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俺様獅子との猛愛エンゲージ!  作者: 古都助
~第二部・俺様獅子様の出張と婚約パニック!~
71/71

後日談・幸せな未来への過程

というわけで、大変遅くなりましたが、

この後日談で完結とさせていただきます!!

 ――Side 獅雪征臣


 ほのかと結婚して、それから二年程が経った。

 俺は親父の会社で相変わらずの激務に扱かれ、小姑になった蒼に地味な嫌がらせをされつつも、家に帰れば最高の幸せが待つ暮らしを謳歌している。

 俺との結婚後、ほのかは勤めていた幼稚園で少しだけ立場を変える事になった。

 自分の受け持っていた子供達の卒園を見届け、新しく入園してきた子供達の担当をする事になった透の補佐。所謂、副担任ってやつだな。

 相変わらず頼りない透がしっかりと一人前になれるよう、ほのかだけでなく、他の教諭達も目を光らせているようだ。

 俺の両親や姉とも上手くやってるし、逆も良好。何の不安もない、穏やかな毎日。

 今夜も仕事を終わらせて車に乗り込み、俺は自宅へと向かう準備をしている。

 最近はスポーツカーの類をやめて、セダンタイプの車に乗るようになった。

 背後を確認するミラーの所には、ほのかが作ってくれた、小さなライオンのマスコット人形がぶら下がっている。俺をイメージしたって言ってたが……、この剥き出しの口がまた何とも言えない。

 ほのか、俺は四六時中ガオガオ吠えてるような男に見えてるんだな? そうなんだな?

 初めてこれを貰った時、俺は助手席のほのかにお望み通り喰らい付いてやった。

 

「ま、そのくらいがっついてお前を追いかけ始めた事は事実だけどな」


 自販機で買った珈琲缶のプルトップを開け、苦笑と共にそれを飲む。

 卒業した大学で、ほのかと出会ってから……、もう五年、か。

 蒼のせいで味わわされた、屈辱と恐怖の二年間は思い出さない方向で考えるとして……。

 ほのかと見合いをしてからの三年間、そして、今も平穏に続いている幸せな日々。

 必死こいて追いかけていたはずの怖がりな子兎が、俺の隣を歩き、笑顔を向けてくれる。

 まだ片想いの頃、俺はこの日常を何度も夢に見た。

 たとえ、本気で惚れた女の兄貴があの大魔王レベルの蒼であろうとも、二年間の扱きが鬼畜極まりないとしても、――絶対にこの恋を叶える。

 そう強く願い、自分の心に決めていたからこそ、俺はほのかの事を諦めずに走り続ける事が出来た。


「いや、俺だけの粘り勝ちってわけでもないか」


 あの頃に起きた、子兎からの熱烈な告白の瞬間。

 脳内再生余裕の記憶に心を擽られながら、喉の奥で小さな笑いを漏らす。

 自分勝手な嫉妬心に振り回されて酷い事をした俺を、アイツは切り捨てる事なく救い上げてくれた。好きだ、って、泣きながら怒って……。

 落とすはずが、逆だった。俺は、二度、ほのかに落とされたんだ。

 ん? あぁ、違うか。現在進行形で、ふとした瞬間に何度も落とされ続けている、が正しいな。

 朝、俺の腕の中で無防備で可愛い寝顔見せてるとことか、起きた時にふにゃっと緩む笑顔とか、幼稚園の子供達を前にしっかりとした先生顔を見せるとことか……。

 挙げていくとキリがないレベルで、アイツは常に俺を落とす事を繰り返していると思う。

 叶った恋は冷めるどころか、一日単位で重症化しているようなもんだ。

 だが、……ほのかの方は全くの自覚なしなもんだから、さらに性質たちが悪い。

 まぁ、そういう天然なとこにも男心を擽られるわけだが。

 

「おい、征臣」


「ふふふふ……」


「征臣」


 愛する嫁さんの事を考えながらニヤついていると、運転席の窓に外側からドンッ! と、何かが打ち付けられる音がした。その衝撃で我に返った俺は、ん? と、そっちに顔を向け……。


「げっ!! お、親父っ!!」


 幸せ全開モードから一気に覚醒した。

 疲れも、服の乱れさえ感じさせないスーツ姿の男が、俺の親父が、残念な奴を見る目で運転席の俺を窓から覗き込んでいたのだ。……びっ、びびった!!

 

「な、何だよ……っ」


「はぁ……。しっかりしろ、三十歳児」


「うっさいわ!! 児とか付けんな!!」


 窓を開けて噛み付く俺に、親父の態度は微塵もぶれない。

 車内でニヤついている気色の悪い姿が悪いのだと、逆に返り討ちだ。くそっ。

 しかし……、何で親父がここにいるんだろうな? 

 専属の運転手もいるし、車は会社の前にまわすはず……。

 だが、周囲に視線を走らせても、運転手や秘書の姿すらない。


「親父、俺に何か」


「土産に持って行け」


「は? うぉっ」


 車内に突っ込まれた白い箱。

 その表面には有名店だと一目でわかるロゴが刻まれていた。

 

「取引先の社長から頂いた物だが、もう一箱あるからそれはお前にやろう。ほのかさんと一緒に食べるといい」


「はぁ? まさか……、わざわざこの為に足を運んで来たのかよ?」


「散歩のついでだ」


 会社の社長である親父は、社内で私的な接触をしてくる事は滅多にない……、はず、だったんだが。三年前から、親父は徐々に変わってきた気がする。

 皺の濃かったその真面目一徹の顔に滲む、微かな柔らかさ。

 若干だが、砕けた調子で俺の頭を小突いてくるその手。

 三十の息子相手に、親父は子供相手の仕草で俺の頭を掻き撫でる。


「早く帰れ。さっきまでのお前を社員達に目撃されたら、獅雪の名がガタ落ちだ」


「どういう意味だよ……っ」


「結婚して二年近く経つというのに、帰宅時に毎回ここでニヤつく癖が直らない息子への忠告だ」


「ニヤついてねぇよ!! ってか、何で毎回って知ってんだよ!?」


「朝宮がよく報告してくるんだ。『仕事が終わると、御子息が少々……』とな。父親として恥ずかしい限りだ」


 あの社長秘書!! 余計な事を親父に吹き込みやがって!!

 大体な!! 結婚して二年近くとはいっても、まだまだ新婚中みたいなもんだろうが!!

 帰ってからのあれこれを想像して何が悪い!? 

 嫁と過ごす癒し要素満載のひととき!! その瞬間の為に、俺は生きている!!

 ……と、心の中で絶叫した俺をお見通しだと言わんばかりに、親父の目がイタイものを見るようなそれに染まっていく。

 

「いっその事……、今すぐに社長職という重責を課してやろうか? 浮かれる暇もなくなるくらい、充実した日々を送れるぞ?」


「い・や・だ・ね!! ……ったく、後二十年は余裕でやれるくせに何言ってんだか。冗談言うようなタイプじゃないだろ。似合わないぜ?」


「息子を男として成長させようという親心だろう? まぁ、すぐに社長の座を譲る気はないが……、なるべく早く……、自分の時間を持てるようになりたいと、そう考えてはいる」


 それはつまり、予定していた歳よりも早く、社長の座を退く気でいる、……と、そういう事か?

 簡単には俺に後を継がせないと公言していた親父がねぇ……?

 どんな心境の変化を覚えたのか、俺は気になって窓から僅かに身を乗り出して尋ねた。

 すると、親父が照れ臭そうに咳払いをしながら小さく呟く。


「家族と……、そして、親への孝行は大事だからな」


「ふぅん……、なるほどな」


 親父は仕事一筋なところもあるが、俺達家族を蔑ろにしてきたわけじゃない。

 幼い頃に実の母親と引き裂かれたせいか、自分の家庭を守ろうとする傾向が強かった。

 休日には家族との時間を取り、子供(俺達)に対しても常に向き合い続けてきた親父。

 だが、今目の前にいる親父と比べると、やはりこっちの方が大分和らいだ気配を持っている気がする。三年前に実の母親、楓祖母さんと再会し、大切なものを取り戻したお陰なんだろうな。

 楓祖母さんともちょくちょく会ってるみたいだが、社長職にある以上、そう多くの時間をとれるわけじゃない。親父の気持ちはわかるが……。


「せめて後十年は」


「五年ならどうだ?」


「…………」


 社長職を押し付けられない為に防衛線を張ったが、敵はかなり手強い。

 五年って……、マジかよ。部長とか常務とか、色々すっ飛ばし過ぎだろう?

 あぁ、けど、楓祖母さんや祖父母さん達も歳だしなぁ……。

 親父がそうしたいってんなら、こっちが妥協してやるべきなんだろうが……。


「考えとく」


「まだまだ未熟なお前に任せるのは不安だが」


「おいっ!!」


「慣れれば、きっと上手くやっていけるはずだ。お前は取引先の社長達に可愛がられているからな。手始めの洗礼にも、多少は手心を加えてくれるだろう」


 信頼されてんのか、心配されてんのか、どっちだよ……。

 けど、まぁ……、息子として応えないわけにもいかねぇか。

 五年後に社長職をやれる自信が育ってるかは微妙なとこだが、これもひとつの親孝行だ。

 一応の心の準備はしておくか。

 俺は親父に土産の礼と、社長職の事を前向きに考える事を伝え、ようやく帰路に着く事が出来たのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「お帰りなさい! 征臣さん!!」


 ほのかが勤めている幼稚園から徒歩五分。

 その場所に建っているマンションの一室に帰り着いた俺は、中に入ってほのかの出迎えを受けた。

 満面笑顔の可愛い嫁さんが、大きく膨らんでいる腹を両手に抱えて俺の前に立つ。

 去年の初夏に妊娠してから、順調に育っている新しい命。

 俺とほのかの、大切な子供。


「ただいま。身体の調子は大丈夫か?」


「はい。今日も何回かお腹を蹴ったりして、元気いっぱいなんですよ、この子達」


「ははっ、そうか」


 吃驚した事に、俺の初めての子供は、なんと双子だ。

 性別は生まれるまでの楽しみに取ってあるが、まさか二人も授かるとはなぁ。

 俺はその場にしゃがみ込み、ほのかの腹に耳を寄せて声をかけた。

 

「お~い、パパのお帰りだぞ~? ……おっ、蹴った蹴った! 今、俺にお帰りなさいって言ったよな?」


「ふふ、そうですね」


 腹越しに伝えてくる小さな衝撃に浮かれてしまうのは、いつもの事だ。

 ほのかが妊娠したと知ってから、生まれてくる日をまだかまだかと待ち望み、血を分けた子供の存在に心を奪われる毎日を過ごしている。

 一日、一日と、母親の顔になっていくほのかと一緒に、俺もまた、父親になっていくんだな、と……。擽ったい感覚と、確かな責任の重さを感じる日々。

 俺も、親父と同じように、守るべき家族が出来た。俺が、ほのか達を守っていく。この手で。


「あ、そうだ。ほのか、これ、親父からの差し入れだ。飯の後に一緒に食べようぜ」


「お義父様が? ふふ、この前もこの子達への玩具を頂いたばかりなのに良いんでしょうか?」


「実家に顔を見せろっていう催促みたいなもんだから、遠慮せずに食っとけ。ほら、さっさと奥に入るぞ。ここじゃ身体が冷えちまう」


 季節は二月。春が近いとはいえ、この日本じゃ寒気が増す厄介な時期だ。

 ほのかが風邪を引かないように、玄関口に長居は無用だ。

 俺は菓子箱を受け取ったほのかの肩を抱き、リビングへと向かう。

 

「征臣さん、どうします? お風呂沸いてますけど、先に入りますか?」


「可愛い嫁さんの顔見ながら癒されたいから、先に飯で頼む」


「ま、征臣さんっ。帰宅早々からかわないでくださいよっ。今年で二十八になる私に言う台詞じゃありません!」


「まだ二十八だろ? ってか、お前は元々が童顔なんだし、それを抜きにしても、――俺にとってはいつまでも可愛い最愛の嫁さんなんだよ」


「――っ。も、もうっ」


 そうやって、一々反応が素直で慌てやすいとこもな。

 俺が食事用の席に腰を下ろしながらニヤリと笑ってやると、ほのかは顔を真っ赤にしてキッチンへと逃げ込んでいった。

 あの見合いの件から三年……。結婚して更に深い仲になっても、アイツから初々しさのようなものが消える事はない。俺の事を、いまだに『征臣さん』呼びの上、敬語がデフォだ。

 別に壁があるわけじゃないが、旦那としては切ない部分もあるわけで……。

 

「ま、追い追い、な」


「征臣さん?」


「いや、何でもねぇよ。今夜のメニューは?」


「今夜はシチューにしました。今温めてますから、もう少し待ってくださいね~。――ん?」


 作っておいた晩飯を温めるほのかの動きが止まったのは、俺がその後ろからそっと抱き締めたからだ。身重みおものほのかに負担を与えないように、そっと丁寧に扱いながらその首筋に顔を埋める。ふわりと、ほのかが普段から身に着けている微かな甘い香りに鼻先を擽り、少し緊張した気配を感じながら俺は笑みを浮かべた。


「飯よりも先に、少しだけ、な?」


 仕事疲れのせいもあるが、ほのかが妊娠してからは、なかなかイチャつけなかったからな。

 ……主に、俺の忍耐力の問題で。だが、今は穏やかな自分を感じているし、少しくらいなら大丈夫だろう。ただ、そっと触れ合って、一緒に寄り添う。同じ時を二人でゆっくりと過ごす。

そんな我儘を許してほしい。


「……甘えん坊さんですね? この子達に笑われちゃいますよ?」


「生まれたらお前を独占出来るんだ。その前に旦那の俺がお前を独占したって許される! だろう?」


「ふふ、そうですね。この子達が生まれたら毎日が慌しくなりますし、今のうちに、ですね」


 そう、今のうちに、だ。

 生まれてくる子供達と過ごす日常も最高に幸せだと思うが、二人だけで過ごせる貴重なひとときも大切にしたい。だから、今のうちに年甲斐もなく、遠慮なく、甘えさせてもらう。

 膨らんでいる腹を撫でながらこっちに振り向いて微笑んだほのかの唇に感触を重ね、俺はソファーの方へと移動する事にした。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――Side 獅雪ほのか


「ん……っ。……は、ぁ、征臣さん」


 暫くしていなかった、征臣さんとの甘いキス。

 ほんの少し、その気になったりしないようにと重ねられていた遠慮がちな感触が、どちらから熱いものへと変わっていったのか……。

 僅かに乱れた息でお互いの感触を求め合っていた私達は、ようやくその熱から逃れる事が出来た。

 

「悪ぃ……。ちょっとマジになりかけた」


 口元を腕の甲で拭い、バツが悪そうに謝る征臣さん。

 私が妊娠してから、徐々に減っていった夫婦の触れ合い。

 一緒にいる時間はあるものの、征臣さんは手を繋いだり、優しく抱き締める以上の事を避けている節があった。一歩でも先に進んでしまえば、抑えられなくなるとわかっていたからなのだろう。

 だから、かな……。征臣さんが切ない思いをしていたように、私も実は寂しかったり……、本当は、触れてほしいと思っていたわけで。

 久しぶりのキスに酔いしれていたのは、理性を失くしそうになっていたのは、征臣さんだけじゃない。座る場所が広い大き目のソファーで、私は征臣さんに後ろから抱き締められる体勢で座りなおす事になった。


「ふぅ~、危ねぇ、危ねぇ」


「私も、危なかった……、です」


「ん? 今何て」


「な、何でもないです!! え、えっと、あの……、あのっ、そ、そうです!! 今日の昼間にですねっ、蒼お兄ちゃんから連絡があって」


「蒼から?」


 あ、危ない危ない!! やっぱり、さっきみたいな触れ合いは御法度だ!!

 キスの余韻でうっとりとしていた顔を両手で叩き、誤魔化しついでに持ち出した強引な話題。

 それは、蒼お兄ちゃんが年内に式を挙げるという話について。

 

「あ~……、そういや、結婚話が難航してるって、時々愚痴ってたなぁ、蒼の奴。ようやく落とせたのか」


「ふふ、そうみたいですね。蒼お兄ちゃんの粘り勝ちで、やっと折れてくれたみたいなんです。で、秋頃にお式を挙げる事が決まったので、一応の報告を」


「ふぅん。あの鬼畜大魔王の嫁、か……。アイツも苦労するなぁ」


 蒼お兄ちゃんの彼女と面識のある征臣さん曰く、まるで生贄のようだと思われているその女性は、私より一つ上の二十九歳。綺麗で深みのあるイラストを手掛ける、イラストレーターさん。

 しっかりとした性格の美人さんで、とっても面倒見の良い女性だ。

 とある縁がきっかけで出会った二人。大切に育まれてきたその関係が、ようやく実を結ぶ。

 

「そういえば……、彼女、言ってましたねぇ。『蒼さんの嫁になったら、負けな気がする!!』って……。あれって、どういう意味なんでしょうか?」


「わかりやすく言うと、俺に追いかけまわされていた頃の、お前の心境だな」


「あ~……、なるほど」


 溜息まじりに言われた例で、すんなりと納得してしまう。

 私も征臣さんに全力で追いまわされていた頃は、捕まったら負け、捕まったら負けと、本気の大逃亡を繰り返していた。……すぐ捕獲されては連行されるの繰り返しだったけど。

 

「やっぱり、彼女さんにしか見せない恋人としての顔っていうのがあるんでしょうか? 私にはとっても優しいんですけど、蒼お兄ちゃん……」


 冷酷な面もあると、三年前に進藤さんの件で目の当たりにしたけれど、基本的には優しい人だ。

 大切な人に酷い事をする、とは思い難いし……。


「う~ん、征臣さんみたいに……、グイグイ迫っちゃったりする、とか? 米俵スタイルで運ばれたり、ガオッ!! って車内で襲われたり」


「迫るってのは正解だが、何で俺を例に出すんだよっ」


「私も大変な目に遭ったからです。両想いになる前は、本当に気疲れが酷かったんですから」


「……悪かった」


「でも、捕獲されて良かったな~、って、そう思ってますよ?」


 征臣さんの腕の中で素直に今の気持ちを口にすれば、後ろで僅かに動揺する気配が伝わってきた。

 私のお腹を撫でているその手が小刻みに触れたかと思えば、ぎゅっと身体を抱き締められる。

 

「必死こいて我慢してんのに……、不意打ちすんな。馬鹿」


「うぅ……っ、じ、自重しますっ。で、でもっ、蒼お兄ちゃんの彼女さんも、私と同じように、結婚して良かったなぁ、幸せだなぁ、って、そう思って貰えたらいいな~と」


「大丈夫に決まってんだろ。あの蒼だぞ? 後悔なんてさせねぇくらい、本気で惚れた女を幸せにするさ。その辺抜かりねぇ奴だからな、蒼は」


 携帯越しに聞いた、蒼お兄ちゃんの声。

 普段通りの穏やかで優しい話し方だったけど、その声音には抑えきれない喜びの気配が滲んでいた。初めて自分の大切な人を鈴城家に連れてきた、あの日のように。

 いや、比べ物にならないくらい、蒼お兄ちゃんの喜びは大きかった。

 わかりやすくはしゃいだり、という事はなかったのだけど、間違いなく、蒼お兄ちゃんは今までの人生の中で一番の喜びを覚えている。

 私が征臣さんとの結婚式を待ち望んで、わくわくとしていた、あの頃のように。

 

「蒼お兄ちゃん、言ってました。必ず彼女を幸せにするんだ、って。その気持ち、彼女さんに伝わってますよね。きっと」

 

「あぁ」


 私には征臣という宝物が、蒼お兄ちゃんには、一緒に愛を育み続けている女性が。

 それぞれが、時の流れと共に確かな幸せを手にしてゆく。

 透先生も今では立派に子供達の面倒を見られるようになっているし、恵太さんと梓さんのところには、二人目の子供が生まれている。

 秋葉家の昴さんは、相変わらずお仕事一筋で忙しい毎日を送っているけれど、最近は気になる女性が出来て面白い事になっている、と、怜さんが言っていた。

 悠希さんは、ソロでの活動と、元々のロックバンドを両立させながら絶大な人気を築き上げている。歌うのは好きだけど、ちょっと忙しすぎる、と、困った顔で笑った悠希さん。

 滅多に会えないけれど、秋葉家の三人とは、一年に何回か鍋屋・勝で顔を合わせている。

 勿論、その間は征臣さんが私の傍から離れず、相変わらずの言い合いを繰り広げていたり……。

 それと、進藤さん……、悠希さんの事を好きだった彼女は、親御さんの勧めもあって、今は海外に留学中だ。悠希さんに拒絶されてしまった事で、心を壊してしまった人……。

 進藤さんは長い療養期間を終え、一年前……、私の許を訪れた。

 傍には親御さんが付き添っていて、申し訳なさそうな、辛そうな顔で、進藤さんは私に頭を下げた。酷い事をしてしまった、と、何度も、何度も、泣きながら……。

 悠希さんの事を好きだという気持ちが抑えきれなくて、歪んでいく自分に疑問すら持たなくて、誰かを傷つけて、それでも、まだ、自分のやっている事を自覚出来なくて……。

 療養中、次第に変化を見せ始めた彼女の心は、その時になってようやく罪の意識を覚えたのだと。

 嗚咽を押し殺しながら話してくれた進藤さんを見つめていた私は、最後にもう一度謝ってくれた彼女を抱き締めた。やっと、やっと彼女は、本来の自分に戻る事が出来たのだと、そう感じたから。

 本当は悠希さんにも謝りたいけど、自分が姿を見せて、また彼を傷付けてしまうといけないからと、進藤さんはそれからすぐに留学してしまい……。

 結局、二人は再会出来ないまま……。お互いの心にしこりを残し続けている。

 だから、二人がいつか顔を合わせて話を出来るように、置き去りにされたその心が晴れるように、私と征臣さんはその機会を用意しようと考えている。

 すぐには無理だけど、いつか、きっと。


「そういえば、次の飲み会に来るんだったよな? お前の友達」


「幸希ちゃんの事ですか? ふふ、そうなんですよ。今回はなんと、旦那様も一緒に来られるそうなんです。事情があって、お式は身内だけで済ませたそうなんですけど、日本で改めてお式を挙げるから、是非出席してほしい、って」


「あの子もようやく、か。良かったな、ほのか」


「はいっ。お式には夫婦二人で参加しましょうね!」


「おう。お前の大切な親友の晴れ舞台だからな。祝儀もバッチリ任せとけ!」


「ふふ、太っ腹ですね」


 大好きな親友の幸希ちゃんが選んだ人。

 前に一度紹介して貰った事があるけれど、とても素敵な男性だった。

 幸希ちゃんの事を気遣う仕草や、心から彼女の事を愛しているのだと主張していた眼差し。

 あの人なら、きっと、ううん、絶対に、幸希ちゃんを幸せにしてくれる。


「そういや、すげぇベタ甘モード全開だったよな……、あの二人。主に、彼氏の方が」


「外国の方ですからね。やっぱり日本とは愛情表現の度合いが違うというか」


「お前もああいうのが良いのか?」


「ん~……、ベタ甘な征臣さんもレアですけど、やっぱり私は、いつも通りの征臣さんが良いです。むしろ、今以上になったら色々と困りそうですしっ」


「そうか……。よしっ、子供が生まれたら、ベタ甘モードな休日作ってやるよ。外国流ってやつでな。楽しみにしてろ」


「ひっ! そ、そんなお気遣いは……っ、ちょっ、征臣さんっ、み、耳っ、耳噛まないでくださいっ」


 訂正!! 征臣さんも十分に外国流のベタ甘さん度大ですよ!!

 耳元で囁かれた低い声音。誘うような響きを含んだその声と、耳をかぷりと口に銜えた征臣さんのせいで、思わず変な声が出てしまう。

 その気になったら不味いとわかっているくせに、この旦那様は何を考えているの!!

 

「あっ」


「どうした?」


「今、この子達がお腹を蹴りましたっ!」


「で?」


「征臣さんに、『ママを困らせてないで、父親らしく理性的でいてください!』って、そう言ってる! ……気がしますっ」


「ほぉ……?」


 お腹をよしよしと撫でながら遠回しに注意をすると、征臣さんが私の手を掴んだ。

 そのまま、優しい手つきで動きを再開させる。


「いいか~? お前達が生まれたら、ママは毎日大忙しになるんだ。つまり、そんなお疲れのママを励まし、癒す役目は……、俺のだよなぁ?」


「ま、征臣さんっ」

 

 征臣さんが同意を求めるように子供達へと話しかければ、またお腹越しに感触が生まれた。

 

「よし。こいつらも『パパの言う通りだ~!!』って言ってくれてるぜ」


「い、言ってませんっ!! 言ってませんよ!!」


「お、今度は反応なしだから、俺の勝ちだな」


 ポンポン、と、征臣さんが満足げにお腹を撫でる。

 もうっ、都合良く解釈しないでほしい! ……私も同じ事をしたけれどっ。

 今年で三十一になる私の旦那様は、年々魅力が増している。

 男らしさも、だけど……、主に、滲み出る色気が強まっているようで、その美しさに磨きがかかっていくばかりだ。もう、ハイスペック美形男子なんて表現じゃ足りないっ。

 恋人同士になって、それから婚約期間を経て夫婦になったけれど、飽きるどころか、心臓に悪すぎるドキドキ感が増えに増えて、色々と困りどころなわけで。

 とにかく、これ以上のレベルアップはいらない! 日本人らしく、硬派でいて下さい征臣さん!

 

「ま、今日はこの辺で見逃してやるか。さて、飯、飯~っと」


 長々といじられるのかな~と、内心でビクビクとしている私に、征臣さんが解放の言葉を告げた。

 そして、何故かお風呂場の方に。


「征臣さん?」


「やっぱ先に風呂入ってくる。飯の支度、頼むな」


「は、はいっ。行ってらっしゃい、ませ……」


 パタン。静かに閉まったお風呂場に続く扉の音を聞きながら、私はようやく答えに辿り着いた。

 

「ま、征臣さん……っ。お、お気遣い、ありがとうございますっ」


 顔を両手に包みながら真っ赤になる自分。

 多分、征臣さんは私と子供達を守る為に引いてくれたのだろう。

 傍にいれば、温もりを感じ合ってしまえば、どうしても先を望んでしまうから。

 ……まぁ、征臣さんが私に対して意地悪な誘惑をしたのが原因だから、自業自得、なのだけど。

 それでも、気遣って貰えていると思うと、嬉しい。

 征臣さんは忍耐強くて、努力家で、思い遣りがあって……。

彼のそんな部分を子供達も受け継いでくれますようにと願う。

 男の子でも、女の子でも、そうであってほしい。


「貴方達のパパは、とても素敵な人なんだよ。早く会いたいでしょう? ふふ、もうすぐだからね」


 予定日は、四月。今から二ヶ月後。

 眠りに就いていた花々や緑が目を覚まし、鳥達と一緒に謳う季節。

 私と征臣さんの二人で暮らしているこのマンションの一室に、新しい家族が増える。

 どうか、無事に生まれてきてくれますように。

 

「ママとパパが、一生懸命貴方達を守っていくからね。貴方達が、それぞれの幸せを掴めるように」


 沢山の可能性を秘めた、愛する命。

 子育てに対する不安はあるけれど、私には頼もしい人達がついている。

 一人では押し潰されてしまいそうな試練も、一緒に乗り越えてくれる人達がいるから。

 だから、大丈夫。私はこの子達と、征臣さんと一緒に、歩いて行く。

 

「ふふ、楽しみだなぁ」


 まだ触れ合う事の出来ない子供達の鼓動を感じていると、また、元気の良い反応が返事をしてくれた。

三年間の長期連載物でしたが、

ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございました!!

余談ではありますが、征臣とほのかの子供の事について少々。


ほのかさんが生む最初の子は、双子の男の子となります。

ママとパパをブンブン振り回してくれる最強のお子様達です(笑)

大人になると、パパ譲りの強引さを発揮して、狩りに勤しむ予定です。←



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