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俺様獅子との猛愛エンゲージ!  作者: 古都助
~第二部・俺様獅子様の出張と婚約パニック!~
56/71

目的地は遊園地?

「征臣さん、そろそろ詳しい説明が欲しいんですけど……」


「時間的に余裕があるな。途中でコンビニにでも寄るか」


 征臣さんと蒼お兄ちゃんが不気味な笑いと共に予告していた日曜日がやってきた。

 私に対しての嫌がらせをやっていた犯人を懲らしめる目的で何が行われるのか、いまだに全然聞かされていない。

 ただ、朝食を終えてから一時間ほどして迎えに来てくれた征臣さんの車に乗せられて、後部座席には蒼お兄ちゃんが乗り込んでの出発となった。

 どこに向かっているのかも、まだ聞き出せていない。

 蒼お兄ちゃんはニコニコと笑っているだけだし、本当に何が起きるのやら……。

 何を聞いてもまだ教えてくれない二人にはぐらかされながら、車は二十四時間営業のコンビニ駐車場へと入って行く。

 

「さて、色々と買い込んどかないとな。ほのか、行くぞ」


「は、はいっ」


「今日はちょっと色々と忙しくなるからね」


 自動ドアを越えて店内に入ると、店員さんの明るい挨拶の声が聞こえた。

 蒼お兄ちゃんは飲み物のコーナーへ。私はおにぎりやお弁当コーナーに向かう征臣さんに引っ付いて行く事にした。

 鮭、おかか、梅、シーチキン、明太子。買い物カゴにおにぎりの類を入れていく征臣さん。


「ほのか、お前も好きなの入れていいぞ」


「あ、ありがとうございます。じゃあ……、シーチキンを」


 朝食からあまり時間が経っていないのに、カゴの中のおにぎりの数は一体。

 奥の飲み物コーナーで買い物をしている蒼お兄ちゃんのカゴの中もまた、珈琲缶やペットボトルの類が人数分以上入れられている。……多すぎない?


「征臣さん、今日はどこに行くんですか? なんかだんだん不安になってきたんですけど……」


 長身の征臣さんの腕に手を添えてその顔を見上げると、ふう……、と困ったような溜息を吐かれてしまった。


「本当は、な……。俺としては一部気が進まねぇんだが、それで片が着くなら、って、渋々納得したんだよ」


「え?」


「ほのか……。ちょっとお前にも頑張って貰わないといけなくなるが、俺と蒼、それから、秋葉家の次男を信じて、最後まで耐えてくれ」


 征臣さんの空いている左手に肩を抱かれたかと思うと、前髪越しの額にキスを落とされた。

 辛そうに揺らめいた征臣さんの瞳、けれど、その奥には確かな覚悟の光が見える。

 これからどこに行くのか、私がする事は何なのか……、わからないけれど。


「大丈夫です。蒼お兄ちゃんを、悠希さんを、何よりも、――征臣さんを信じます」


「ほのか……」


「大変な事が待っているとしても、征臣さんが大丈夫だって、自分を信じろって言ってくれるなら、なんだって乗り越えられますから」


 ゴトンっと、丁寧に掃除されたコンビニの床に征臣さんが持っていたカゴが落ちる。

 征臣さんの切なげに揺れる眼差しに見つめられながら、頬へと添えられるその右手のぬくもり。

 お互いの姿しか見えていないかのように、徐々に征臣さんの顔が近づいてくる。


「ほのか……」


「征臣さん……」


 吐息が触れ合う程近くに、征臣さんの唇と熱が……。

 今いる場所も忘れて瞼を閉じそうになったその瞬間、征臣さんが何か衝撃を受けたかのように、うっと呻く声が聞こえた。


「征臣、ここ、コンビニだから。俺や他のお客さんも困るし、なにより店員さんが辛いからやめようね?」


「うぅっ……、わ、悪いっ」


 どうやら脇腹に蒼お兄ちゃんの一撃が入ったらしい。

 冷ややかに征臣さんにお説教している蒼お兄ちゃんの目は、全然笑っていなかった。

 私も、コンビニの中である事を忘れて雰囲気に呑まれてしまった事を自覚すると、すぐに顔を真っ赤にしてその場で小さくなってしまう。

 あぁ、私ったら何をしているのっ。す、少ないとはいえ、他のお客さんだっているのに、店員さんにもなんてご迷惑をっ。


「す、すみませんでした……っ」


 ぺこり……。非常に気まずいシーンを演じてしまった私と征臣さんは、それから逃げるように買い物を済ませ、目的地に向かって走り始めたのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「遊園地……?」


 やがて辿り着いたのは、どこまでも広がる冬の海を背にした巨大遊園地の駐車場。

 冬の寒気はあれど、私達の頭上には晴れ渡る空が良い休日の始まりを表している。

 沢山の車で埋め尽くされている駐車場で車を降りると、待ち構えていたかのように近づいてくる人の姿が。あれは……、秋葉家の昴さんと、怜さん?


「おはようございます。あの……、どうしてお二人が?」


「目的地までのガード役をしろと、そこの鈴城の若造に言われた」


「悠希兄さんの所まで無事に送り届けます。その後は、悠希兄さんが上手くやってくれますから安心してください」


 蒼お兄ちゃんの指示で? 車を降りていた蒼お兄ちゃんに視線を向ければ、笑顔で頷かれた。

 私の向かう場所は、どうやら駐車場の先にある遊園地の中らしく、そこで行われる悠希さん絡みのイベントに参加しなければならないという事を聞かされる。


「説明は歩きながらしますので、行きましょう」


「そっちの方も、下手を踏まずにやれ」


 私を促してくれた怜さんが前を歩き始めると、昴さんが征臣さんと蒼お兄ちゃんにそう言葉を残した。ここからは、別行動なんだ……。


「ほのか、大丈夫だ。イベントが終わる頃、また会える」


「征臣さん……、はい」


 離れ離れになってしまうのは心細いけれど、遠くなっていく征臣さんの優しい笑みをじっと見つめながら歩いた後、私はようやく前を向いて心を強く持った。

 

(征臣さん、最後まで……、頑張ります)


 愛する人を信じる強い気持ちを胸に抱いていれば、怖い事も、大変な事も、きっと乗り越えられる。

 


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 遊園地の中にはまだ入らず、私はその敷地の隣に建っているホテルの方へと連れて行かれた。

 正面からではなく、裏口の方からホテル内に入り、あまり人目につかない通路を辿って向かった上の階。エレベーターではなく、階段を使っての移動だったから、ちょっと疲れたけれど……。

 昴さんと怜さんが控えていたホテルマンの男性に声をかけ、ここから先の案内を彼に任せた。


「いいですね? ほのかさん。俺達が教えた通りに、お願いします」


「は、はい」


「再度言っておくが、少々肝を冷やす事が起きる可能性は高い。心して臨んでくれ。鈴城の娘」


「はい。皆さんを信じて、頑張ってきます」


 ホテルマンの人の後に続き、私は静かな通路を進んでいく。

 一番奥の一室の前に辿り着くと、ホテルマンの男性がノックをし、私が来た事を伝えてくれた。

 扉が静かに開かれると、目の前には銀長髪のウィッグを装着した裕希さんの姿が。

 

「案内有難う。ほのか、中に入って」


 悠希さんに頭を下げ、ホテルマンの男性が去って行くと、私は促されるままに中へと入った。

 鍵が閉まる音と、悠希さんが息を吐く微かな気配。

 本当は、悠希さん絡みのイベントが始まる少し前に別の目的地に行く手筈だったらしいのだけど、悠希さんから二人で話したい事があるという事で、こちらに来る事に。

 

「悠希さん、今日は色々とご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします」


「ううん。迷惑をかけていたのは、俺だから……。俺のせいで、ほのかが嫌な思いをした。本当にごめん」


 今回の犯人は、悠希さんの熱狂的なファン。年若い女の子。

 確かに、彼の存在が要となって起こった事ではあるけれど、だからといって、行き過ぎた思いの責任を、悠希さんが感じる必要はないのに……。

 銀長髪がさらりと落ちていくのと一緒に頭を下げてくれた悠希さんに、私は首を横に振ってその顔を上げて貰った。


「彼女は確かに悠希さんのファンかもしれません。貴方の歌を聴いて、音楽の世界で生きる貴方の事を好きになって、その活躍を楽しみにしている一人のファン……。そんな彼女を、ファンの皆さんを大切に思う悠希さんが心を痛める気持ちはわかります。でも、だからといって、彼女のやった事に傷付いたのは、私だけじゃなく悠希さんもでしょう?」


「確かに、ショック、だったけど……。ほのかに怖い思いをさせたファンが、いや、自分の事が、何よりも許せない」


「悠希さんのせいじゃありません。沢山いるファンの子達の全てを把握するなんて、誰にも無理な事なんですから」


 無防備な面も多い人だけど、今回の事は別だと……、私は思っている。

 悠希さんに向けられていた純粋なファン心、それが人を傷つける程に歪んだのは、彼女自身の問題。

 多分、私の事がなくても、彼女は悠希さんの全てを知りたくなっただろうし、ストーカー行為も表面化する可能性があった事は間違いない。

 好きな人の事を知りたいという、女の子の純粋さは可愛いと思うけれど、それで誰かを傷付けて嗤っていられる彼女は……、もう。


(話したい、彼女と……。また酷い言葉をぶつけられる可能性もあるけれど)


 今日の悠希さん絡みのイベント、征臣さんの、『今日で全てに片を着ける』という言葉。

 揃えられている条件が示しているのは、イベントが行われる遊園地の場に、彼女が来る、という事実。


(だから、征臣さんは、私にも頑張って貰わないといけない、って、そう言ったのかもしれない)

 

 加工された音声しか知らない、電話の向こうにいた彼女。

 もしかしたら、……彼女と話が出来るかもしれない。姿も知らない、今回の犯人と。

 悠希さんをソファーに促し隣に座った私は、胸に右手を緩く握り込んで添えると、視線をテーブルの方へと彷徨わせた。

 彼女に会えるかもしれない、期待のような、恐れのような、複雑な感情。

 もし、話せるのなら、顔を見て、互いの思いを交わせるのなら……。

 白いソファーの柔らかな肌触りを左手のひらに感じながら悩んでいると、不意に、温かな感触が私の手の甲を包み込んだ。


「悠希さん……?」


「大丈夫だから……。ほのかは、俺が絶対に、守るから」


 そっと持ち上げられた左手を、悠希さんが自分の頬に押し当てる。

 銀の髪に縁取られた、性別を超えた美しさが……、真剣な眼差しを湛えて。

 

「あ、あの、悠希さんっ、お、お気持ちは嬉しいんですけど、手、手をっ」


「守る……。俺が、絶対に」


「ゆ、悠希さんっ、ちょ、ちょっと!!」


 瞬間、ソファーに押し倒されながら頭の中で響いたのは、征臣さんの怒声。

 無害そうに見えても、男と気軽に二人きりになるな。もう少し警戒心を持て。

 何度もお説教されてきた征臣さんからの絶対注意事項。

 気を付けてはいたつもりだったけど……、まさかのこの流れで何故!?


「俺は、ほのかと一緒にいると、落ち着くし、楽しい……」


「あ、ありがとうございますっ。で、でも、この体勢は」


「ほのかには、あの人がいるから……、必要以上に親しくするのは、駄目だ、って……、言われた、けど。……やっぱり、嫌だ」


 嫌だって、何が!? 子犬みたいに寂しそうな目で見下ろされながら、私は背中に冷や汗を流し続ける。子供みたいに無防備で純粋だった悠希さんが、今初めて……、男の人だと自覚されたかのような。頭の奥である種の警鐘が全開で鳴り響く。


「ほのかと一緒にいたい……。少しの間だけじゃなくて、ずっと、ずっと」


 すり……、と、悠希さんの頬が私の頬に擦り付けられる。

 囁かれる低い音が、徐々に切なさを帯びて……、逃げなきゃ、そう思うのに、身体は突然の事態に対応出来ず、身動きひとつままならない。

 これはもしかしなくても……、最後まで言わせてしまったら、征臣さんからのお説教どころの話じゃないような気がする!!


「ゆ、悠希さんっ、と、とりあえず、どいてください!!」


「俺に触られるの……、嫌?」


「そういう問題じゃなくて!!」


 征臣さんというハイスペックとんでも美形様からお見合いを申し込まれた時も驚いたけれど、今度は天然小悪魔仕様の中世的美形アーティスト様!!

 申し訳ありませんけど、私は征臣さん一人で手一杯なんです!!

 ご本人に聞かれてしまったら、「どういう意味だ?」と、思い切り睨まれそうだけど!!

 とにかく、早く全部言われてしまう前に逃げないと、逃げないと、全力で!!


「ゆ、悠希さんの事は、大切なお友達だと思っています!!」


「……それじゃ、嫌だ。俺は……、ほのかが」


「あ、あの、本当っ、その先は駄目ですから!! ――っ!?」


 完全にパニック状態になっている私の前髪を掻き上げ、悠希さんの唇が額へと押し当てられた。

 まるで、何かの誓いを捧げる人のように、暫くその状態のまま、悠希さんはその温もりを伝え続ける。

 唇を奪われなくて良かったと思うべきなのか、それとも、これも征臣さんからのお説教&お仕置きコース行きなのかと、そんな事を考える事もなく……。

 また目線を合わせてきた悠希さんに意識を囚われたまま……、私は。


「決まってる人がいても、やっぱり、好き、だから。俺も、昴兄さんと同じように、ほのかを、奪いたい」


 争いなどとは無縁そうに見える男性からの、本気の宣言。

 気まぐれでも、勘違いでもなく、私は悠希さんの瞳の奥に自分への想いを自覚させられた。

 

(ま、征臣さん!! 全然大丈夫じゃない事態が起きました~!!)


 そんな内心での叫びが、愛する唯一人の男性に届いたかどうかは……、わからない。

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