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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第3章 アヒルもきれいな白色
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18.空の事情

18.空の事情



 それから3時間以上が経ち、もはや現在夜9時。

 夜も更けてきた。


 それでも空が出てくる気配はいっこうにない。



「……なかなか出てこないね」



 私はホテルのエントランスを見ながらぽつりと言った。

 テオはちらりと横目で私を見ると、それまでよりも唇を強く引き結んで視線を元に戻した。


 空がビジネスホテルに入っていったあと、私たちは大きな車通りを隔てた向かい側にあるファーストフードで空が出てくるのを見張っていた。

 しかし、まったく出てこないのを考えると、もはや今日はお泊まりだから出てこないんじゃないかと詮索してしまう。


 それはつまり――。


 そんなことを考えていると、隣からため息が聞こえてきた。

 もう一度そちらに視線をやれば、テオはテーブルに頬杖をつき眉間にしわを寄せながらホテルのエントランスを眺めていた。



「お前は憶測で物事を判断するのか?」



 そしてあまり大きくはない声で、そう尋ねてきた。

 テオは息を軽く吸って言葉を続ける。


「俺はまだ、“エンコウ”について、いまいちちゃんと理解できていないが、それは今朝の授業でお前の後輩が根拠もなく言っていたことだろう? どうしてそれを疑える?」


 そこまで言うと、テオは顔を私の方に向ける。

 テオの灰色の瞳は、冷たく私を映していた。

 そんな目を向けられているとは思っていなくて、私は息を飲む。


「で……っでも、昨日だって私、オケの団員から聞いたんだよ? 今日はビジネスホテルだけれど、この前はラブホだったとか……」

「ラブホ? ラブホとは何だ」

「えーっと、それはその……」


 空のことを気にかけているテオには黙っておこうと思っていたのに、噂の信憑性を伝えようと、つい口が滑って昨日のオケの話をしてしまった。

 話せば話すほどにテオが空を気にかけるのは分かっていたことなのに。


 テオはまた一つ鼻でため息を吐くと、視線を元に戻す。


「ふん、それだって噂に過ぎないじゃないか。そいつらは中の様子まで見たのか?」


 テオはあまり感情を込めずに言った。


 確かにテオの言うことはごもっともだ。

 たまたまラブホ街などに居合わせたオケの団員たちが憶測で言っただけの噂だ。

 だけど、そういうところにサラリーマン風なおじさんたちと一緒に入っていったら、誰しもそう誤解する。

 私も信じがたかったけれど、それは本当なんじゃないかと結構思ってしまったくらいだ。


 私だって空のこと信じたいけれど信じがたい。


 そんなもやもやを抱えたまま何も言えずにいると、テオが息を吸うのが聞こえた。


「……まぁ、梅乃の気持ちも理解は出来る。だが――」


 テオはそこで言葉を切ると、少し目を細めて続きを紡いだ。



「俺は自分の目で見たこと、耳で聞いたことしか信じないと決めたんだ。だから、俺はソラの口から直接聞く。そしてそれが本当なら止めてやる」



 テオは目力を強くしてそう言った。

 声量自体はあまり大きくないのに、声にも強さが伴っている。


 そんなテオを見て、私はぼんやりと初めてテオと会ったときに言われた言葉を思い出す。



 「愛は言葉の壁を越えられるか」と聞かれたことを。



 もともとは「白鳥の王子」に出てくる王様だったテオは、スワン領で妻だったエリサ姫にひどいことをしてしまったという過去がある。

 というのも、白鳥の呪いをかけられた兄王子たちを救うため、一言も話さずにいら草の編み物をしていたエリサ姫を、他の大臣たちの言うとおり魔女だと思いこんでしまって火焙りにかけようとしてしまったのだ。


 言葉がないから愛する妻を信じ切れず、死なせようとしてしまった自分を、こっちの世界に来たときにはひどく悔いていた。

 そしてそんな自分を変えたいとも言っていた。



 さっきのテオの発言は、そんな自分を変えようとしてのことなのだろう。

 人の言うことではなく、自分の信じるものを信じ抜くという。



 それははっきりとしたテオの揺るぎない意志だった。





「ん? おい、あそこから誰か出てきたぞ」


 ふとテオが言う。

 私もその言葉につられて同じ方向を向く。



 ビジネスホテルのエントランスから出てきたのは、空と黒スーツの髪の毛の薄そうなおじさんだった。



「出てきたね!」

「よし行くぞ」


 テオはテーブルの端に投げ出していた鞄をつかむと、待機していたときに飲み食いしていたプレートをそのままにして勢いよくお店を出て行った。

 私も急いでプレートを片付けてテオの後を追った。







「――ソラ!」



 大きな車通りを渡りきると、テオは大声で空を呼んだ。

 ちょうどホテルの下でおじさんと別れたばかりの空は、呼ばれた方向を振り向く。


 そして、驚愕に目を大きくした。


「テオさんに……梅乃。何でここに……」


 今の状況を見られたからか、それともテオに見られたからか、空は眉を歪めながら一歩下がる。

 これ以上踏み込むなと言っているかのようだ。


 しかし、構わずテオは空に詰め寄る。


「ソラ、あの男とここで、何をしていたんだ?」


 テオはゆっくり空に問いかける。

 それに対し、空は困惑した様子で、テオが一歩詰め寄るごとに一歩後ずさる。

 そしてちらりと私に視線を投げかけてきた。

 私はその瞳を見据えて尋ねる。



「……ねぇ、空。なんか空が援交してるって噂がたってるんだけど、まさかそんなこと――」

「――あっ兄を救うためだったの、仕方ないじゃない!」



 しかし、最後まで質問を紡ぐ前に空がそれを結構大きな声で遮った。

 そして、はっと目を見開き、口を塞いだ。


「……お兄さん? お兄さんがどうかしたの?」


 私はテオの後ろから空に近づきながら確認するように聞く。

 空はまたもや一歩下がるが、睨むように私とテオを見比べると、目を瞑る。

 そうして5秒か10秒ほど目を瞑ったあと、それまでの困惑の色をすっかり隠し、観念というようにため息を吐いた。


「はぁ、梅乃のお節介焼きは高校の時から変わってないのね」

「なっ――」

「それに、そんなに付き合いも深くないテオさんにこんなこと話すのもどうかと思うけど――」


 空はそこで一旦言葉を切ってもう一度私たちを見やると、さらに一つため息を吐いていった。



「分かった、話すからとりあえず移動しましょう」





 そうして移動してきたところはさっきのファーストフードだった。

 時間ももう22時過ぎになり、ちょうど客足も減ってきたのでゆっくり話せることだろう。


 私とテオが見守る中、空はコーヒーを一口飲んでから話し始める。



「私の兄――7つ年上の兄がいて、私が高校卒業するくらいに従兄と一緒に会社を立ち上げたの」


 空はしっかりとした声のトーンで話してくれる。

 だけど視線は少し俯きがちで、遠くを見ているようだ。


「同じ時期、母を亡くして面倒見てくれていた叔父が結構な資産家で、最初はその叔父の援助があったから兄の会社も軌道に乗っていたの。起業一年で成長するくらいに」


 そこで一旦言葉を切ると、「だけど」と空は続ける。


「だけど2年目になってから同じような会社があちこちで立ち上がって、一筋縄ではいかなくなったの。そのとき兄とは別で住んでたから直接様子を知っていた分けじゃないけれど、夜も寝ずに仕事に明け暮れてたって従兄が言ってたわ」


 と、空は苦々しそうに眉間にしわを寄せて目を瞑った。

 そして一つ息を吐くと、ため息混じりにさらに続ける。


「そんな生活をしていたから、途中で兄は倒れてしまったの。一旦は回復もしたみたいだけれど、よく体長崩すようになったらしくて。会社の方は一応従兄が切り盛りしていたんだけれど、社長の兄がそんな状態だったから、会社側が少し赤字になってしまって……」


 そこまで言うと、空は視線を横に流して何とも言えないような顔をした。



 早い時期にお父さんもお母さんも亡くしてしまった空にとって、お兄さんはたったひとりの家族だ。そんなお兄さんが経営が傾いきながらもあくせく働いているのを見て、どうにかしたいと思ったのだろう。

 この子は昔から多くは語ってくれなかったけれど、そういうところはしっかりしていた。



 空はまた一つ息を吐くと、視線を私たちに戻した。


「だからお願い、よくないことだとは思うけど、ここは私を見逃し――」

 ――がばっ。

「!?」


 空が最後まで言い切る前に、それまで黙って聞いていたテオが勢いよく空の手を取った。

 それがあまりに凄まじかったので、私も空も身を引いてしまう。


「……て、テオ?」


 私は首を横に向けてテオの様子をうかがった。

 そして――引いた。


「ソラ……お前って……いいやつなんだな!!」

「え……?」

「兄想いないいやつじゃないか! 自分の身を削ってまでも兄を支えようとする。優しいことじゃないか!」


 と、どうやら今の空の話に感動したらしいテオは、今にも泣き出しそうな顔でうんうんと頷いている。

 っていうか、なんだか妙にずれている気がするんだが。


「しかしな、方法は誤ってはいけない。何もなかろうとこんなホテルのような密室にオヤジと一緒に過ごすなど、不名誉な噂が流れるばかりだ。それ以前に俺はお前にそんなことをしてほしくない。要するに、金が必要なんだよな? そういうことだろう?」


 テオは妙に真剣な顔でそこまで言い切る。

 これには空も気圧され気味だ。


 テオの質問に空が首だけで頷くと、テオはにかって頼もしげに笑った。




「俺がその金用意する!」




「えっ」

「はぁぁぁぁあああ!?」


 え、いや、え?

 ていうかそういうことなの? 何でそんなことになるの!?

 それはあまりに思いつきじゃないの――!?


 これには空も顔をしかめて驚いてる。

 いきなりの急展開に頭が追いついていないようだ。


「いや、あの、そんなのテオさんが関わることでもないし、そもそもお金だって金額が……」


 しかし、テオは空の前に手をかざして首を横に振った。


「確かに俺の今の稼ぎは微力だ。お前に比べれば相当低いだろう」

「そもそもお金の使い方すらなってないじゃん」

「うるさい、お前は黙ってろ梅乃」


 うわあ、ひっどい。

 事実を言ったまでなのに、口を挟んだらぴしゃりと言い放たれてしまった。


 テオはそんな私には構わず、少し空の方に身を乗り出す。



「だが、そんな俺の微力でも力になれるのならお前の役に立ちたい」



 あまりのテオの迫力に、空は非常に困惑していた。

 だけど、テオがとても真剣な瞳をしていたからだろうか、その瞳に空の瞳が苦々しくも揺れているような気がした。



 っていうか、いやいやいや。

 なんかずれてる気がするんだけれど、この展開は合っているのか!?






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