ、とかなった時にでもご覧ください。






.

 ディルスフィアルースは自身の執務室の椅子に体を預け、深いため息を吐く。

 やっと、ここ数日溜まっていた仕事の処理の目途が立ったのだ。


「陛下、少しお休みになってはいかがですか」

「シャライアラーナか。しかし……」

「陛下は働きすぎだわ」


 めっ、と幼い子供に対するような叱り方をされてしまった。

 教育係として、幼い頃からずっと側に居てくれるシャライアラーナにとっては、妖精王となろうとディルスフィアルースは未だに子供なのだろう。


 執務机に置かれたコーヒーへ手を伸ばしながら、苦笑を零す。


「いい加減、子ども扱いは止めて欲しいものだがな」

「あら。わたくしとしては、陛下もまだまだ幼い子ですもの」

「敵わないな……」


 ディルスフィアルースが妖精王となってからも、ましてや一人前の妖精と言われるようになってからもかなりの時間は経っている。

 それでも、シャライアラーナにかかってしまえば、幼子同然なのだ。いつまでも、頭が上がらなそうだ。


 苦笑を深めてコーヒーを飲んでいると、どこか楽しそうな笑みを浮かべたシャライアラーナが口を開く。


「そういえば陛下。あの”輝きの子”には、守護を与えたままにしたのですね?」

「ああ。魔人族の方は嫌がっていたがな。竜の方が、守りが多いに越したことはない、と押し切っていたな」


 あの時の光景を思い出して、淡く笑いが零れる。

 賑やかで楽しい存在たちだった。

 花の女王との交渉など色々と大変なことが多かったが、彼らと出会ったこと自体は悪くない出来事だったと思うくらいだ。


「まぁ。それは良いことだわ!」

「シャライアラーナ?」


 嬉しそうに手を打つシャライアラーナに、首を傾げる。

 何故、そんなに喜ぶのだろうか。


「陛下が国のこと以外に、心を傾けるモノなんて稀ですもの。お仕事以外にも目を向けるべきだわ」

「それは分かっている」

「今度ゆっくりお休みを取って、”輝きの子”の様子を見に人界に行かれたら良いわ」

「時間が出来たらな」

「もう、陛下ったら! そういう言い方のときは、絶対にお休みを取らないじゃない……」


 不機嫌そうに銀色の筋が入った黒い翅を揺らすシャライアラーナに、苦笑を零す。

 ディルスフィアルースを思っての提案だとは分かっているが、ままならないこともあるのだ。


「仕事があっという間に溜まってしまうからな」

「……はぁ。マレシュスフィアーズも陛下を喜ばせたいのなら、あんな事を仕出かすのでなく執務を手伝ってくれれば良かったのだわ」

「そうは言ってやるな。誰しも、向き不向きがある」

「確かに、あの子は事務仕事には向かないものねぇ……」


 頬に手を当て、おっとりと酷いことを言う。

 しかし通常の高位妖精は、自身が司るものの管理を行うことが仕事なのだ。国の運営や事務仕事を得意とする者は、ほぼ居ないだろう。

 ディルスフィアルース自身も、妖精王にならなければこんな仕事をやるつもりはなかった。


 コーヒーを一口飲んで、小さくため息を吐く。


「新しい、夜明け前の闇は大丈夫そうか?」

「ええ。力はマレシュスフィアーズには及ばないですけれど、器用な子ですから。今までよりは夜明け前の闇は薄くなるでしょうけれど、光に負けるようなことはないわ」

「そうか。ならば良かった」


 マレシュスフィアーズは若い妖精だったが、力は強かった。その強い力で夜明け前の均衡を保っていたのだ。

 しかし現在、役職に就いていない高位妖精の中で同程度の力を持つ者は居なかった。


 夜明け前の時間、闇が弱ければ朝陽の光に負ける。そうなっては夜が明けてしまう。

 闇を厭う者は多いが、安らぎの時間でもある。

 夜明けが早まることは、決して良いことだけではないのだ。


 新しく夜明け前の闇を任せた者は、力の強さだけで言えばマレシュスフィアーズよりも何段階も下だ。

 だが、バランス感覚に優れた者だった。上手く、朝陽の光と調整して夜明けを保ってくれるだろう。


「そういえば、魔力結晶は足りたか? 花の女王の要求はかなり多かったが」

「一応、ご納得は頂けました。陛下の、満月の夜の闇の結晶をかなり求められましたが、一部をわたくしの流星雨の夜の闇で代用させて頂くことにしました」

「そうか。世話を掛ける……」

「いいえ、大したことではありませんもの。でも、新月の塔の封印の方が……。備蓄を大幅に減らすことになったので、万一のことがあると、危険だわ」

「新月の塔、か……」


 新月の塔は、闇の妖精の国の片隅にひっそりと建つ漆黒の塔だ。

 ディルスの魔力結晶を使って厳重に封印を施されているその塔は、たった一人の男を幽閉するためだけに存在している。


「…………ベルファスディールは、変わらずか?」

「ええ。力も、お気持ちも、あの時と変わらずにいると聞いているわ」

「そう、か…………」


 長く、深い息を吐く。


 彼を新月の塔に幽閉したのは、もうかなり昔のことだ。

 ディルスフィアルースがベルファスディールと会ったことも、それ以来はない。

 それでも。




 あの日に向けられた、憎しみに濡れた闇色の瞳のことは、鮮明に思い出せるのだった。

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