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熱にうかされて

 妖精界から戻ったシシリィアは、数日寝込んでいた。

 ディルスから守護を貰って幾ばくかマシになっていたとはいえ、やはり妖精界に連れて行かれたのは大きな負担だったのだ。


 なかなか熱が引かず、ベッドから起き上がれない日が続く。


「シシィ……。あぁ、可哀そうに。私が代わってあげたいわ……」

「大丈夫だって……。イルヴァこそ、ずっと側に居て疲れたでしょ?」

「そんなことないわ。ほらシシィ、お水飲む?」

「んーん、大丈夫。ちょっと、寝るから。イルヴァも休んで」


 イルヴァはここ数日ずっとシシリィアの側から離れない。

 体が丈夫な竜は熱を出すことなんてない。シシリィアも、イルヴァと契約してからその恩恵のおかげで寝込むようなことはなかった。

 だから、こんな状態におろおろと狼狽えっぱなしなのだ。


 金色の瞳を不安で揺らしているのを見ているのはなかなか辛い。

 早く元気になったところを見せたあげたいのだが、体調は思うようにいかないのだ。


 寝具の中にシシリィアが深く潜り込んだのを見て、イルヴァはそっと部屋を出ていったようだ。

 薄闇に沈む部屋の中、深く息を吐く。


「体調が悪いから、かなぁ……」


 眠ろうと瞼をおろすと、心の片隅に生まれた棘が存在を主張する。

 イルヴァのあの心配も、自分が”輝きの子”だからだろうか、とそんな疑いを持ってしまうのだ。


 しかもそんな考えが頭に過るせいか、眠っても嫌な夢ばかり見るのだ。

 イルヴァやシャル、エルスタークがシシリィアに構うのは、”輝きの子”だからだ。そんなことを口々に言われる。

 そんな夢を見て、短い眠りから覚めるのを繰り返していた。


 熱で普段よりも心が弱っているせい、というのもあるだろう。

 それにしても、こんなに、自分が弱いとは思っていなかった。


 熱い息を吐き、シシリィアは寝返りを打つ。

 また、熱が上がってきたようだ。緩く瞼をおろせば、眠りへと意識は沈んでいく。


 そして安らげない微睡みにしばらく揺蕩たゆたっていた。そんな時、頬に触れる冷たいものでふと意識が浮上する。


「悪い、起こしたか。シシィ」

「エル……タ―…………」

「まだ、熱が高い。もっと寝ていろ」

「……ぅ。…………や」

「そうか。……とりあえず、水飲むか?」

「ん…………」


 ベッドの淵に座っていたエルスタークをぼんやりと見上げる。

 いつの間に、来ていたんだろう。


 するり、と頬を撫でるエルスタークの手が冷たくて気持ちいい。擦り寄るように顔を動かすと、小さく笑われる。


「ちょっと待ってろ。水、取って来るから」


 そう言って手早く水差しとコップを持って来たエルスタークは、シシリィアを抱き起した。

 そしてシシリィアの口元に水を注いだコップを近付ける。


「ほら、飲めるか?」

「ん……」


 コクコクと、少しずつ水を飲んでいく。

 思っていたよりも、ずっと喉が渇いていたようだ。コップの半分くらいを飲んで一つ息を吐く。


「……、ふぅ。ありがと」

「ああ。このくらい、大したことない」


 耳元で聞こえてきた、どこか安堵の籠った低い声に、ギクリと体が固まる。


 自力で起き上がっていられないシシリィアは、ベッドに腰掛けたエルスタークの胸にもたれ掛かって体を支えてもらっていた。

 まるで、抱き締められているような体勢だ。


 近くで聞こえて来る自分のものではない鼓動の音が少し気恥ずかしい。

 顔を隠すように、もぞもぞと身じろぐ。


「あぁ、シシィ。寒いか? すぐに寝かせよう」

「あ……。あり、がとう」

「いや。このくらいしか、俺には出来ないから。…………俺が居ると休めないな、悪い」


 ワインレッドの瞳を伏せてベッドから立ち上がるエルスタークの袖を、思わず掴んでいた。


 少し腕を振ればほどけてしまうほど、弱々しい力だった。

 でも、エルスタークはピタリと動きを止めた。


「あ…………」

「どうしたんだ、シシィ? 休んだ方がいいぞ」

「う~……、その…………」


 考えての行動ではなかったから、なんて言えばいいのか分からない。

 うろうろと視線を彷徨わせて口ごもっていると、エルスタークは小さく笑う。そしてまた、ベッドに座り直す。


 袖を掴んでいた手は、エルスタークの手の中に包まれた。

 さらに、もう片方の手では優しく、優しく頭を撫でられる。


「どうした、シシィ。寂しくなったか?」

「そうじゃない……」


 エルスタークはふざけた様に笑う。

 ちょっとムッとしたけど、熱でぼんやりした頭では文句を考えるのも面倒だった。


 目を伏せ、ほぅと息を吐く。

 頭を撫でる優しい手に、体調不良で弱り、疲れ果てた心が縋りつく。


 ポロリ、と涙が零れたことには気付かなかった。


「私が、”輝きの子”だから?」

「シシィ……?」

「エルスタークが、優しくしてくれるのは。みんなが、側に居てくれるのは、”輝きの子”、だから…………?」


 ぽろぽろと、心の内側に仕舞っていた疑問が零れ出す。


 本当は、こんなこと言いたくない。

 こんな、みんなを疑うようなこと、言いたくない。


 でも、不安な気持ちが溢れて、止まらなかった。


「”輝きの子”だから、会いに来てくれるの?」

「違う!」

「っ…………」

「シシィ。それは、違う。”輝きの子”だからなんかじゃない」

「でも……」


 流れる涙を指で拭い、エルスタークは真っ直ぐシシリィアの緑色の瞳を見つめる。

 その眼差しは、どこまでも真摯なものだ。


「シシィが”輝きの子”なのは事実だ。それが、シシィの持つ性質の一つだってことは間違いないし、変えられない。でもそんなこと、大したことじゃない」

「大したこと、じゃない?」

「ああ。そんなもの、シシィの中のほんの極一部の要素でしかない。そんなことよりも、シシィの考え方とか、行動とか、そんなことの方がずっと魅力的だ」


 真っ直ぐシシリィアを見つめるワインレッドの瞳が、とろりと甘く笑む。

 優しく、しかしどこか狂おしい程の熱情を秘めたその眼差しに、一気に頬が熱くなる。


 心の片隅で存在を主張していた棘のことなんて、忘れてしまうくらい、強烈な眼差しだ。

 咄嗟に、深く寝具に沈み込んで顔を隠す。


 あんなもの、知らない。見たことない。

 強すぎる眼差しは、恐ろしい。



 ……でも。

 どうしてか、胸が高鳴る気がする。



 寝具の中でふるふると震えていると、エルスタークは一つ深く息を吐いたようだ。


「…………多分、他の奴らもそうだろう」


 そう呟いたエルスタークはもう一度シシリィアの頭を撫でる。

 立ち上がったような気配にちらりと寝具の影から見上げると、今はもうワインレッドの瞳は穏やかな光を宿すばかりだ。でも、あの強烈な眼差しは忘れられそうにない。


 また寝具で顔を隠すと、額に柔らかい感触が触れ、離れていった。


「っ……!?」

「シシィ、おやすみ。ゆっくり休め」


 そう言うエルスタークは、意味あり気に自身の唇に触れて笑む。そして身を翻して部屋から出ていった。


「…………もう!」


 恐らくエルスタークの唇が触れたであろう額に手をやり、大きく息を吐く。

 体調不良のせいだけではない熱で、頭が少しくらくらしてきた気がする。


 それでも。

 心の中の棘が気にならなくなったおかげで、ゆっくり眠れそうだ。


 シシリィアは、ゆっくりと瞼をおろすのだった。

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