望まれない贈り物1
最後の方、少しホラーっぽい描写があります。
「何でまた貴方が居るんですか……」
最早呆れの色が強いシャルがそうエルスタークに問うのは、王宮から遠く離れた街でのことだった。
今日も竜騎士の任務で地方の都市へと赴いていたシシリィア達だったが、そこにさも当たり前、といった顔でエルスタークが居るのだ。今までのように偶然を装うことすらせず、王宮を発つ時から一緒だった。
ここまでくると、警戒よりも呆れの方が強くなってしまうのも仕方ないだろう。
ちなみにシシリィア達は竜に乗ってここまで来たが、エルスタークは自力で飛んでいた。
本当に、何でも有りの男だ。
「また、何かランティシュエーヌさんから依頼?」
「いや、違うが」
「じゃあ、なんで?」
意味が分からない、と首を傾げるシシリィアにエルスタークはニヤリ、と笑う。
「シシィが居るからな」
「あっそ…………」
エルスタークはふざけたようなことを言っているが、どうも本心っぽい。シシリィアは深くため息を吐く。
シャルやイルヴァの視線も凍てついたものになっていた。
今日の任務は、このデールトの街に年末の白月祭で使われる品物を届けるというものだった。
品物は小さいものだからシシリィア1人でも問題ない程度なのだが、デールトの街は王都からかなり遠いから、とランティシュエーヌからシャルと2人で行くようにと申し付けられていた。
道中、危険な魔物の生息域もないのでイルヴァに乗ったシシリィアだけでも十分すぎる戦力だが、そこに今回はシャルとエルスタークまで来ているのだ。過剰戦力にも程がある。
こんなに戦力を集めているのだから、この街周辺で何かあるのかと警戒していたのだ。
しかしあのエルスタークの様子からすると、本当に何もないみたいだ。
「まぁ、何も問題が起きてないならその方が良いんだけどね……」
「あらシシィ。この男がいることが既に大問題よ」
「イルヴァ……。とりあえず今日の任務は無事終わったんだから、これ以上騒ぎは起こさないでね?」
不機嫌そうにエルスタークを睨みつけているイルヴァの腕を撫でる。
最近エルスタークが我が物顔で王宮にいる事に、イルヴァはずっと苛立っているのだ。逐一釘を刺しておかないと爆発しかねない。
「さて。折角平和に任務も終わって、こんなお土産も貰ったから、ちょっと一休みしていかない?」
「シシィ様。王宮に報告をするまでが任務ですよ?」
「だってシャル、新鮮な星雪苺だよ! 早く食べないなんて勿体ないよ」
そう言って悲壮な表情のシシリィアが掲げるのは、不思議な煌めきを放つ白い苺だ。
デールトの街が星明かりの精霊と契約をしたことによって作ることができる特別な苺で、とても希少なものだった。
しかもこの苺は煌めきを纏っている状態が格別に美味しいのだが、煌めきは収穫してから1日経つと消えてしまう。時間が経つほどに煌めきは失われていくので、早く食べるのがベストなのだ。
シシリィアが持つ星雪苺は未だに強い煌めきを纏っており、摘みたての逸品だ。希少なものだが、街の領主が旬の時期なのでとお裾分けしてくれたのだった。
そんなものが手元にあるのに、今すぐ食べないなんてあり得ない。
悲しみを込めてじっとシャルを見上げる。繊細な美貌を顰め、呆れたように見つめられても諦めない。
そしてそのまましばらく無言の攻防を続けていると、ついにシャルが深くため息を吐いた。
「……分かりましたよ。本当に、シシィ様は食べ物に関しては譲りませんね」
「美味しい食べ物は人生の潤いだからね!」
シシリィアはにっこり笑いながら胸を張る。そして小さく首を傾げて周囲を見渡す。
「どこで食べよう? 流石に道端で立っては食べれないし」
「それなら、確かこの街なら西門近くに景観のいい公園があるぞ」
「……詳しいのですね?」
「まぁ、何度か来たことはあるな」
エルスタークの情報、ということでイルヴァが少し渋るが、シシリィアはとにかく早く星雪苺が食べたかった。
可愛らしさを意識してイルヴァを見上げながら、グイグイと腕を引っ張る。
「早く食べようよ。ね、イルヴァ?」
「シシィったら……。シシィのお願いなら仕方ないわね」
「やった!」
「…………本当に、イルヴァ殿はシシィ様に甘いですね」
「まぁ、竜ってものは総じて守護対象に激甘だからな」
後ろでシャルとエルスタークが何か言っているが、そんなことには構わず西門の方へと向かう。
そして辿り着いた公園は、中央に大きな噴水のある緑豊かな場所だった。外周には木が植えられ、各所には綺麗に整えられた花壇やベンチが設置されている。
冬に差し掛かっている今はあまり人も居ないが、春などは住人達の憩いの場となるのだろう。
「とりあえず結界と温度調節を掛けておくぞ」
「ありがとう、エルスターク」
「……器用なものですね」
ふわり、と暖かい空気に包まれたその場に一つ息を吐く。そしてみんなでベンチに腰を掛けて星雪苺を手にした時だった。
鋭い眼差しで近くの木の方を睨み付けたエルスタークが、厳しい声で誰何する。
「誰だ?」
「…………けて」
「なに?」
「女の子……?」
木の影から現れたのは、まだ幼い少女だった。
どこか怯えた表情で、よろよろと近付いてくる様子は普通じゃない。
シシリィアたちは立ち上がり、周囲を素早く見回すが、至って平和な公園の風景が広がるばかりだった。
少女が現れた方向の気配を探っても、特に何か居る様子もない。
警戒を解かないまま、シャルが少女の元へ駆け寄る。
「どうしましたか?」
「っ……! たす、けて……」
「何があったのです?」
「たすけ、て。わたし……。わた、し、あぁぁ……」
何かを求めるように腕を伸ばす少女は、苦しそうな声を上げる。か細い声には、悲痛の色が濃かった。
尋常ではない様子に、シシリィアも少女の側へ駆け寄る。
「ねぇ、大丈夫!?」
「おい、シシィ……!」
エルスタークが静止するように手を伸ばしてきたが、それよりも少女がシシリィアの腕を掴む方が早かった。
小さな手が、白い騎士服を強く握り込む。
その子供のものとは思えない力にギクリ、とした時には全てが遅かった。
「あは。やっと捕まえた!」
「っ……!?」
聞き覚えのある声が聞こえたのと同時に、少女の丸い瞳がグルンと裏返る。
ビクビクと痙攣するように小さな体が震え、薄い胸から腕が生えていた。少女には見合わない、大人の腕だ。
その腕がシシリィアの体に触れた途端、カクリと力が抜けた。
「シシィっ!!」
「シシィ様!?」
エルスタークやシャルの声が、どこか遠い。
ずるり、と体が引きずり込まれていくのを感じながら、シシリィアの意識は闇に落ちていく。
その最後の瞬間に見えたのは、毒々しい狂気を孕んだ碧い瞳だった。




