ワインレッドに重ねるモノ1
冬の気配が強くなってきたある日、シシリィアは一人で城の中庭を散策していた。
今日は久しぶりの休日だったのだ。
騎士服ではなく、普段使いのシンプルなドレスワンピースを纏い、ゆっくり歩きまわるのは小さな薔薇園だ。もうすぐ終わりも近い秋薔薇が綺麗に咲いているそこは、秘密の花園のような雰囲気でシシリィアのお気に入りだった。
落ち着いた薔薇色や深い紅色の薔薇が、濃い緑の葉の間でひっそりと咲き、甘い香りが漂う。
他に誰の気配もない薔薇園に、シシリィアは唇を緩ませた。
そんな薔薇園の中でワインレッドの薔薇を見つけ、逡巡する。あの男の瞳を思わせる花だ。
小さく息を吐いてその花に触れると、とある歌を口にする。
騎士と女王の密かな恋物語を描いた歌劇の終盤に歌われる、薔薇の花を捧げて愛を乞うた騎士を想う女王の歌だった。
「この花のように、私の心を染める想い。その想いのまま、言葉を紡ぎたい――」
密やかに、悩ましく。
語り掛けるように歌を紡ぎながら、薔薇の花へと唇を寄せる。
「――この花に、囁くわ。この想い。この願い」
目を伏せ、囁くように切なく音に言葉を乗せる。
「――貴方には聞こえないでしょう。それでも、いいの」
ふわり、と立ち上る甘い香りに笑みを零す。薔薇の花へ口付けを落とし、優しく撫でる。
切なくも甘い歌声で、最後まで歌い上げる。
「――わたくしの想い。それは全て、この花が知っているわ」
歌い切り、ふぅ、と息を吐いた。
ワインレッドの薔薇を撫で、もやもやとする心を歌に重ねてしまった自分に苦笑する。
そんな時、高らかな拍手の音が響く。シシリィアはビクリと体を跳ねさせた。
慌てて振り向くと、そこには一番居て欲しくはなかった男が佇んでいた。
「…………っ、エルスターク!? いつから、聴いてたの…………!」
「ん~。多分、最初から?」
「うそっ!? 気配、なかったのに……」
誰も居ない、と思っていたのに。しかもよりによって、この男に聞かれていたなんて。
かぁっと顔が熱くなる。両手に顔を伏せ、ふるふると震える。
「なんで恥ずかしがるんだ? とても素晴らしかった。もっと聴きたいくらいだな」
とろり、とワインレッドの瞳を甘く笑ませるエルスタークの言葉には、他意はなさそうだ。
何を想って歌っていたかは、気付かれていないようだ。
そろり、と掌から顔を上げ、エルスタークを見る。
「なんで、エルスタークは王宮に居るのよ?」
「ん? 今は俺、王宮に滞在してるからな」
「何で!?」
驚きに緑の瞳を見開いて見上げると、エルスタークはなんだか楽し気に笑っている。
何か、反応を楽しまれている気がする。
むむ、と眉間に皺を寄せていると、近付いて来たエルスタークに軽く頭を撫でられた。
「今日はシシィ休みなんだろう?」
「そうだけど……」
「前に約束した魔法を教えようか?」
「本当っ!?」
ぴょん、と跳ねてエルスタークに笑みを向ける。
話を逸らされたような気もするけど、そんなことよりも魔法だ。
魔人族から魔法を教えてもらうことなんて、滅多にない機会だ。しかも、教えてくれるのは魔人族特有のものだ。
魔法フリークなユリアーナ程ではないが、新しい魔法を知れるというのはシシリィアとしても嬉しかった。
「擬態、と魔術保管庫だよね」
「あー、魔術保管庫の方は教えるっていうより、代替策だな」
「代替策?」
「ああ。とりあえず、どっか腰を落ち着けられる場所はないか? ここだと流石に集中できないだろ」
エルスタークの黒い上着の袖を掴んで急かしていると、ポンポンと頭を軽く叩かれる。
子供っぽい反応過ぎただろうか。
パッとエルスタークの袖から手を離し、取り繕うように姿勢を正す。
「あっちにガゼボあるの。そこでいい? 室内が良いなら、どこかの部屋を借りれると思うけど……」
「……ガゼボでいいな。そこに行こうか」
「分かったよ。じゃあ、こっち」
そう言ってガゼボに向かって先に歩き出したシシリィアは気付かなかった。
後ろでエルスタークが仄かに赤く染まった顔を隠すように片手で口元を覆い、空を仰いでいたことには。




