会議と知らなかった事実2
「本気、なの……?」
「俺はいつも本当のことしか言ってないぞ」
笑みを深くして告げるエルスタークに、頭が痛くなる。
今まで冗談だと流してきた言葉は全て本気だ、ということらしい。
大きくため息を吐いていると、隣でバンと力強く机を叩かれる。シシリィアの横に座っているイルヴァが、両手をついて身を乗り出していた。
「この下郎を認めた、ということなの!?」
「ちょ、イルヴァ!」
「私の愛し子なのに! こんなこと、認められないわ!!」
イルヴァは会議卓を叩き割りそうな勢いだ。少し、ミシリと言った気がする。
ランティシュエーヌにもその音が聞こえたのか、少し若葉色の瞳を細め、呆れたようにため息を吐く。
「イルヴァ殿。落ち着いてください。契約を交わしたといっても、婚姻を認めた訳ではありません」
「でも、シシィの周りにこの下郎がうろつくことを認めてるじゃない!」
「……ちなみに、このことってお父様も知っているの?」
「ええ。陛下がお決めになったことです。国に害を成さないことを条件に、私が身元引受人となり、エルスターク殿は国内での行動を許可されています」
まさかの親公認だった。
思わず机に突っ伏してしまう。隣のイルヴァはイライラとした空気を隠さないし、ユリアーナ辺りからはニヨニヨと楽しんでいる空気を感じる。
もう、仕事は放り出してベッドに潜り込みたい気分だ。
そして、ふと思い付いたあることを聞いてみる。
「今まで散々任務先にエルスタークが居たのって。もしかして、ランティシュエーヌさんが何か情報渡してたり……?」
「おや、お気づきになられましたか」
「内部から情報流出してたんだ……」
「折角、使えるモノがあるのですから。シシリィア様のお役にも立ったこともあったかと思いますよ?」
しれっと告げるランティシュエーヌに返す言葉もない。確かに、エルスタークに助けられたことは度々あるのだ。
しかし、それで納得できるかというとそうでもないのだ。
何というか、もやっとする。
どうせ意味はないと思いつつも、じとっとランティシュエーヌを見る。
「なんか、ランティシュエーヌさんはエルスタークに協力的だね?」
「そうでしょうか。まぁ、利益のあることですから、多少の便宜は図っているかもしれませんね」
「利益……?」
「ええ。あとはエルスターク殿に伺ってください」
にっこりと、有無を合わせない綺麗な笑みを向けられ、これ以上の問いは封じられてしまった。
うぐぐ、と唸りつつもエルスタークを見上げると、にやりと笑われる。
「シシィが花嫁になってくれるんなら、なんでも教えてやるぞ?」
「……それならいいや」
「シシィはつれないなぁ……」
わざとらしく嘆いてみるエルスタークは、しかし楽しそうに笑っている。
完全に、遊ばれている。
はぁ、と大きくため息を吐くシシリィアとは対照的に、ユリアーナはクスクスと楽しそうに笑っていた。
「ねぇ、エルスタークさん。シシィがそんなに嫌がるのなら、私と結婚するとはどうかしら?」
「えっ……」
「ご主人様!?」
サラリと肩から流れた艶やかな黒髪が白い肌を際立たせているなか、両腕で胸元を寄せてユリアーナは身を乗り出す。机の下でガタリと身動ぎして声を上げる下僕には構わず、赤い唇は蠱惑的な笑みを描いていた。
自身の魅力を理解し、全力で誘っている。
魔術を愛するユリアーナにとって、魔力の扱いに長け、独自の魔法を扱う魔人族は大好物だろう。
そんなことは簡単に想像できることだ。でも、なぜかショックだった。
そしてショックを受けている自分に、驚きを隠せなかった。
静かに混乱するシシリィアの隣で、小さく嗤う気配がした。
そしてエルスタークが冷たく言い放つ。
「それはないな」
「あら、残念」
然程残念そうでもない声のユリアーナは、足元の下僕をひと際強く踏みつける。そしてシシリィアには意味深な視線を送るのだった。
しかしそこで、ここまで静観していたフィリスフィアが呆れた様子で口をはさむ。
「ユリア。それ以上はお止めなさい」
「フィリス姉さま、人聞きが悪いわ」
「良い趣味はしていないでしょう……。それに、他の人が居る場でそういったことは止めなさい、といつも言っているでしょう?」
そう言って指すのはユリアーナの足元、下僕のことだ。
ちょっとした会議などではよく見る風景なので皆目を背けて指摘はしない状態だが、姉であるフィリスフィアだけは度々注意しているのだ。しかしそれに対するユリアーナも一切悪びれない。
にっこりと笑って平然と返す。
「公の場ではちゃんとしているわよ?」
「私的空間だけにしてちょうだい……」
「検討しておくわ」
「もう……」
ユリアーナの答えは、一切改善する気がなさそうだ。フィリスフィアは深くため息を吐く。
そして小さく頭を振ると、話題を切り替える。
「ランティ。先程少し話題に上がっていた、闇の妖精がシシィを狙っているということだけど、理由は分かっているのかしら?」
「フィリス様。そろそろ次の予定の時間なので、その件はまた改めて」
「ランティ? まだ時間は少しあるはずよ」
「……、その件はエルスターク殿の範囲ですので」
ちらり、と視線を巡らせたランティシュエーヌはそれだけ言うと、あとは困った様に笑うだけだった。守護を与えているフィリスフィアの言葉に、こうも答えないランティシュエーヌは珍しい。
明らかに、エルスタークが何かしているのだろう。
実際に次の予定の時間が迫っているからとフィリスフィアを促して退出してしまったランティシュエーヌを見送り、シシリィアは小さく息を吐く。
さっきは会議を優先したが、もう放置することではない。問い詰めてやる、と意気込んで隣を見上げる。
ひたり、とワインレッドの瞳に視線を合わせて名前を呼ぶ。
「エルスターク」
「シシィ、悪いな。ちょっと用があるから、またあとで」
「ちょっと!」
ポンと軽く頭を撫で、エルスタークは逃げるように席を立つ。慌てて手を伸ばすが、するりと逃げられてしまった。
そしてあっという間に会議室を出ていく後ろ姿に、呆気に取られるしかなかった。
「何なの、アイツ……」
疑問と、もやもやした気持ちが渦巻く胸を押さえ、シシリィアはため息を零すのだった。
王族の私的な話題に延々付き合わされた魔術師団副長は、胃を押さえながら「自分は置物」とずっと唱えています。




