森の中に潜むもの4
一夜明け、エルスターク一人で作った朝食を食べて迷宮探索を再開する。
ちなみにエルスタークは朝食だけでなく、昼食として簡単に食べれるバケットサンドのようなものまで手早く作っていた。いつまで探索が掛かるか分からないから、と包みを差し出されたとき、シシリィアは色々と負けを悟った。
主に、気配りとや女子力とかいった方面の。
そんなこんなで少々むしゃくしゃした気分で遭遇した魔犬を蹴散らし、シシリィアは周囲を見渡す。
「最初に引き落とされたのが迷宮のどの辺か分からないから、入り口がどこか検討付かないのが痛いね……」
「ああ。出てくる魔獣も強さがほぼ変わらないから、敵で位置を推測することも出来ないしなぁ」
同じ場所に戻ったりしないよう一応マッピングをしながら進んでいるが、初期位置が迷宮内のどこに当たるか不明なのでどっち方向に進むべきかの指針にはならない。
大分探索を進めているが、一向に入り口が見えてくる気配はなかった。
そんな時だった。
遠くの方から、微かにわぁぁ、といった声が聞こえて来る。
「っ!? 誰か居るってこと?」
「とりあえず、行くぞ」
「うん!」
聞こえて来る声を頼りに迷宮を進んでいくと、その声は悲鳴のようだった。そして見えてくるのは、ゴブリンに追いかけられている一人の獣人だった。
「ひぃぃ! た、助けてくだ、さいぃぃぃ!!」
「早くこっちに!」
「大人しくしてろよ」
獣人と入れ違いにゴブリンの前に出ると、シシリィアたちはあっという間に殲滅していく。
そして全てのゴブリンを片付け、背後で地面にへたり込んでいる獣人へと向き合う。
「これで一安心。貴方、怪我はない?」
「は、はぃ……。ありがとうございます……!」
「怪我がないなら、とりあえずここから離れるぞ。死骸の側に居たいって言うんならこのままでの良いが」
「い、嫌ですっ! すぐに、立ちます!!」
エルスタークの言葉に震え上がった獣人は、ぴょこんと立ち上がる。頭上の黒い兎耳もひょんと跳ね、碧い瞳にはうるうると涙が貯まっている。
身長自体はシシリィアよりずっと高い青年なのだが、草食獣らしい細くか弱い体付きと泣きそうな表情で、なんだかこちらが虐めているような雰囲気だ。
しかしエルスタークはそんな獣人のことは気にせず、さっさと歩き出す。
「ちょっと……! とりあえず、行こうか」
「うぅ。はい……」
とことこついてくる獣人の青年に、なんとも言い難い気分になる。
そしてしばらくして見つけた適当な小部屋にエルスタークが結界を張り、一先ず腰を落ち着ける。
「それで、お前はなんでこんなとこに居たんだ?」
「ちょっと。いきなり聞くの、それ?」
「大切なことだろ」
「まぁ、そうだけどね……」
獣人の顔を真っ直ぐ見据え、詰問する空気を出しているエルスタークに小さく息を吐く。
確かに大事なことだが、完全に獣人は委縮してしまっている。エルスタークの視線を遮るようにして獣人に問い掛ける。
「貴方、どうしてここに居たの?」
「えぇっと……。僕、この森の近くの集落の者なんですが。木の実を拾ってたら、なんかこんな場所に迷い込んでて……」
「へぇ……?」
獣人の言葉を聞いてそんな声を上げるエルスタークを見れば、思いがけないことを聞いたというように眉を上げていた。
シシリィアは少し眉間に皺を寄せ、エルスタークを睨む。しかしそれには軽い笑いを返されるだけだった。
そして少しどけ、というように顎で示されたので渋々エルスタークへ場所を譲る。
「お前、名前は? 俺はエル。こっちはシィだ」
「エルとシィ?」
勝手に偽名を名乗り出した。
エルスタークが警戒する理由も分かるし、考えがあってやっているということも理解できる。しかしあの名前は適当すぎだ。
案の定、獣人にもきょとんとした顔をされている。
あんなに短い名前、この国ではほとんどないのだ。
不安になってエルスタークを見上げるが、しかし彼は薄く笑うだけだった。
そしてシシリィアの頭に掌をポン、と乗せたエルスタークはあっさりと出まかせな説明する。
「任務用の名前だ。色々と制限があってな。それで、お前は?」
「あ、そう、なんですか。その、……すみません。僕は、マレシュです」
「マレシュか。その耳からすると、お前は兎の獣人だな?」
「はい、そうです。その、戦うのは苦手で……」
へにょり、と頭上の耳をへたらせたマレシュは上目遣いでシシリィアたちを見る。
草食獣の性なのか分からないけど、あざとい。
「その、ここから出るまで、一緒に居させてくれないでしょうか……?」
「ま、そうだな」
「うん。折角助けたんだから、置いて行ったりしないよ」
「本当ですか! ありがとうございます!!」
「うわっ……、エル?」
「いや、念のためな」
ぴょい、と飛び上がってマレシュがシシリィアに飛びつこうとした時、エルスタークに腕を引かれたのだ。
そのためマレシュの腕は空を切り、驚いたような顔をしていた。
シシリィアも急にエルスタークに抱き寄せられた形になり、目を丸くして見上げる。しかしエルスタークは説明する気はない様で、さっさとシシリィアを解放して部屋の入り口へと向かってしまう。
「話はまとまったから、さっさと探索に戻るぞ。いつまでもこの迷宮に籠っていたくないだろ」
「……うん。マレシュ、もう大丈夫?」
「はい……。よろしくお願いします」
ぺこり、と頭を下げたマレシュを挟む形でシシリィアたちは迷宮の探索に戻る。
念のためマレシュに道を聞いてみても、無我夢中で走り回っていたから分からない、ということだった。元々期待はしていなかったが、役に立てないことにマレシュが激しく凹んでしまった。
「マレシュ、そんなに落ち込まなくて大丈夫だから」
「でも……」
「元気に着いて来てくれれば、それでいいんだよ」
「シィさん!」
ぴょこん、と飛び上がってまたシシリィアに飛びつこうとするマレシュを、エルスタークが襟首を掴んで引き留める。
その眼差しは、とても険しいものだった。
「エルさん?」
「魔獣が来る。お前は壁のとこで大人しくしてろ」
「っ!? わわわ……」
「マレシュ落ち着いて。とりあえず壁際で待ってて」
「シィさん……」
わたわたするマレシュを壁際に下がらせ、シシリィアとエルスタークは現れた魔犬を手早く殲滅していく。
そして全ての魔犬を倒し終わった後、エルスタークに目で促され、シシリィアはマレシュからも距離を取る。周囲に魔獣は居なくなったが、二人ともまだ気を緩めていなかった。
そんな二人の空気を感じ、マレシュは不安そうに碧い瞳を揺らす。
人畜無害そうな表情でこちらを見ている彼に、エルスタークは冷酷にも長剣を向けた。
「エルさん!?」
「お前、獣人じゃないな?」
「何を言っているんですか! シィさん、助けてください!!」
縋りつくように声を掛けるマレシュに、しかしシシリィアも長槍を向ける。そして鋭く見据えながら、口を開く。
「貴方がこの迷宮を起動させたの?」
「っそんな、シィさんまで……! 僕を信じてくれないんですか!?」
「貴方を信じられる要素がないの」
「いい加減、その寒い演技も止めたらどうだ?」
エルスタークがそんな言葉を投げた途端、わあわあと取り乱して騒いでいたマレシュはピタリ、と騒ぐのを止めた。
そして少し俯くと、深くため息を吐く。
「あーあ。なぁんでバレちゃったかなぁ……」
そう言って顔を上げたマレシュの顔には、酷薄な笑みが浮かんでいた。




