14.大学祭2日目その2(テオデリック)
学祭続き
テオ視点です!
ちょっと長いかもです><
14.大学祭2日目その2
普段とは打って変わって多くの人が行き交うキャンパスの大通り沿いにある花壇に、よく見知った金髪の男が手に白い椀状のものを持って座っていた。
その周りには、ひらひらした明るい色の服に髪を頭のてっぺんで団子にしていたりくるくると巻いた、まぁ要するにきれいに着飾った女が何人かそいつを囲んでいる。だが可哀想なことに、女が苦手なそいつに無慈悲に断られたのだろう。みな肩を落としてその場を離れていく。
「よぉ、相変わらずモテる男は辛いな」
俺は人混みをかき分けてそいつの元に行き、茶化してやる。
するとそいつは顔を上げてちらりと俺を一瞥すると、あからさまに胡散臭そうに顔をしかめた。
「……ふん、ドイツ語話したら勝手にどっか行ってっただけだけどね」
「はは、手厳しいな」
相変わらず仏頂面した野郎だ。
俺もここに来るまでに同じような状況に遭っていたが、俺は愛想よくやんわりと断りを入れてきたため、それほど彼女たちを不快にさせることはなかっただろう。それに引き替えこいつと来たら、この国ではよく分からない言語を話された上にその顔じゃあ、彼女たちも去って行くに違いない。
「というかフリード、お前店番じゃなかったのか?」
フリードやカールなどの3年生以下の留学生は国際交流団体の方で店をいくつか出すらしく、フリードは不精不精ながらもそれに参加していたはずだ。
「今は休憩中。まぁ店番と言ってもメンバーの中で僕が一番日本語分かるから、ほとんどその通訳みたいなものだったし」
「それ出てきていいのか?」
「まぁ大丈夫じゃない? あぁ、僕はそこのフランクフルトのテントだから。“International Association”ってそこから帯っていうか布が引っ張ってあるでしょ? そこからこっち側は留学生の店らしいよ」
そうフリードが指差す方を見れば、大通りの脇にある柱と柱から“International Association”と書かれた布が確かに引っ張られてあった。そしてフリードの言うとおり、そこを境に店の雰囲気もだいぶ変わっていた。
「それにしてもフランクフルトって、在校生の店でも普通に出していたぞ」
「それを僕に言われても。他の欧風料理を出したかったらしいけど、お手軽に出せるものが他に思いつかなかったんだってさ」
「なるほどな。それでお前のそれはカレーか?」
「うん。そこで出してるタイカレー。少し辛いけどおいしいよ」
そう言って再びフリードが示す方を見れば、フリードの店の隣に日本人よりも少し顔が濃い留学生たちがタイカレーを売っていた。結構人が集まっているのを見れば、それなりに人気があるところなのだろうと察しが付く。
その他にも中国人たちが出している麻婆豆腐とか、アサドたちのようなアラブ人が出しているケバブなど、国際交流の出し物は在校生たちのメニューに比べると独特だ。
「あ、テオとフリード両方揃ってる」
「こんなに楽しい日なのに、カエル君もテオも寂しい二人だね」
どこからかよく知った声が聞こえてきたかと思えば、すぐにからかいを含んだ声が聞こえてきた。見れば案の定、梅乃とアサドが並んでやって来た。その後ろからまるで付き人のようにカリムがやって来た。相変わらずオマケみたいな男だ。
「アサド、いちいち一言多いよ」
「よお、お前らも来ていたのか。何持っているんだそれ」
梅乃とアサドの手には黄色い生地に巻かれた食べ物が握られていた。梅乃の方はクリーム状のものが、アサドの方はサラダのようなものが中に詰まっている。同じようなのを持っている人たちは何人か見たが、実際それが何かを俺は理解していない。
そう思って聞いてみるが、何故か梅乃とカリムがため息を吐いた。アサドは何故か一人ニヤニヤしているが。
「まぁこれクレープって言うんだよ。私が見た中では5軒くらいはあったよ」
「そうそう。卵の生地でクリームやら果物やらを巻いたお菓子らしいよ」
そう言ってアサドは自分の手元にあるクレープというものを頬張る。たった今、菓子と表現していたのに、半分くらい食べられたそれはどう見ても菓子には見えなかった。
「それで? あんたとカリムがため息吐くってことは、アサドがどこかで何かしたってわけ?」
タイカレーを口に含みながら、差して興味もなさそうにフリードが尋ねる。どことなくアサドを見る目が胡散臭そうだ。
「ひどいなあカエル君。ちょっとしたいたずら心がうずいただけだよ」
と、対するアサドは瞳を細めてクスクス笑う。
「お前のいたずらはタチが悪い」
「ホントだよー。少なくとも友達の前では恥ずかしすぎるっ」
しかし現場を見ていたらしい梅乃とカリムがそれを窘める。
なるほど、アサドが梅乃の友人の前で何かをやらかしてきたらしい。こいつはいざとなるとものすごく頼りになる魔神だというのに、普段はものすごく下らないし侮れないから一緒にいる方も大変だな。
「なぁ、それにしてもあれは何なんだ?」
ふと気になったのか、カリムがフリードたちの店の向かいにある屋台を指差して尋ねてきた。実は俺もそれが気になっていたのだが、聞きそびれていた。
カリムが指差した方角を見て、昨日からそれを知っていたフリードと初めてそれに気がついたらしい梅乃があからさまに呆れた顔をし、アサドが愉快そうに笑い出した。
「“CAFE Frosch in Liebe 出張店”……? あの人、お店出すとは聞いていたけど、まさかここで出してるとは……」
「全くだよ、店番しているとき度々目が合ってかなり鬱陶しいんだけど。しかも何なんだよ、あの店の名前」
梅乃が店名を読み上げると、ぶつくさとフリードが愚痴をこぼした。
そこにはハインリヒのカフェの出張店があり、実際のカフェのメニューであろうケーキを何種類か売っていた。それがとても好評なのか多くの客を寄せており、向かいのフリードたちの店が貧相に見えるほどだ。
何よりすごいのは、それを一人で切り盛りしているところだ。まぁもともと側近だったし、執事のようなこともしていたので慣れているのではあろうが、周りで店を出している学生たちに比べると、その経営力が比べものにならないくらい違っていた。
それにしても、店名と言い店の立地と言い、相変わらすフリードはあの側近に愛されているんだなと、しみじみ思う。
「お、俺そろそろ行かないとな。中央講堂の催し見に行くんだ」
ふと思い出して時計を見れば12時15分前。
12時から見たいものがあったので、そろそろ移動しなければいけない。
「ふーん、僕もそろそろ店番戻らないと。あんたたちはまだ学祭回るの?」
フリードは器の中のカレーを飲み干すと、顔だけ梅乃たちの方に向けて尋ねる。
「そうだね、もう少し学校でいちゃいちゃしていくよ」
「しないから!」
「ふーん、好きにすれば」
フリードの問いにアサドがふざけて返せば梅乃がそれに反応するが、それを見てフリードがため息混じりに受け流す。いつもつんけんしてるフリードだが、やけに今のは棘があったように感じた。
そんなこんなで俺はその場を離れて中央講堂を目指した。
昨日行った梅乃にプログラムをもらったのだが、「ひっぷほっぷ」や「ろっく」と言った現代風の音楽や踊りは野外でするところが多いらしいのだが、梅乃が所属しているオーケストラや民謡楽器などの古典的なものは中央講堂ですることが多いらしい。
そして俺が今から見に行こうとしているのは、バレエサークルの催しだ。
火曜1限目にとっている「バレエ芸術に楽しむ」という講義の影響か、こっちの世界に来てから俺はすっかりバレエにはまってしまった。音楽もそうなのだが、バレリーナやダンサーたちが創り出すあの優雅な空間に惹かれるのだ。
今回、大学祭で披露されるのはたったの30分だけなのだが、その中でどんなバレエを繰り広げられるのかが楽しみだ。
中央講堂に入れば、開演5分前だというのに前2列しか埋まっていなかった。
夕べ梅乃に聞いた話では、オケの演奏会の方は前5列くらい席が埋まっていたというのに、それに比べれば人は少ない方だ。どうやらこの国の学生たちにはバレエはあまり馴染みがないものらしい。
並んでいる椅子の辺りまで行き、前過ぎてもよくないし後ろ過ぎてもと、どの席に座ろうか悩んでいると、3列目の端によく知る人物を見つける。
「よ、ソラも来ていたのか」
俺は後ろから近づいてぽんと肩を叩いて言う。
呼ばれたソラは顔を上げて少し大きめに開いた瞳で俺を見ると、すぐに瞳の大きさを元に戻した。
「ニールセンさんも来ていたんですね。ここ、座りますか? あ、でも真ん中の方がいいですよね?」
「いや、ここでいい。すまん、ありがとう」
そんなやりとりをすると、ソラが一つ内側にずれ、俺はその隣に座る。
勢いよくソラに話しかけてしまったが、それと同時に先日、隣の隣の駅で見た光景が頭をよぎる。
あんな時間にあんなところで何をしていたのか、一緒にいた男は恋人なのか、それともただの――。
まったく、何でこんなこと俺が気にするのもおかしな話なのだが、あれから今日までの間、ふとしたときに思い出してしまう。
それ以前に「ニールセンさん」だからな、どうにもまだ壁があるというわけか……。
「――なぁ、俺のこと、テオって呼んでくれ」
「え?」
「頼む」
我ながらかなり唐突に頼み込んでいるのは分かる。気がついたら自分の口からそんな言葉が出ていて内心で焦っているところだ。だが、逆にこう言うのも必要なのだろう、特にソラのような謎めいた相手には。
すると、少し目を丸くしていたソラは口元に手を当て、クスクスと笑う。
「なんだかとても唐突ですね」
「あぁ、俺もそう思う。でもほら、みんなにそう呼ばれてるから、ファミリーネームで呼ばれるのはしっくり来ないんだ」
「なるほど」
自分でも言い訳がましい理由を付けてしまって逆に恥ずかしくなったが、これで名前で呼んでもらえるならそれでいい。そしてこう考えている自分がなんだか必死な感じがして、自分で笑ってしまう。
そんな話をしているうちに、ブザーが鳴って公演が始まる。
俺らは舞台の上に集中した。
授業を受けていて大概俺も分かってきたが、バレエには沢山の種類があり、どれも2時間以上かけて演じられる。今回の公演では、30分のうちに有名な題目の有名なシーンをいくつかピックアップして踊っていた。
以前授業で観に行ったプロの踊りに比べれば、やはり大学のサークルレベルだからかも知れないが、どことなく動きが堅く、しなやかさや繊細さに欠けるものがあった。とは言え、舞台上はとても優雅な空間に包まれ、すぐにその世界に引き込まれる。
「ジゼル」、「ドン・キホーテ」、「コッペリア」、「くるみ割り人形」と有名なシーンが流れ、最後に「白鳥の湖」の情景が演じられる。
どこかもの悲しい雰囲気のする曲調に乗せて、白鳥の衣装を着た団員たちがつま先立ちでくるくる回っている。
それを見ながら隣でソラが微かに手首や足首を動かしているのに、俺は始まったときから気がついていた。
ソラはずっと舞台上に目を向けながら、彼女たちの動きに合わせて動いている。いつもは物静かな涼しげな瞳は、どこか羨望のようなものを含んで舞台を見ていた。
その姿は舞台上の白鳥たちよりもずっともの悲しそうで――――。
「そんなに好きならまたやればいいのに」
30分の公演が終わり照明が明るくなると、俺はソラに言った。先ほどの瞳の色といい、手や足の動きと言い、そうとしか考えられなかった。
そんな俺の言葉に、ソラは少し眉間にしわを寄せて照れくさそうに顔を赤らめた。
「……見てたんですか」
「そりゃあすぐに分かる」
そう言って俺は立ち上がり、ソラに手を差し出す。ソラは一瞬逡巡した後にその手を取って立ち上がる。
「まぁいいんです。私は別で忙しいので」
しかしソラはため息混じりにそう言う。そういえばいつも何かしら忙しそうだ。いくら好きとはいえ、そう簡単にバレエができるものでもないのは、何とも寂しいものがある。
「よし、この後時間あるか? 少し一緒に回ろう」
俺はソラの手を握ったまま、少し自分の方に引いて催促する。
ソラは一瞬慌てるが、鞄からスマートフォンを取り出し何かを確認すると、特に何も言わずに俺についてきた。
中央講堂を出れば昼過ぎだからか、公演前よりも人で溢れていた。
今頃どこかに飯を買いに行こうとしても、きっとどこも混んでいるだろうな。
そう思いつつ俺はソラに尋ねる。
「――何か食いたいものでもあるか? 遠慮なく言っていいぞ」
「えっそんなの別に――!!」
ソラが胸の前で手を振って断ろうとしたが、俺はその手を問答無用で握った。
人が多くてはぐれないように、というのは誰に対しての口実だろうか。本当は逃がさないようにしている自分がいるというのに。
「まぁ人が多いからな」
「…………」
それでも俺は言い訳がましくそれを言った。本当に自分でも必死だなと思ってしまう。
だが、そんな強引な俺にソラは何も言わずについてきてくれた。聞きたいことは沢山あったが、今はなんとなくそれでよかった。
「……ニールセンさん」
「テオだ」
「……テオさん、この前からやたらと私に構いますよね? どうしてですか」
沢山の人に押し合いへし合いされつつ大通りを目指しながら歩いていると、ソラがそんなことを尋ねてくる。
やけに直球だ。
まぁそりゃあここんところの俺の絡み方を考えれば、確かに疑問は湧くか。
「それはソラも察しているんじゃないのか?」
「……でも私たち、会ったばかりですし」
「それは関係あるのか?」
俺は首だけソラの方に向けて言う。
「こういうのに知り合った時間は関係あるのか? 俺はないと思う。だからこうしている。ただ、迷惑なら言ってくれ」
確かに色々と性急すぎたかも知れない。ソラが戸惑うのも当然だ。
だが、未だに感じるもどかしさをどうにかしたくて色々と焦ってしまう。
そんな焦りもこんな行動も俺の勝手であるから、ソラの迷惑にしかならないのかも知れないが。
するとソラは少し俯いて言った。
紙からのぞく耳が少し赤く染まっている。
「迷惑なんてことは……」
「そうか、じゃあ今日はこのまま過ごそう」
そう言うと、ソラは少しため息混じりに降参したような素振りを見せる。
それは俺を図に乗らせることにしかならないが、まぁ今日という日はそれに遠慮なく甘えようと思った。
少し展開が強引だったかしら。。。汗汗




