サイネル???
翌日。
サイネルのフィフィーちゃんへの素っ気なさは、彼女の本当の姿を知らないからだと思われる。許嫁だというのにまるで主従のような関係で、今まで交流がなさ過ぎたのだ。
と、いうわけで、ひとまず私は二人の親睦を深めさせることにした。
「サイネル、今日は学園はお休みなのよね?」
「ええ、そうですが……」
自室でくつろいでいたサイネルは、入り口で手招きする私を不思議そうな目で見てくる。
「じゃあ、庭でお茶しましょ」
私は満面の笑みを返した。
前日の大雨が嘘のように、今日の空は隅々まで晴れ渡っていて絶好のお茶日和だ。
「雨で薔薇が散らなくて良かったわ。赤にピンクに白に黄色……本当素晴らしい薔薇園だわ」
「本当、このように美しい景色を眺めながらお茶なんて、とっても贅沢です」
屋敷の裏に広がる庭園は今の時期薔薇が見頃で、一段高くなったテラスに置かれた円卓からは、その絶景が一望できた。
私とフィフィーちゃんは景色を眺め、お茶菓子をつまんでは紅茶を嗜み会話を楽しんでいるというのに……サイネルは、ひたすら紅茶だけを飲み続けていた。
薔薇が見事だと言っても、会話を振っても、彼の視線は紅茶が入ったカップから離れない。
お茶に誘った時は「はいっ」と上機嫌で頷いていたというのに、まったく……。
すると、チラッとフィフィーちゃんから視線が飛んできた。覚悟を決めた者の目だ。私も真剣な顔で頷く。
実はフィフィーちゃんとは事前に話し合って、サイネルとの距離を詰めていくことに同意をもらっていた。冷たい態度を今まで取っていた相手だから抵抗があるかなと心配したが、むしろ彼女は「頑張ります!」とやる気満々に頷いてくれた。
「あ、あの、サイネル様」
おもむろに、フィフィーちゃんは「こちら」とハンカチを差し出した。ハンカチには水色の糸で『S』という文字と、黄色や緑、白で百合や黄水仙が刺繍されている。
「わたくしが刺繍したのですが、よろしければ……」
「まあっ、すごい! これ、フィフィーちゃんが?」
これは嬉しいに違いない。
彼女は照れくさそうに、首を竦めながら「はい」とはにかんだ。素晴らしい仕上がりだ。しかも『S』ということは……。
(あら、まっ……うふふっ)
思わず顔がにやついてしまう。
「あの、サイネル様のお好きな色はなんでしょうか」
「僕の好きな色?」
そこでやっと、サイネルの視線がハンカチへと向いた。
さすがに、これはサイネルも喜ぶだろうと思っていたのだが……。
「そんなの聞いてどうするんだい」
「えっ……と、その……」
私もフィフィーちゃんも、サイネルの予想外の返答に目が点になる。
「自分の好きな色で刺繍したら良いじゃないか。それとも君は、相手に聞かなければ色も自分で選べないお子様なのかい?」
「も、申し訳ございません……っ」
フィフィーちゃんは耳まで顔を真っ赤にして顔を伏せていた。
「母様は何事も自分で決められてきたぞ」
「……サイネル?」
持っていたティーカップの持ち手が、パキンッと折れた。
◆
その翌日。
距離を縮めるのは、別にお見合いのような席を設けなくても、日常の何気ないシーンからでも可能だ。
「おっ、お帰りなさいませ、サイネル様」
学園から帰ってきたサイネルは、玄関ホールで出迎えたフィフィーちゃんの姿に面食らったように目を瞬かせていた。
(ふふふ、やっぱり夫婦の予行演習としてお出迎えは必要よね)
私は、柱の陰から二人の様子を盗み見ていた。
(それに、お帰りなさいって言われるの嬉しいし!)
前世じゃ言われたことなかったなぁ……と忌々しい記憶が顔を覗かせるが、瞬時に頭を振って追い出す。
サイネルは一瞬足を止めていたが、「ああ」と素っ気ない返事をすると、スタスタと彼女の横を通り過ぎていく。慌ててフィフィーちゃんがサイネルの後を追う。
「あ、あの、通われている学園はどのような場所なのですか」
「聞いてどうする」
「え」とフィフィーちゃんの声と、私の心の声が重なった。
「行きもしない場所のことを聞いたところで、君には理解はできないだろう。まあ、母様は当時、学園が是非生徒になってくれと言ってくるほどに優秀だったそうだが……」
「……ッ、サイネルゥ?」
掴んでいた柱が、メキッと悲鳴を上げた。
◆
さらにその翌日。
「お義母様、ほっ、本当に変じゃないですか!? わ、わたくしこのようなの初めてで……」




