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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第3章 アヒルもきれいな白色
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21.テオのバイト

21.テオのバイト



 フリードの誕生日を祝い、わいわいそれで休日を過ごせばまた月曜日。

 起きれば相変わらずフリードは既に部屋からいなくなっていた。

 でも夕べはカエル姿でこの部屋で来たので、別に毎日薬を飲んでいるわけではなさそうだ。


 そんなこんなでダイニングに降りれば、いないと思っていたやつが座っていてたじろいでしまった。


「おはよう、梅ちゃん。一週間ぶりだね」


 先週一週間、乗船調査に出ていたはずのハンスが、テーブルに手を組みながらにっこりと挨拶してきた。

 迂闊だった。

 こいつがいないと思って安心していたのに、いない期間が一週間だったということをすっかり忘れていた。


 ハンスはふっと鼻で笑うと、もう一度にっこり笑って言ってくる。


「おはよう、梅ちゃん。挨拶はどうしたのかな?」


 まるで小学生か幼稚園児に言うような口ぶりで、私の苛立ちを買うのには容易かった。

 しかし、私も私で朝から怒りたくはなかったので自分を抑える。


「ふっふん! で? 調査は上手くいったの?」


 とは言え、素直に挨拶するのもなんだか癪だったので、私は自分の席に向かいつつ顎でハンスに問いかけた。

 それを見て、またもやハンスは鼻で笑う。


「相変わらずだね。調査は全然上手くいかなかったよ。というのも一週間行って、半分くらい波が荒れてたり強風だったりと船が進まなかったからね」


 ハンスは少し眉間にしわを寄せつつ言った。

 どことなく、うんざり、というような感じではあった。

 まぁ、ハンスが難なく上手く調査できた、なんて聞くとやっぱりこいつは苦労を知らない感じがして悔しい感じがするので、まぁいい気味だったんじゃないかと思う。……こんなことを思うなんて、私も私で性格が悪い気がするけれど。


 そんなやりとりをしていると、食卓にみんなが揃い、クリスがキッチンから朝食を運んでくる。

 いつもと変わらぬ朝の光景だ。

 だけど、みんなが食べ始めても珍しく私の右隣の席は空いていた。



 ――テオの席だ。



「テオはまだ起きないの?」


 私は斜め右前に座るアサドに尋ねる。

 アサドの隣にはカリムが眠たげに座っている。朝の弱いカリムですらこうして朝食の席にいるのに、比較的早起きのテオがこの場にいないのはとても不思議だ。


 アサドはいつものように愉快そうに目を細めながら答えてくる。


「テオなら朝方5時に帰ってきたよ。それで部屋に直行したから、今頃爆睡してるんじゃないかな?」

「あぁ、そうなの……って5時!?」


 あまりにもアサドがさらりと言うので頷きかけてしまったが、朝の5時?

 今が7時半前だから、本当につい2時間前に帰ってきたばかりということか。


「うん、俺もさっき下船して帰ってきたばかりだけれど、ここに帰る途中でテオと会って一緒に帰ってきたよ。何やらまた新しいアルバイト始めたみたいだね」


 別に尋ねてないのにハンスが横から言ってくる。

 正直ハンスがいつ帰ってきたかなんて私にはどうでもいい。


 それにしても。

 先週、空の援交を突き止めてから何やら新しいバイトを始めたようだけれど、もしかしてそんな時間までバイトをやっているということなんだろうか。

 っていうか朝方5時に帰ってくるような仕事って、何!?

 もしかして「ホ」の付くいかがわしいバイトなんじゃないだろうか。


「この前の木曜日くらいから始めたみたいで、それから毎日やっているね。でも週末は昼間休めたからいいけれど、確かテオくん、今日朝から研究室の用事があったんじゃなかったかな」


 クリスが時計をちらちら見ながら言う。

 クリスもそうだけれど、そんな朝方までのバイトだなんてテオ、大丈夫なんだろうか。



 ――――ガチャッ。



 そんなことを言っていると、ダイニングの扉が開かれる。

 現れたのはちょうど今話していたテオ本人だ。


「寝坊してすまない。クリス、朝食用意してもらえるか?」

「もちろん構わないけれど、テオくん大丈夫?」

「あぁ、それと濃いコーヒーを淹れてくれたら助かる……」


 テオにお願いされてクリスは急いで席を立ち、キッチンに向かった。

 テオは目頭を揉みつつ私の右隣に腰を下ろす。

 そんな様子を見てカールとアサドがニヤニヤ笑う。


「テオ兄、ねむそー。目が開いてないぞ?」

「う……うむ。2時間も寝ていないからな。しばらくしたら眠気も飛ぶ」

「さーすがは元“王サマ”。寝不足には慣れてるんだね」

「……まぁ、頭使っての寝不足と、体力使っての寝不足はまた違うけどな」


 などと、いつもは二人の悪意ある絡みも「う、うるさい」とか「い、いやそれはその」とかって言い返そうとするくせに、今日はそんな気力もないのか素直に受け答えする。

 朝は割とシャキシャキする方のテオだけれど、全身から「だるいっ」っていうようなオーラが出ていて、カリムよりも眠そうだ。

 というか。


「……体力使うような朝5時までのバイトって何?」


 私は一番気になることを聞いてやった。

 だってさっき言ってたよね?

 もしかして本当に「ホ」の付くバイトなんじゃないか?


「まぁ体力使うというほど使うような仕事でもないが……警備だ」

「警備?」

「そう、二つ隣の駅前にある立体駐車場とかいうやつの警備だ」


 そう言いきると、ちょうどそこでクリスがテオの朝食とコーヒーを運んできて、テオは真っ先にコーヒーを飲む。

 テオのリクエストでだいぶ濃く淹れてもらったブラックコーヒーを飲んで、テオはカッと目を開く。

 どうやらそれで目が覚めたようだ。


「なんだ、駐車場警備ね。それなら納得」


 私は自分の予想が外れてほっと一息吐く。

 別に深夜の駐車場警備も安全というわけではないけれど、「ホ」の付くバイトよりは健全だ。


「しかし、同じアルバイトでしたら、そんな一兵士でも出来そうな仕事ではなく、“ホスト”というありとあらゆる女性を口説くお仕事の方がよいのではないですか? テオデリック殿は、見てくれだけは、よろしいのですから」


 おいいいいいいいっ!!

 今まで黙ってお茶をすすってただけだったというのに、どうしてこういうときに横から口を出してくるんだ、この側近は!!

 無駄に「見てくれだけは」の「だけは」の部分をやたらと強調させて!!


 その隣のフリードがハインさんに白い目をよこすが、本人は何食わぬ顔でモーニングティーに口を付ける。

 しかしすぐに「あ」と言って、カップから口を離す。


「あぁでも、あなたは女性を口説くのが下手でしたね」


 とにっこり笑顔でテオに言う。

 それを聞いてアサドとカールがげらげら笑い、カリムとクリスが苦笑いを浮かべる。フリードは呆れ顔でハンスは我関せずと言った様子だ。

 まったく、相変わらず誰に対しても失礼な側近だが、ことテオに関しては失礼度が高い気がする。というのも、テオが王位を剥奪されたからなのだろうか。


「……ハインが何を言っているのかよく分からないが、まぁそういうことだ」

「そういうことってどういうことよ」


 唯一この場で「ホスト」ネタを分かっていないテオが、よく分からないままにこの場をまとめようとする。しかしまったくまとめられてないので問い返す。


「俺、前から一つアルバイトしているだろう? それに加えて新しいのを始めるとなると、働ける時間が深夜くらいしかなくてだな……」


 ということは、テオはコールセンターのバイトをやりつつ、深夜は駐車場の警備?

 この現状で空の力になりたいという気持ちは伝わるけれど、こんな生活無茶だ。


「でも昼間は学校でしょ? 身体壊すよ?」


 私がそう言うと、テオはにっと頼もしげな顔を向けてくる。


「俺は案外丈夫に出来てるんだ。さっきも言ってたが、こんな生活、王のときもしていたからな」


 と、自分の胸をどんと叩いて返してきた。

 やたらとそれが自信満々で頼もしげだったので、私は不安になりつつまぁ本人が言うなら大丈夫かなと思う。


 だけどそんな安心も、5分しか続かなかった。



「ふぁあああ……」



 朝食を食べながらテオが大きくあくびする。

 コーヒーで目を覚ましたとはいえ、やっぱり完全に睡魔を飛ばしたわけではないらしい。

 というか、かなり睡魔が強いようで、食べるスピードがいつもよりもだいぶ遅い。


「なんか俺、自分より眠そうにしているヤツ見てたら、目が覚めてきた」


 などと、テオがやってくるまで眠そうにしていたカリムが、しみじみと言った。

 見ればさっきよりも顔がシャキシャキしている。


「テオ、やっぱり眠いならもう少し休めば? 別に今日は1コマ目があるわけでもないんでしょ?」

「いや、そういうわけにもいかない。今日は9時から教授と面談があるからな……」


 テオは左手をテーブルの上で握りながら言った。

 本当に全身で眠そうにしているけれど、テオはちらと私の方に視線を向ける。


「その後、特に用事もないからコールセンターのアルバイトまで休むつもりだ。だから梅乃が心配する必要はないぞ」


 再びニカッと笑ってそう言ってきた。



「ま、本人がそれでいいならいいんじゃないの?」



 そんなテオを見ながらアサドが相変わらずの表情でそんな他人事のようなことを言う。

 それを受けてテオはうんうんと頷くけれど……。



 本当にこの人、大丈夫なんだろうか。





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