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望まれない贈り物5

 駆け込んで来る二人に気付いて腰を浮かせた時には、力強い腕にきつく抱き締められていた。


「良かった、無事で…………!」

「……エルスターク」


 背中に触れる大きな手と、耳元で落とされた安堵のため息交じりの言葉に、シシリィアもふっと体の力が抜ける。


 ディルスに保護されても、皆の元から遠く離れた妖精界にたった一人で居たのだ。どうしても緊張を解くことが出来なかった。

 でも、イルヴァとエルスタークが来てくれた。

 やっと、安心出来た。


 こみ上げてくる涙を堪えつつ、広い背中に手を回しかけた時――。


「もう、邪魔よ! 私のシシィにいつまでも纏わりついているんじゃないわ!」

「っおい! くそ馬鹿力め……」

「イルヴァ、痛いって!」

「ああ、シシィ。ごめんなさいね。シシィが無事でよかったわ。怪我はない? 怖い思いはしなかったかしら?」


 エルスタークを引っぺがして投げ飛ばしたイルヴァに、シシリィアを強く強く抱き締められた。

 心配に比例した力なんだろうけど、背骨をへし折られそうなほどの力だ。


 早々に悲鳴を上げると、慌てた様子で力を緩められる。

 へにゃり、と眉を下げて顔を覗き込むイルヴァは常になく不安そうだ。とても、心配を掛けてしまった。

 ギュギュっと力いっぱいシシリィアからイルヴァに抱き着く。


「ありがとう。心配かけて、ごめんね」

「シシィが謝ることはなんにもないわ! 悪いのは、闇の妖精だもの!!」

「イルヴァ……」


 何故だか床にくずおれているディルスを鋭く睨みつけるイルヴァの袖を引く。

 放っておくと、今にもディルスの翅をむしりに行きそうな感じだった。


「ディルスさんは、助けてくれたの。今回はマレシュの暴走なんだって」

「ディルス……? その妖精から名を捧げられたのか?」

「エルスターク!? や、名前は捧げられたんじゃなくって……」

「シシィ! 首に痣が出来ているじゃない!! やっぱり、闇の妖精は滅ぼすべきね」

「イルヴァ!?」

「というか、その服はどうした。アイツの趣味か……? とりあえず、コレ羽織っとけ」

「エルスターク!?」


 エルスタークの外套を肩から掛けられ、そっと顔を見上げるとワインレッドの瞳を不機嫌そうに眇めていた。

 全力でヤル気を出し始めた二人に、シシリィアは悲鳴を上げるしかない。

 不穏な空気全開のイルヴァとエルスタークに、ディルスとシャライアラーナも警戒を強めていた。


 もうどうやって収めたら良いのか分からず、シシリィアは頭を抱える。

 そんな混沌とした場に、鈴を転がすような声が響く。


「ふふふ、賑やかなこと」

「貴方たちは大人しくしていられないのですか……。こんなところに来てまで騒ぎを起こすのはやめてください」

「ランティシュエーヌさん!」

「シシリィア様。ご無事で何よりです」


 ランティシュエーヌは若葉色の瞳にほんの少しだけ笑みを乗せた。

 そしてエスコートしていたストロベリーブロンドの美少女と共にディルスの前まで進む。


 髪の毛に様々な花を飾っている美少女の背中には、エメラルドのような美しい煌めきを放つ翅があった。大きな瞳もエメラルドの様で、宝石の妖精だと言われても、納得してしまいそうだ。


「闇の王、相変わらず配下の管理が甘いのね」

「花の女王か。其方そなたまで来るとはな……」

「滅多に頼ってくれない子に助力を乞われんだもの。張り切っちゃうわ」

「女王陛下……」


 ふふん、と花の女王は悪戯っ子のように笑う。妖精らしくどこか神秘的な空気を持ちながらも愛らしい笑みだ。

 思わずその笑みに見とれていると、華やかなドレスを揺らして花の女王が側へ来ていた。


「貴女が”輝きの子”ね? ふふ、可愛らしい子だこと。わたしの所に来る?」

「えええ!?」

「ダメよ! シシィは私の愛し子なのよ!!」

「ふふふ。冗談よ」

「冗談でも許せないわ」

「イルヴァ……」


 イルヴァはシシリィアをギュッと抱きしめて花の女王に威嚇する。さり気なくエルスタークも、花の女王からシシリィアを隠すような位置に立っている。

 どんな相手に対してもいつも通りな反応の二人に、少し苦笑を零す。相変わらず、過保護だ。

 それと共に、花の女王が口にした”輝きの子”という言葉が心の片隅に棘を残す。



 もし、自分が”輝きの子”でなかったら……。



 そんな考えに沈みそうになり、ふるふると小さく首を振る。

 こんなこと、考えても仕方ない。


 ふと目線を上げると、満足そうに花の女王が頷いていた。

 そしてくるりとディルスへと向き直り、真っ直ぐに見上げる。花の女王の視線を受けたディルスはビクリ、と体を揺らした。


 怯えるようなその反応に周囲を見渡せば、ランティシュエーヌも深々とため息を吐き、額に手を当てていた。


「今回の騒動の原因はそこの妖精なのよね? こちらに引き渡してくれるのでしょう?」

「花の女王。彼は、夜明け前の闇を司る存在だ。そう簡単に引き渡すことは……」

「それなら、夜明け前は代替わりさせればいいじゃない」

「簡単に言ってくれるな。そもそも、其方が立ち入る話ではないだろう」

「あら。こうやって今、わたしがここに居るんですもの。関係はあるはずよ?」

「花の……」


 深くため息を零したディルスは、既に及び腰だ。

 そしてそれからは花の女王の独擅場だった。


 シシリィアたちへの償いは勿論、色々と闇の妖精の国から毟り取っていく。

 最後には今回の騒動の元凶であるマレシュも戦利品として手に入れ、花の女王はご満悦で自らの国へと帰っていったのだった。

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