episode16【魔の森狂想曲④】
「ま、魔法を覚えた……って?」
俺は視界の隅に表示されたウインドウを見て、思わず声を上げた。
「どうしたの?」
「今の戦いでレベルが上がったんだけどよ。魔法を覚えたって表示があったんだ」
「ほんと!? 凄いよ! ほとんどの人は魔導書を読むか魔法使いにクラスチェンジしないと使えないはずなのに。ねぇ、試しに使ってみてよ」
「あ、あぁ」
俺は先程の戦闘で負った脇腹の傷口にそっと手を当て、治癒下位魔法を使ってみることにした。
「治癒下位魔法……」
そう唱えると、俺の手は淡い光を帯び始め、脇腹に出血とは違う、暖かな感触が伝わってきた。
そして、少し経ってからゆっくりと上着の裾をめくるとそこに傷は無く、乾いた血の跡だけが皮膚にこびりついていた。
「ほんとに魔法が使えてる……兄ちゃんのクラスって魔法使いなの?」
「いや、違う。確か前に見たときは、俺のクラスの所は“なし”って表示されてた」
「まさか、そんなはず……でも、だとしたら……」
「何だよ、一人でぶつぶつ言いやがって」
「あ、ううん、何でもないよ。それよりも早くここから離れた方がいいかもね」
「あぁ、血の匂いで仲間が集まってきたら厄介だ。急ごう」
そうして、俺たちは更に森の奥深くへと進んでいった。
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森の奥へと歩みを進めてから、数十分程経った頃、俺は一つの異変に気がついた。
「血の匂いだ……それもかなり近い」
「もしかしたら、あれから僕たちが全然魔物に襲われないことと関係があるのかな?」
「かもな、用心して行くぞ」
そう言った途端、森の奥から怒号と共に光が上がった。
「な、何?」
「……きっと追いついたんだろ、“あいつら”に」
ピクリと身体を硬直させたラキの背中をポンと叩いて、俺はそう言った。
俺とラキは音を立てないように声のした方へと向かうと、そこには先程のトロルに比べると、倍近くもあるような巨大なトロルと、そこに対峙する3人の姿が見えた。
「んぁぁ! 鬱陶しいアマだなぁ!! 勝手に俺達の獲物を横取りしてくんじゃねぇよ!!」
「あらぁ〜? でも、私の魔法があったから、今の攻撃を避けられたんじゃなくって」
「落ち着け、バーゼル。今は喧嘩してる場合じゃねーだろ。俺達がトドメを刺せばいいだけの話だ」
鎧を着た戦士風の大男と、盗賊風の男……テッド兄弟と、派手な格好の魔法使い、メサイアが巨大なトロルと対峙していた。
「ケッ、わかってるよ! 兄貴、援護頼むぜ」
バーゼルと呼ばれた鎧姿の男はそう言って自分の体格よりも大きな鋼鉄の斧を両手に構えると、足を大きく広げ腰を深く落とした。
「オーケー、次こそ上手くやれよ」
兄貴と呼ばれた盗賊風の男は小さく息を吐くと、トロルに向かって掌を返し指先で手招きをした。
「グォォァァァ!!!」
すると突然トロルは大きな雄叫びを上げ、盗賊風の男に向かって飛び掛かり両の拳を振り下ろした。
激しい衝撃音と地響きが起きたが、その時男は既にトロルの真後ろへと移動していた。
「鬼さんこちらー、ってか」
(──あいつ、なんて速さだ)
その後も目にも止まらぬ速さで、男は次々にトロルの攻撃を躱してはトロルを挑発し、翻弄していく。
「さてと、そろそろ頃合いだな。準備はいいか、バーゼル!」
「おう、こっちはいつでもいけるぜ!」
「よし、きっちり決めろよ。──フラッシュパリイ」
盗賊風の男は腰に差していた二刀の短剣を抜くと、襲い掛かるトロルの拳に向かって構えた。
そして、拳が当たった瞬間に素早く短剣で拳を受け止めると、拳ごと横に薙ぎ払いながら後ろへ跳んだ。
パァァン!!
激しい破裂音の刹那、男はそのまま拳の衝撃を受け流すように大きく後ろに吹き飛ばされたが、トロルも弾かれた勢いで体勢を崩し、地面に手をつく。
「うらぁぁぁぁ!!」
鎧姿の男は、両手斧を構えたままトロルへと肉薄するとその巨体よりも更に高く跳躍した。
「喰らえやぁ! 壱・断・壊ィ!!」
跳躍したまま、男は構えた両手斧を振り上げると、トロルの頭部目掛けて思い切り振り下ろした。
「グァァァ!!」
トロルは避けられないと悟ってか、咄嗟に両腕を交差させるようにして頭部をガードする。
ズグッッ……!
腐った果実が潰れたような鈍い音と共に、斧の勢いは両腕に殺され、男は深々と刺さった斧を持ったまま宙に止まったような形になってしまう。
「おい、なぁに安心してんだよ……ちゃんとテメーがガードしてくんのも計算の内だ。だからこそ、俺様があんなに“溜め”に時間使ったんだからなぁ」
トロルは言葉の意味がわからず、呼吸を荒げながら男を睨みつける。
「終いだぁぁぁ! 弐・断・壊ィィ!!」
男の言葉に呼応するように、腕に突き刺さった斧が急に勢いを取り戻すと、両腕を跳ね飛ばし、そのまま頭へ吸い込まれるかの様に頭部を真っ二つに割った。
「ガ……ゴァ……!」
声にならない声を上げて、トロルは仰向けに崩れた。




