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俺様獅子との猛愛エンゲージ!  作者: 古都助
~第二部・俺様獅子様の出張と婚約パニック!~
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ささやきホーム1

 元の日常に戻ってから二週間ほど……。

 お風呂から上がった私は、征臣さんから『ある連絡』を受けた。

 次の日曜日、蒼お兄ちゃんと一緒に『ささやきホーム』へ来るように、と。

 とても大事な話があって、それを私にも聞いてほしいからと、征臣さんは言っていた。

『ささやきホーム』……、雪島楓というおばあさんが住んでいる場所。

 詳しい説明はなかったけれど、何故だか……、あのおばあさんが関係しているような気がしていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「まぁまぁ、いらっしゃい。今日来てくれるって聞いてから、とても楽しみにしていたのよ~」


「こんにちは、楓さん」


「邪魔するぜ、ばあさん」


 約束の日曜日。事前にホームと楓さんの許可を取っておいた征臣さんが入り口で私と蒼お兄ちゃんを出迎え、目的の場所へと向かった。

 何となく予想していた通り、楓さんの部屋を訪ねた征臣さん。

 あの日出会った縁を大切にしている、というよりは、明確な用件があっての訪問に感じられる。

 征臣さんは楓さんに調子はどうかと尋ね、お土産に持ってきた綺麗な花束とケーキの箱を手渡した。


「なぁ、ばあさん。これからもう一人、俺の、……知り合いが来るんだけどさ」


「はいはい。いいですよ~。こんなに大勢のお客さんは滅多にないからねぇ~。ふふ」


「……絶対に逃げない、知らないふりはしない、そう……、約束してくれるか?」


 楓さんの手に温もりを添えながら、征臣さんは切なげな目をしてそう確認をとった。

 後から来るもう一人の、征臣さんの知り合い……。

 その人と楓さんに、恐らくは……、何か浅からぬ縁がある、という事なのかもしれない。

 その証拠に、楓さんの身体がわかりやすく震えを覚え、……長い年月を経たその瞳が、恐怖のような感情を抱く。


「蒼お兄ちゃん……」


「大丈夫だよ。征臣さんに任せよう。これは……、家族の問題、だからね」


 私とは違い、蒼お兄ちゃんは征臣さんから何もかもを知らされているのだろう。

 征臣さんに促され、私は楓さんの座っているベッドの側に置かれた椅子に腰を下ろした。

 震えている、怯えているといってもいい楓さんの手に、私も温もりを添える。


「ひとつ、聞いてもいいですかね……」


「あぁ……」


「お兄さんの名前は……、何て言うのかね?」


「征臣、……獅雪、征臣だ」


「あぁ……、やっぱり、他人の空似じゃ……、なかったんですね」


 そっと離れていった楓さんの温もりが、征臣さんの顔を両手に包み込む。

 懐かしむように、失った何かを……、愛おしむかのように。

 楓さんの瞳からは大粒の涙が堰を切ったように零れ出し、征臣さんの名前を繰り返す。


「征臣……、あの子の……、息子。私の……」


 その言葉の続きは嗚咽と涙に紛れて聞こえなかったけれど……、私にはわかった。

 何故、征臣さんがもう一度楓さんに会いに来たのか。

 何故、……あの人を、この場所に呼び寄せようとしているのか。

 征臣さんは楓さんの細く小さな身体を両腕に抱き、彼女の震えている背中を優しく撫でてあげている。あれは……、家族に対する、愛情の籠った接し方だ。

 

貴継たかつぐが……、息子が、来るんですね。ここに」


「あぁ、来る。絶対に来いって、何度も念を押しておいたからな。……怖いか? 親父に、自分の息子に会うの」


「……私は、あの子に何もしてやれなかったんです。もっと早くに……、もっと、早くに、夫の言う事を聞いて、仕事を辞めていれば……。あの子はっ」


「親父が来る前に、先に言っとく。アンタがずっと重荷に感じて生きてきた『あの件』は、不幸な事故だったんだ。親父も悪くないし、アンタも悪くない……。けど、その事故を利用してアンタを追い出した俺の祖父じーさんは……、誰よりも、罪深い」


 征臣さんのお祖父さん……。現・会長職に就いている方と聞いているけれど、私はまだ一度も会った事がない。婚約に関する話し合いの席にも顔を出しては下さらなかったし、人柄も……、私には何もわからない。

 

獅雪輝夜しゆきこうや……。征臣のお父さんよりも、さらにやり手の人だって、噂では聞いてるよ」


「蒼お兄ちゃん……」


「今もまぁ現役みたいなものだけど、それよりも前……。若かった頃は、相当に気難しい性格だったみたいでね。猜疑心も強いし、彼に気に入られようと努力しながらも、目を向けては貰えなかった人が多かったらしいよ」


 やれやれと、蒼お兄ちゃんが壁際に背を預けながら溜息を吐いていると、楓さんの部屋に近づいてくる足音が聞こえた。

 徐々にゆっくりと、気が進まないかのように遅くなってゆく足音。

 それは楓さんの部屋に近づいた辺りで止まり、……私達のいる部屋にも沈黙が落ちた。


「迷ってるみたいだね……」


「うん……。そんな気がする」


「はぁ~……、ここまで来て気後れかよ。ばあさん、ちょっと待っててくれ」


「いいんですよ。あの子が……、貴継が私に会いたくないのなら、無理にとは……。それに、私もあの子にどんな顔をして会えばいいのか……」


「死ぬまで、息子に嫌われたままでもいいのかよ?」


 扉へと向かい始めた征臣さんが足を止めて静かに投げかけた言葉に、楓さんが顔を俯けて黙り込む。すぐ近くに、大切な息子さんが、ずっと昔に離れた家族がいるのに……、どちらも、迷いを胸に抱き続けているのが伝わってくる。


「楓さん……、会いましょう? 征臣さんのお父さんを……、いいえ、息子さんの事を、今もまだ、愛しているんでしょう?」


 過去に何があったのか、『子供よりも仕事を優先した果てに離婚された女性』という情報の中に、一体何が隠れているのか……、そんな事よりも。

 私は楓さんに、征臣さんのお父さんに、すれ違ったまま人生を終えてはほしくない。

 

「征臣さん、扉を」


 しっかりと扉の向こうを見据えて声をかけると、征臣さんが無言でそれを横に開いた。

 

「仕事じゃ逃げなしの男が、何やってんだよ」


「逃げてなどいない……。部屋が間違っていないかどうか、確認をしていただけだ」


「確認に何分もかかるのかよ」


 小さく言い合う声が部屋の手前から聞こえてくる。

 その声に楓さんは視線を彷徨わせ……、毛布を手繰り寄せた。

 

「大丈夫ですよ。楓さんの想いは、きっと届きます」


 それに、多分ではあるけれど……、征臣さんのお父さんは、この部屋の主が誰か、自分にとってどんな存在なのか、わかっているのだろう。

 そうでなければ、あの白い壁の向こうから感じた、迷っているかのような気配や物言いに説明がつかない。征臣さんに強制連行で部屋に引き摺り込まれたその顔も、以前に何度か見た事のある冷静で怖い感じのする表情とは違っていて……。

 逃げ場を作らないように、蒼お兄ちゃんが素早く扉の前に陣取った。


「獅雪社長、目の前のご婦人が誰か……、わかっていらっしゃいますよね?」


「……知らん。私は息子から呼び出しを受けてここに来ただけだ」


「五十も過ぎてんのに、知らぬ存ぜぬが通用すると思うなよ? 今アンタの目の前にいるのは、雪島楓。元は、アンタを産んだ実の母親、獅雪楓だ。わかってて逃げるんじゃねぇよ」


 実の親であろうと容赦なし! 今の征臣さんは、獲物を駆り立てる雄々しき獅子そのものだ。

 自分のお父さんの腕を鷲掴み、楓さんの前へと押し出す征臣さん。

 楓さんは……、あぁ、毛布の中に包まって、ビクビクと怯えながら征臣さんのお父さんを窺っている。


「……離せ、征臣」


「断る。いつまでも逃げまくってねぇで、ちゃんと自分の母親と話せよ。いい歳したおっさんが、情けねぇぞ」


「話す事など……、何もない。私の母親は、今も昔も、一人だ」

 

 征臣さんの手を振り払おうとしながら放たれた、拒絶の言葉。

 毛布の中にいる楓さんが、小さく、征臣さんのお父さんの名前を泣きそうな声で呟くのが聞こえる。

 

「無駄な時間だ。私は帰る」


「わかってて来た奴が、無駄な時間とか言うんじゃねぇよ。それと、今日の件は祖父じーさんも許しを出してる。アンタに、貴継に、本当の事を話してもいい、ってな」


「父さんが……? どういう事だ」


 流石に、実のお父さんであり、現会長でもある相手の名前を出されると逆らえないのか……。

 征臣さんのお父さんは目を瞠り、眉を顰めた。

 

「アンタが忘れてる……、遠い昔の記憶を、返してやれ、ってな」


「獅雪社長、貴方は七歳の時に、事故に遭われていますよね? それも、生死に関わる、大きな事故に」


「……事故、あぁ、あの時の事か。よくは覚えていないが……」


「相当に酷い事故だったらしいですからね……。当時子供だった貴方は轢き逃げに遭い、手術も成功するかどうかわからない、そんな状況だったそうです。ですが、貴方は奇跡的に命を取りとめ……、その代償に、とても大切なものを失ってしまった」


 命の代わりに失ったもの……。それが、征臣さんのお父さんを孤独にし、楓さんとの絆を断ち切るきっかけになってしまったのだと、蒼お兄ちゃんは憐れむような目で、そう言った。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――Side 獅雪征臣


 まぁ、忘れてる当人からすれば、意味わかんねぇよな……。

 今までずっと、親父は実母を、父の妻として、母として恥ずべき人間だと思って生きてきた。

 そう思い込んで生きるように……、『嘘』を真実だと捉えて、ずっと。

 僅かながら戸惑っている親父に椅子を勧め、俺も腰を下ろした。

 蒼繋がりで頼った調査会社と、祖父じーさんに会って確かめた事実。

 全ては……、愛する妻を信じ切れず、息子を『嘘』で繋ぎ止めた父親の、哀れな執着心から始まった事だった。


楓祖母かえでばーさんは、結婚する前から小児科医として働いていて、結婚後も、その仕事を続けていたそうだ。勿論、夫であった獅雪輝夜しゆきこうやの許しを得てな」


 そう、確かに俺の祖父さんは、楓祖母さんが外で仕事に励むのを認めていた。

 次期社長夫人としての務めも、医師としての務めも、母としての務めも、楓祖母さんは手抜きなく立派に務めていたそうだ。

 そんな楓祖母さんが勤める総合病院へ、幼かった頃の親父は毎日のように通っていた、とも。

 多くの子供達を救う為に頑張っていた母親を、当時の親父は憧れの対象として尊敬し、一途に慕っていた。自分も将来は、医者になりたいと瞳を輝かせるほどに……。

 

「そんなわけがないだろう……っ。私は、この女のせいで寂しい幼少時代を過ごし、常に犠牲とされてきた存在だった。だからこそ、父さんは私を守る為に離婚を」


「違う。祖父さんはアンタを守る為に離婚したんじゃねぇよ……。事故で都合良く記憶を失ったアンタを手元に置く為に、『嘘』を吹き込んで信じ込ませ、楓祖母さんを追い出したんだ」


「嘘を吐くな。あの父さんが、実の息子を騙すわけがないだろう? あの人は、その女が出て行ってからずっと……、私の事を気にかけてくれていたっ。多忙な仕事があっても私を蔑ろにはせず、ずっと」


「楓祖母さんだけじゃなく、アンタまで奪われたくなかった……。祖父さん、そう言ってたぜ」


 親父の反応は当然のもんだ。

 事故に遭ってから植え付けられた偽りの記憶を真実だと思い込まされ、それを信じて生きてきたんだ。今になって、全部嘘だったと、そう否定されて戸惑わない人間はいない。

 一途な愛に翻弄され、不器用すぎた男を父親に持った親父の、不幸と偽られた過去……。

 だが、俺が口にした事は全部事実だ。それを、毛布を被り込んでいる楓祖母さんも知っている。

 

「……貴継」


「家族でも何でもない相手から名を呼ばれる事は不快だ」


「う~ん、征臣、お前のお父さんは本当に頑固だね~」


「まぁ、仕方ねぇけどな……。親父、とりあえず、落ち着けよ。この件については、祖父さんも楓祖母さんに謝りたいって、そう泣いてたんだ。楓祖母さんの気持ちを信じずに、嫉妬ばかりで凝り固まってた自分が一番悪い、ってな」


 祖父さんは、楓祖母さんの事を本気で愛していた……。

 いや、今もまだ、あの口ぶりじゃ想い続けているんだろうな。

 ちゃんと信じていれば、覚えなくてもいい嫉妬心に翻弄されなければ……、楓祖母さんを失う事もなかった。一途に、信じ続けていれば……。


「祖父さんにはな、楓祖母さんと結婚してからも安心出来ない相手……、ライバルがいたらしいんだよ。そうだよな? 楓祖母さん」


「……はい。私が、もう少し……、輝夜さんの不安な心をわかってあげられていれば……」


「アンタにちゃんと言えば良かったんだよな、祖父さんも……。勝手に嫉妬しまくって、挙句の果てに、自分から心底惚れた女を遠ざけて……、最後には、そのライバルにアンタを掻っ攫われた」


「征臣さん……、それって、まさか」


 俺が言うよりも早く気付いたほのかに頷きを返し、俺はサイドテーブルに並んでいる写真建てのひとつを持ち上げた。

 まだ三十代頃の楓祖母さんと、俺の祖父さんの後に夫の座を得た……、一人の男。

 二人が寄り添い合っている写真はとても仲睦まじく、俺の祖父さんにとっては毒でしかないだろう。

 雪島燈流ゆきしまとおる……。この男の存在が、愛し合って結ばれた二人を壊す最大の要因となってしまった事は確かだが。

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