episode11【スタンバイ】
「えぇと、回復薬に聖水……毒消し草、後は食料品ですね。これだけあれば足りるでしょう。良く出来ましたね、ウィル」
ロエルはまるで初めてお使いへ行った子供を褒める様に俺の頭に手を伸ばした。
「やめろっての……ったく、人に金だけ押し付けやがって。それで、ロエルの方はちゃんと準備出来たのかよ?」
「ええ、もちろん。アークトロルの住むと言われる“魔の森”までの馬車の確保はちゃ〜んとやっておきましたからご心配なく」
ロエルは屈託無い表情を浮かべる。
酒場を出た後、俺達はアークトロル討伐に向けて準備をするため市場を訪れていた。
街中を歩いていてわかったことだが、このカナルという街は港町らしく、夕日に照らされた市場には微かに潮の香りが漂い、道行く人々も船乗りや旅行客の様な装いの者ばかりだった。
「そういや、魔の森ってこっから馬車だとどれくらいかかるんだ?」
「そうですねぇ……馬車だと比較的安全な街道を通っていくルートになるので、多く見積もっても二時間程度だと思いますよ」
懐から取り出した地図を指で辿りながらロエルは答える。
「二時間ってことは、今から出発したら夜になっちまうのか……それじゃあ今日は宿──」
「残念ながらそんな悠長なことを言っている場合ではないですよ。おそらく酒場に居た彼等は今頃魔の森へ向かう準備をしているはずですから」
「は? 嘘だろ!?」
「いくらこの仕事が“依頼”だとは言え、依頼を受ける人数が増えれば、最後は早い者勝ちの“競争”と変わりありませんからね。まして彼らの様な手練れに勝つには、こちらも迅速に動かなくてはいけません」
そう言うと、ロエルはピンと人差し指を立てた。
「はぁー、マジかよ……」
すっかり今日の夕飯の事に思案を巡らせていた俺は、自分の考えの甘さとロエルという男の人間性を忘れていた事を呪いながら大きくため息を吐き、力なく頷いた。
「さて、それでは出発〜♪」
そうして満面の笑みで歩き始めたロエルを追う様に、俺もトボトボと歩みを進めた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
街の入り口を出ると、目の前には一本の大きな街道が遥か先まで続いており、街の出入り口のすぐ傍には数台の馬車が並んでいた。
「お、誰かと思えばさっきの兄ちゃんか?」
手前にある馬車の中から、ぬっと無精髭を生やした体格の良い男が顔をのぞかせた。
「わざわざすみせんね。こんな時間に魔の森へ行きたいだなんてお願いをしてしまって」
「いいってことよ。お前らもアークトロル討伐へ行くんだろ? 俺たちもここんとこ、あいつの横暴のせいで客足が減っちまって困ってたんだ。……ん、そっちは?」
「あぁ、これは弟子のウィルと言います」
「あ、ども」
俺はロエルに促されるように軽く頭を下げた。
「なんでぇ、弟子とはいえ何と無く頼りねぇボウズだなぁ。ホントにあんたらだけでアークトロルが狩れんのかい?」
髭面の男は俺を品定めするように一瞥すると、呆れたような声を出した。
「まぁ、いいや。それよりちょうど一時間前にテッド兄弟と色っぽい姉ちゃんがそれぞれ出発しちまったからよ。あんたらも早いとこ出発しないとマズイんじゃないかい?」
「やはりそうでしたか、少々遅れを取りましたね。ウィル、急ぎますよ。」
「あぁ、あいつらにだけは負けられねぇ」
そう言って俺が馬車の荷台に手を掛け、意気揚々と馬車に乗り込もうとしたその時。
「──ねぇ、もしかして魔の森へ行くの?」
声のした方に振り向くと、そこには一人の少年が立っていた。




