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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第3章 アヒルもきれいな白色
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16.うわさとスマホ

お待たせしました!

16.うわさとスマホ



 そんな噂を聞いてもにわかには信じがたく、それよりも今季初の強化練だというのにいきなり鬼な練習だったため、そんなことを考える余裕もなくなってしまった。



 そして更に翌日、火曜日。

 いつものように1限目は『バレエ芸術に楽しむ』なので、テオと一緒に早々に家を出発する。

 そういえばテオが空を認識してからというもの、やたらとテオが嬉しそうにしながら早く学校に行きたがるので、ここ最近、火曜日の朝はいつもよりも更に早く家を出ている。


 まったく、相変わらずどこの恋する乙女かと言ってやりたいくらいだ。

 これがかつては一国の王様だったというのは、今のテオだけを見ているとにわかに信じがたいことだろうな。


 しかし、どうにも聞いた話が頭をこびりついて離れない。

 あり得なくないからだ。

 これは空をじっくり観察してみるしかないな。



 いつもの如く授業開始30分前に講義室に来てみれば、ちらほらと既に来ている学生たちの中に、その中にいるはずのないオケの後輩女子の姿があった。

 その子は私に気がつくと、私とテオの後ろの列に移動してきた。


「佐倉さん、おはようございます~。いつもこんなに早いんですね」


 と、あくび混じりで挨拶してくる。


「おはよう。ていうかこの授業とってたんだね。知らなかった」

「はい~そうなんです。いつもは授業が半分過ぎたくらいにこっそり後ろから入ってたんですけど~そんなことしてたらカレシに怒られちゃって」


 そう髪の毛をいじりながら言う。なんだかやたらと「彼氏」の部分を強調されたように聞こえたが、まぁそこには触れないでおこう。


「そう、ていうか佐倉さん、いつもイケメンな留学生さんと一緒だなって思って見てたんですよー! 実はカレシさんなんですか?」


 すると突然、身を乗り出し、そんなことを聞いてくる。

 とても興味津々って感じに目を輝かせている。

 これにはテオも戸惑ったようで若干顔を引きつらせるが。


「テオデリック・ニールセン、経済学部の4年生だ。梅乃の恋人ではないが、梅乃にはお世話になっている」


 と、王様時代に身につけたであろうとても見目麗しい外向けの笑顔で軽く自己紹介した。

 どんなに中身がヒモ男っぽくて乙女であろうと、やっぱり顔だけはかなりいいので、これには当然後輩は赤くさせられる。

 ついでに私も「お世話になっている」なんて今更言葉に出されるとは思っていなかったので、むず痒くて照れくさくなる。


「そうなんですね。あ、じゃああれなのかな? いつも一緒にいるもう一人の方と付き合ってるとか?」


 その子は嬉しそうに小首を傾げながら尋ねてくる。


「あぁ、空のこと?」

「そうそう、あの3階のバレエの人」

「――!」


 すると、その質問をようやく理解したのか、テオがびくっと肩を揺らした。ちらりと横目で見てやれば、若干顔が赤い気がしないでもない。


 だからお前は乙女かっ。



 しかし、この後の後輩の言葉に私はヒヤッとさせられる。



「あれ? でもあの人ってそういえば、援交してるとか――」

「あーわーわーわー!」


 テオの前でいきなりとんでもないことを言い出したので、私は慌ててその口を塞ぐ。

 しかし、時は既に遅かったようだ。



「――エンコウ? 何だそれは」



 しっかり聞き逃さなかったテオは、その言葉の意味を私に尋ねてくる。

 そりゃ当然か、「援交」なんてワード、おとぎの国にはないだろう。


「あー……あ、友達来たのであたしあっちに行きますね~。それじゃあまた~」


 さすがにこれは失言だと思ったのだろう後輩は、友達が来たことをいいことに上手いことこの場を離れていく。なんて薄情な後輩なんだろうか。



 そして後輩が去っていった後も、まだテオは私に視線を向けてくる。


「なぁ梅乃、エンコウって何なんだ? さっきのお前の様子からすればあんまりいい意味じゃなさそうだが、それとソラがどう関係している?」


 などと、それはそれはテオにしては非常に察しのいい質問をしてくる。

 おまけに目力を強くして尋ねてくるので、私は何も悪くないのにヘビに睨まれたカエル状態になってしまった。


「い、いや、まぁあんまりいい意味じゃないんだけれど……」


 どう説明したもんかと頭をひねる。

 そもそも噂でしかないのに、そんな根拠のない言葉の意味をテオに教えていいものだろうか。


 説明に困っていると、テオは少し眉間にしわを寄せて一つ息を吐く。


「何だ、梅乃の口からは言いづらいことなのか? それはソラに聞いたら分かるのか?」

「え、いや! それはだめ! 絶対聞いちゃだめ!」


 テオなりに私に気を利かせてくれたのだろうが、一番やってはいけないことを言い出したので、思わず私はそれを止める。


 が、それがかえってよくなかった。


「それほどよくないことなのか? それはソラがよくないことに巻き込まれているということなのか……?」


 テオは更に不可解そうな、納得のいかない顔をする。

 空にすっかり恋してしまったテオだ。空に不審な噂があると知れば、それをどうにかしたいと思ってしまうのだろうな。

 この人もまた、正義感が強いし。



 と、ちょうどそんな話をしているところで前の扉から空が入ってきた。


「いい? さっきの話は空の前では一切しちゃだめだからね」


 私は小声で素早くテオに言う。

 テオは何も言わずにちらりと私の方を見たが、まぁきっとその辺は上手くやってくれるだろう。

 実際空が私たちのところまで来ると、テオはさっきまでの不審顔をちゃんと隠して空と接していた。


 そうして程なくして先生がやってきたため、とりあえずこの話は無事に食い止めることが出来た。



 講義中、「援交」の意味をどうやってテオに説明しようかをずっと考えていたので、バレエの内容なんかちっとも頭に入らなかったけれど。







 90分の講義が終わると、この後はラウンジに直行し、その後食堂で昼食をとるというのがもはやパターン化されている。


 しかし今日はいつもと違った。

 というのも、毎回断られるというのに今日もテオが空を昼食に誘ったら、今日は珍しく空がそれに乗った。

 どうやら今日は用事がないみたい。



 そして今、11時。

 お昼としては少し早めだが、私たちは食堂で昼食を摂ることにする。


「くすくす、テオさんがお弁当っていうのも意外だったけど、そのお弁当箱も意外です。可愛い」


 三人のご飯が揃っていただきますをすると、空が一番にそう言った。


「そ……それにはあまり触れないでくれ……」


 これにはテオも少し気恥ずかしくなったようだ。


 テオがまだバイトを始めていなかったときに、食費の出費を抑えるためクリスにお弁当を作るようお願いしたみたいだが、それは現在も進行中である。

 それだけならまだよくある話なのだが、問題はお弁当箱だ。おそらくクリスの趣味なのだろう、テオが持たされるお弁当箱とそれを包むランチョンマットは、クリスがいつも着ているクマ柄のエプロンと同じく、大きなクマが描かれている。しかし、当初はそれでぶーぶー言っていたテオも素直にそれを受け取っているので、もうそういう状況を受け入れているとしか思えない。


 ちなみに私と空はお弁当じゃない。

 端から見ると弁当男子と学食ご飯で済ます女子二人という、とてもミスマッチな光景に違いない。



 しかし、つっこみどころはそれだけではなかった。


「――!」

「あはは、可愛い」

「…………」


 テオがお弁当箱の蓋を開ければ、色とりどりのご飯とおかずがクマの形を作っていた。いわゆるキャラ弁てやつだろう。

 こんな中身は私も初めて見た。そして好きな人にそれを見られているテオに同情してしまった。

 お弁当箱の端っこに収まっているランプ型のウインナーを見る限り、これはきっとアサドの仕業に違いない。


「テオさんて案外家庭的なんですね」


 空がくすりと笑いながらテオに言う。なんだか今日の空は楽しそうだ。

 それに対しテオがばつが悪そうに頬を掻くが。


「い……いや、これは俺が作ったんじゃなくて……その同じ下宿の友人が……」


 なんて少し小声になりながら言う。



 ていうか、なんかこの二人、前より仲良くなっている気がする。

 少なくとも先週の火曜日はまだよそよそしさしかなかったが、いつの間にかそれがだいぶ薄れているような感じだ。

 やっぱりこの前の読み通り、学祭で何かあったのかもしれない。



 私は内心にやにやしながら二人のやりとりを眺めた。



「でもいいですね、そうやってお弁当を作ってくれるようなご友人がいて。誰かが作ってくれるご飯って、それだけで美味しいですよね」


 空がテオのお弁当を眺めながらしみじみとそう言う。

 そこには多少なりとも羨望とか憧れとかが含まれているように聞こえた。

 もともと母子家庭だった空の家だけど、高校卒業間際にお母さんを亡くしている。きっとお母さんの手料理が恋しいのだろう。


「でも空も今、従兄の家なんだよね? 叔母さんとかに頼めないの?」


 私は思ったことをそのまま口にする。大学に入ってから空の家の事情はたまにしか聞かないのであんまり分からないけれど、従兄の家ではそれなりに良くしてくれていたはずだ。お弁当くらい頼めそうなものなのに。


「あぁ、従兄の家って言っても、叔父さん叔母さんの住む家じゃなくて、今は従兄のアパートに一緒に住んでるの。従兄もろくにご飯作れないから私が作るしかなくて」


 と、空はため息混じりにそう言う。


 そこで私は「ん?」と思った。

 思えば空のこれまでを考えれば、空が援交しているのが本当だとしても、その境遇は理解できなくない。

 しかし、従兄の叔父さん叔母さんの住む家ならまだよくありそうな話だが、果たして従兄と二人暮らしで援交なんて出来るのだろうか。



 私が一人でそんな思考に陥っていると、向かいに座っているテオが頼もしそうな目つきを空に向けていた。


「じゃあそれなら俺が友人にお願いして、ソラの分の弁当も持ってきてやるぞ」


 なんて、テオは勢いよく言う。

 これには私も空もいきなり何を言うか、という状態だが。


「そ、それはさすがに……」

「いや、遠慮しなくていいぞ。何せその友人はとても器用で良いヤツだからな。たまに困った性質もあるがな」


 と、テオは任せろと言わんばかりのいい笑顔を浮かべた。

 いや、さすがにこれは空も困るだろう。まったく突然強引で訳の分からないことを言い出すやつだな。


 しかし、そんなテオがおかしかったのか、空は困った顔を見せるものの、くすくすと笑う。


「その気持ちはとても嬉しいんですけどね、でもやっぱり――」


 空がそう言いかけたときだった。



 ――――ブーブーブーブーッ。 



 どこからか、バイブ音が聞こえてきた。

 以前にも似たようなことがあったが、今回も音が空のバッグからだ。


 それまで楽しそうに話していた空はそれに気がつくと、やれやれといった様子で鞄からスマホを取り出す。

 どことなくその「やれやれ」に「うんざり」が混じったような気がした。

 そして空は画面を確認すると、小さくため息を吐いてそれを鞄にしまった。


「……また、用事か?」


 テオが空の顔を覗き込むようにして伺う。

 いつもならここで退散しているだろう。


 しかし、空はその場を動くわけでもなかった。

 ため息混じりにテオに返す。


「そうなんですけど、でもちゃんと食べ終わってからでいいので」

「なんだ、そんなものなのか」

「はい」


 そうしてまた食事を再開した。

 だけど、あんまり表には出さないけれど、空の様子がそれまでと違ってどことなく苛立ちを覚えているような気がして、それに私は内心首を傾げていた。



 さっきちらっと見えたスマホの画面。

 そこにはでかでかと「羽山司はやまつかさ」の文字が並んでいた。確か従兄の名前がそんなだったような気がする。

 そしておそらくあれはメールじゃなく着信だったはずだ。


 なのに電話に出るでもなく無視しているような感じだった。


 実は従兄との関係があまりよろしくないとか?

 だから援交ってこと?





アサドのクマ弁ですが、ヤツは魔法の鏡でテオが空とご飯を食べることを知っていたのです(・ω・)ノ

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