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森の中に潜むもの1

 翌日の昼過ぎ、シシリィアたちはトュルムの森に降り立っていた。


 トュルムの森は王都から南方に向かった場所にあり、温暖な気候から緑豊かな森だ。森の恵みを得ることで生計を立てているような小さな集落があるくらいで、辺鄙な場所といっても過言ではない。

 とはいえこの周辺の集落は森と密接な関係であり、魔獣の増加は死活問題だ。


 早急な解決が必要だが原因も不明、ということなので竜騎士団の半数が出向き、魔獣討伐と調査を行うことにしている。


 そしてシシリィアはイルヴァとシャルと共に調査を行うことにしていたのだが、案の定というか、そこにはやはりこの男が居た。


「エルスターク……」

「舞踏会ぶりだな、花嫁殿」

「花嫁じゃないし。一応聞くけど、なんでここに?」

「もちろんシシィに会いに」


 艶やかな笑みを浮かべてそう言うエルスタークに、シシリィアは大きくため息を吐く。毎回こんなやり取りをするのもアホらしくなってくる。


 しかしイルヴァとシャルにとってはそれどころではなかったようだ。

 警戒心も露わに、エルスタークに対峙する。


「何故、この場が分かったのです」

「そりゃ、シシィの居る場所だからな」

「何を言っているのかしら、この下郎は」


 ストーカーチックな発言に慄くシシリィアをしり目に、シャルとイルヴァが射殺すような眼差しでエルスタークを見据えている。

 一方のエルスタークは一切余裕を崩さず、それどころか少し馬鹿にしたようにシャルとイルヴァを見返す。


「お前たちは脳筋だから分からないだけだろう」

「何をっ」

「人を馬鹿にするにも程があるじゃないかしら」

「ちょっと。今はそんな場合じゃないでしょ!」

「……申し訳ありません」

「でもシシィ」

「イルヴァ。腹が立つのは分かるけど、任務優先」

「……ええ。分かったわ」


 今にも戦闘を始めそうだったイルヴァたちを宥め、シシリィアはため息を吐く。普段は寧ろシシリィアが窘められる側なのに、エルスタークが絡むといつもこうだ。


 傍らで笑っているエルスタークをちらりと見上げ、さらにため息を吐く。


「エルスタークも、邪魔するなら容赦しないよ」

「へぇ? 一体どうするんだ?」

「とりあえず、今後一切アンタに構わないから。あとは、ユリア姉様にいい方法を聞く」

「……それは困るな」


 その言葉を聞き、エルスタークだけでなくシャルやイルヴァまでも顔を引きつらせていた。

 第二王女であり魔術師団長でもあるユリアーナは、苛烈な魔術を使うことと、数多の下僕を抱えていることで有名だった。別名、『漆黒の魔女』もしくは『黒薔薇の女王サマ』と呼ばれている。


 何にしても、いい影響はない。


 イルヴァやシャルがふるふると震えているのを見て、シシリィアも苦笑する。自分の精神衛生上にも、ユリアーナの教えを賜るのは最終手段にしたいのだ。


「それで、エルスタークは手伝ってくれるの?」

「ああ。勿論だ」

「そう、ありがとう。もしかして、もう原因も分かってたり?」

「残念ながら、今回は違うな」

「そっか。じゃあ地道に調べるしかないね。シャル、魔獣の目撃が多いのはもっと森の中だよね?」

「ええ。この周辺と、反対側辺りの森の中が一番多いようです」

「じゃあ、とりあえず森の中入ろっか」

「そうね。シシィは私から離れちゃだめよ」

「もう、イルヴァは過保護すぎるよ」


 和やかに会話を交わしながら入ったトュルムの森は、一見穏やかな森のようだった。

 大きく育った木々は冬に向けて葉を落としているが、幹や枝はどれも立派だ。地面に降り積もった落ち葉もたっぷりで、時々木の実なんかも落ちている。

 木々の間から差し込む光は温かく、緩やかに吹く風は心地よい。


 しかしこんな穏やかな森であるのに、シシリィアたちは緊張を隠せなかった。


「鳥の声がしないね……」

「獣の気配も全くないわ」

「これ程木の実が落ちたままになっているとは、動物たちは大分前に逃げてしまったのでしょうね」

「……来るぞ」


 そう言うエルスタークの声と共に、前方から走り寄る魔獣が見えてくる。小型の魔犬だ。

 少し数は多いがこの面々の敵ではない。


 シシリィアも愛用の長槍と、時に魔法を駆使して迫り来る魔犬たちを退治していく。


「ってちょっと。何で私の方にたくさん来るの!」

「まぁ、シシィだからな」

「何それ!?」

「まぁ落ち着けって。ほら、これで最後」


 ズバリ、とエルスタークが長剣で切り捨てた魔犬が集団の最後だったようだ。気が付いた時には周囲には驚く程の魔犬の骸が転がっている。


 少し離れた場所で戦っていたシャルとイルヴァとも互いの無事を確認し、顔を顰める。


「シシィ。大丈夫かしら?」

「うん、問題ないよ。でも、この量は異常だよね」

「ええ。普通の魔犬の群れでしたら、10体程度のはずです。今のは、30体以上でしょうか」

「いくら魔犬が弱い魔獣で増えやすいとはいえ、自然の中じゃここまではならないだろう」

「うん……。とりあえず、魔犬が来た方を調査するかな」

「ええ。そうですね」


 各自武器をしまい、調査方針を確認する。

 そしてシャルとイルヴァが先に立ち、魔犬が来た方向へと進もうとした時だった。


「え……!?」


 するり、と何かが足首に巻き付いたと思った。

 そしてその後すぐに、もう片足や腰にも同じように何かが巻き付き、凄まじい力で後ろに引かれたのだった。


「シシィ!」

「っ!!」


 すぐ側に居たエルスタークが必死の表情で差し出した手を、無我夢中で掴む。


 しかし後ろに引く力は弱まるどころか、さらに強くなっていた。そのまま、あっという間に暗闇の中に引きずり込まれたのだった。

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