望まれない贈り物3
「シシィ……!」
伸ばした手が虚しく空を切った。
目の前で、シシリィアを連れ去られた。
怒りを紛らわせるように、エルスタークは手を強く握り締める。
シシリィアの姿が掻き消える寸前に見えたのは、あの忌まわしい妖精の姿だ。であれば、時間はない。
「おい、王宮に戻るぞ」
「しかし、シシィ様は……」
「その子供の中に巣食っていたのは、迷宮に居た闇の妖精だ」
「そんなっ! それじゃあシシィは……!」
「あぁ。多分、妖精界に連れて行かれたんだろう」
エルスタークの言葉に、イルヴァとシャルが息を呑む。
人間にとって妖精界は毒のようなものだ。早く、救い出さなくてはいけない。
だが、ここに居る3人では妖精界へ行く手立てもない。
それならば、なんとか出来そうな存在が居る場所へさっさと行くべきだ。
マレシュに巣食われていた少女の対応もあるのだろうが、そんなことはエルスタークにとっては知ったことではない。
踵を返したエルスタークに、倒れた少女を抱えたシャルが声を掛ける。
「…………シシィ様を頼みます」
「へぇ? お前は残るのか」
「ええ。私はこの国の竜騎士です。この子供のことも放っておくことは出来ません。それに…………、イルヴァ殿と貴方お二人だけの方が早く戻れるでしょう」
「そうか……分かった。シシィのことは任せろ」
「よろしくお願いします」
小さく頭を下げたシャルに、エルスタークは無言で頷いた。
そして怒りに今にも竜の姿に戻りそうなイルヴァへと視線を送る。
「お前の全速力で飛んで、王宮までどのくらいかかる?」
「一刻は掛からないわ」
「そうか。……俺は先に戻って第一王女の妖精を捕まえとく」
「ええ。お願いするわ」
説明もしていないのに、あっさりと頷いたイルヴァを意外に思いつつもエルスタークは魔術を構築する。
このデールトの街から王都はかなり距離があるが、魔人族の中でも最上級の力を持つエルスタークであれば問題ない。移動先を王宮の側に指定し、転移を行う。
魔力の奔流を抜け、一瞬の後には既に王都の中心。王宮のすぐ側にエルスタークは居た。
そして周りの制止など無視し、ランティシュエーヌの執務室へと押し掛ける。
「妖精界へ連れて行け。緊急事態だ」
「急に転移してきたと思えば…………。闇の妖精ですか?」
「ああ……」
言葉少なに頷くエルスタークを見て、ランティシュエーヌは一つ深く息を吐く。そして執務室に居た者たちを部屋から出し、速やかに人払いをする。
「過ぎたことに苦言を呈するのは無駄なのでしませんが……。シシリィア様は闇の妖精に攫われたということで、間違いないですね?」
「ああ。目の前で連れて行かれた……」
「それで、妖精界へ連れて行け、と?」
「そうだ。お前は植物を司る妖精の中でも、高位の存在だろう。俺を妖精界に送り込むことくらい、簡単に出来るはずだ」
「それは可能ですが……。妖精界は広いですよ。闇の妖精の国だけにしても、この国よりも広いです」
「そんなこと。別に何の問題もない。シシィには俺の魔力結晶を渡している」
「魔力結晶を……。よく、シシリィア様は受け取りましたね」
ひらり、と驚きに青緑色の翅を小さく揺らめかせたランティシュエーヌに、小さく舌打ちを漏らす。
シシリィアには魔術保管庫を付与したから、と言って騙し討ちのように渡したが、本来であれば魔人族が魔力結晶を渡すのはプロポーズに近しい行為なのだ。
こんな意味を知っていたら、間違いなくシシリィアは受け取らなかっただろう。
意味を知らない彼女に自分の魔力結晶を持たせるのはただの自己満足だ。
でも、それが今回は役に立つ。
「五月蠅い。……そんなことより、シシィのことだ。後一刻もすればイルヴァも戻る。守護竜が己の守護対象を見つけるのは容易い」
「…………分かりました。それならば、イルヴァ殿が戻ったらすぐに妖精界へ行きましょう」
「お前も行くのか?」
「ええ。シシリィア様に何かあれば、フィリス様が悲しみますからね」
そう言うとランティシュエーヌは立ち上がる。
「少し、準備をして参ります」
「準備?」
「ええ。貴方たちは正面から乗り込んでいくつもりだったのでしょうが、妖精の国を甘く見ないことです。闇の妖精の国には伝手は有りませんが、手を尽くしましょう。イルヴァ殿が帰る頃には戻ります」
それまではここに居るように、と言い置いてランティシュエーヌは部屋を出ていった。
シシリィアがどのような目に遭っているかと思うと、今すぐ妖精界へ行きたくなる。
しかし、エルスタークが渡した魔量結晶はペンダントなのだ。どこかに捨てられてしまっていては、シシリィアまで辿り着けない。
だから、シシリィアを本能で感知出来るイルヴァが必要なのだ。
魔人族の中では絶大な力を持っていても、自分の手が届かないところではこうも無力だ。
くしゃり、と濃い赤紫色の前髪を握り潰す。
エルスタークは1人、何もすることが出来ない時間をじりじりと過ごすのだった。




