13.大学祭2日目その1
ようやく2日目!
梅乃視点
13.大学祭2日目その1
昨日はあの後、ハンスに連れ回されるままに色んなお店を回って帰ってきた。
オケの演奏以外、特に何かしたかと言われると本当にただお店を回って何か食べて、建物の中の催しを見ただけだったが、無駄に疲労感が襲ってきて、気がついたらすっかり寝落ちてしまっていた。
起きたら朝9時半。まぁ一応日曜日だから、普通の時間だろう。
ベッドの下を見れば、いつも通りすでにカエル王子の姿はなくなっていた。確か国際交流の方の店番があるとか言ってたっけ? 昨日はざーっと通っただけだったからフリードたちのお店まで行けなかった。
まぁ昨日も学祭行ったし今日は家でゆっくりのんびりしようかと、そのままベッドで暫くごろごろする。
しかし、そんなまったり時間も私には許されなかった。
「うーめのちゃんっ大学祭行こうよ!」
「うぐっ」
部屋でうとうと二度寝を決めかけていたとき、ノックもせずに赤髪の軟派男がベッドに飛び込んできた。見上げれば、いつもの裸に赤いアラブベストを羽織っただけの破廉恥姿で、私にのしかかっていた。
少し垂れ目がちな金色の瞳と目が合う。アサドは目が合うと、少し目を丸くして、そして極上の甘い笑顔を浮かべた。
え!? ちょっと、突然何この状況!?
私が慣れてきたせいか、最近はそんな危険な香りも感じなくなっていたのですっかり油断してしまっていたが、改めてこういう状況に陥ると、とてもじゃないけど心臓に悪い。ここは大人しく従うに限る!
「えええっと、いっ行けばいいんでしょ、行けば」
「だから起きるからどいて」とアサドを押しのけようとするが、アサドは何故か私の手をひとまとめにして右手で頭の上に縫いつける。
そして何かいいことを思いついたかのように、金色の瞳の奥を妖しく光らせて、私の唇に左の親指を這わせる。
え!? 本当に何なの!?
もう心臓がやばい!
「ふふ、こうするととてもドキドキしない?」
アサドはそれはそれはとても魅惑的な顔でクスクス笑う。これ、この状況でドキドキしない子がいたら教えて欲しいくらいだ。
私は強く目を瞑る。
ドキドキもので心臓に悪いけれど、きっとこれもいつものからかいで私の限界ギリギリまで追い詰めてあっさり引くに違いない。そう思って私は半ば覚悟を決めつつ一難が過ぎ去るのを待った。
だがしかし、今日のヤツは無情だった。
――――ぺろっ。
「――――!!!!」
ぎゅっと目を瞑って身構える私の首筋にアサドの息がかかったかと思うと、ぺろっと首筋を舐められてしまった。さすがにこれには身体を震わせるほかなかったのだが、その反応が面白かったのか、アサドがクスクス笑う。
「ちょっ何で舐めるのさ!?」
勢いよくアサドを押しのけて怒鳴りつける。まったく、朝から心臓に悪いことしかしないんだから。
しかしアサドは至ってにっこり真面目に言った。
「ん? マーキングだよ?」
「マー……!?」
返ってきた答えに私は一瞬唖然としてしまった。アサドは更ににっこり魅惑的なスウィートスマイルで言った。
「くすっ。だって梅乃ちゃん可愛いんだもん」
いや、だからそれとこれとどう関係あるのかって話なんだってば!
本当に色々と心臓に悪すぎて私はアサドを睨み上げる。睨んだところで未だにこの男はニヤニヤ愉快そうにしているが。
「――おい、いい加減にしろ」
「あだっ」
すると、いつの間に入ってきていたのか、カリムがアサドの襟元を引っ張って私から引き剥がしてくれた。
そしてそのまま部屋の入り口までアサドを引っ張りながら首だけ私に向けた。
「梅乃、下で待ってるから行くなら早く用意しろよ」
「とびきり可愛い服、期待してるよん」
それだけ言い残すと、二人は大人しく私の部屋から退散していった。
……っていうか私、もう行くことになってるの?
カリムも助けてくれたはいいけど、何だかんだでアサドと同じく強引なところあるからなぁ。
せっかく家でごろごろしようと思っていたのに、こうして魔神二人に妨害されることになってしまった。
まぁ、明日の月曜日も学祭の代休だから、休めることは休めるんだけどね。
それから用意して11時。
魔神二人も普通の洋服に着替えて、私たち3人は大学祭にやってきた。
「ふーん、なかなかに人が多いんだねぇ」
「まぁそりゃあ”祭り”だしな」
二日目とはいえ日曜日であるし、今日も今日で気持ちよく晴れ渡っているため、昨日に劣らず人が多く出入りしていた。まぁおそらく昨日の間に地元の新聞やテレビで紹介などされていたので、それを見て新たに来た人も中にはいるのだろう。
なのでこれまた昨日と同じなんだけど、そんな人が多い中にやたらと顔だけはいいアラブ二人を連れていると、若い女の子の視線が刺さる刺さる。昨日のハンスの時は夕方だったが、今は昼間の人が多い時間帯。その上、背が高いのを二人も連れているから目立って仕方がない。
ただの留学生なら今日みたいな人が多い日にはそこかしこにいるのに、おとぎメンバーは顔ばっかりいいから一緒にいる方も大変だ。
そんなことを思いつつ人の流れに乗って大通りを歩いていると、ふわっと背中に大きな手が当てられる。
左を見上げれば、カリムがにかっと笑って私を見下ろしている。
「人多いからはぐれないようにしないとな」
「えっそんなの平気だし!」
確かにこの時間の構内は人が多くて混雑している。正午に近づくにつれてもっと人の量が増えるだろう。
かと言って、一応ここは私のホームグラウンドなわけだし、昨日もざーっとではあるが一通り回ったので、大体どこら辺に何のお店があるかは把握している。もちろん建物の中の催しもである。
「そうそう、もみくちゃにされちゃうからね」
今度は右からアサドの声がしたかと思うと、そのまま私の右手を掬い上げた。そちらを見れば朝と同じように魅惑的な笑顔を浮かべている。
「え! いいよ! 大丈夫だってば!」
「いいからいいから」
「お前の大丈夫は当てにならないしな」
ちょっと何なんだよこの状況。
何で私、高身長のイケメンアラブ二人にエスコートされてるんだ?
ただの学祭で!
昨日のハンスも大概だったけど、今日もこんな状況じゃひたすら人目を浴びることにしかならないじゃないか。
恥ずかしいから手を放して欲しいのに、この人たちはそれを聞き入れてもくれないからもうこの拷問を受けるしかない。
まったく、この人たちこそよくそんな当然のようにこういうこと出来るよね。これが文化の違いってやつか。
するとどこかから名前を呼ぶ声が聞こえた。
「――あれ? 佐倉じゃね?」
「あ、おいバカ。この状況で声かけるか、空気読めよ」
明らかに一回は私のことを呼んだのに、でっかいアラブが二人もいるためか、もうひとりの声がそれを止める。
気になって振り返れば、屋台と屋台の間で阿部君と大沢が「うげっ」と声を上げてきた。
うん、気持ちは分かるし私がそっちの立場だったら同じ反応示してたけど、若干傷つくな……。
さすがに知り合いが現れたとなったらカリムは私の背中から手を放してくれたけど、アサドは相変わらず手を握ったままだった。
「よ、よお、佐倉も来てたのかー。人多いなー」
と、先ほど私を呼んだのにもかかわらず、今気がついた風を装って大沢が挨拶してきた。しかし目線は私でなく両隣にいるイケメンにちらちらと向けている。
同じように阿部君も挨拶してきたけれど、阿部君もちらちらとアサドとカリムを見ている。
「そういう二人こそ。1年生の可愛い子でも漁りに来たの?」
「そんな失敬な!」
あんまりにも私に何か聞きたそうな顔で見てきたので、逆に二人を茶化してやる。図星だったのかどうか分からないけれど、何故かデジカメを持っていた大沢が大袈裟に否定してきた。
「そ、それより佐倉さん、あそこ見てみなよ。恭介いるから」
下手に踏み込んではいけないと思ったのか、阿部君が話題を変えるかのようにすぐ側の屋台の中を指差した。
その指につられてそちらに視線を向ける。
するとそこには、お客さんに出来たてクレープを渡す恭介の姿があった――――何故かナース服姿で。
「くすくすくす、大学祭ってあぁいうのもあるんだ」
「なるほどな……」
ナース服姿の恭介を見て、何故か横でアサドとカリムが納得している。
私は一瞬唖然としてしまったが、同じ屋台の下にいる他のメンバーも女子高生やらメイドやらCAやらの女装姿でいるのを見て納得した。
昨日も同じところを通っていたので、女装しながらクレープ売ってるところがあるなぁと思っていたのだが、まさかそれが剣道部だとは思わなかった。
そして当の恭介は、ガタイがいいし元々男らしい顔つきだったので、全くもって似合っていなかった。なのにナース服の丈が膝丈より上だったり、腿の真ん中あたりまでスリットが入っていたりなど、まぁあまりいいものではないな。
どうりで大沢がデジカメを持っているわけだ。
すると右手を繋いでたアサドが突然動き出した。
「おいアサド」
「ねぇ梅乃ちゃん、ボク、クレープ食べたくなっちゃった」
「ええっ」
それはとても唐突で、カリムの制止の声がかかる前にアサドはつかつかと剣道部の屋台に並ぶ列の後ろに向かう。当然手を繋がれていた私も一緒だ。その場に残された大沢と阿部君が再びそわそわする気配がしたが、気にする間もなくアサドに引っ張られていく。
前を歩くアサドの横顔を見れば、なんだかいつも以上に笑みを深くしている。後ろからカリムのため息が聞こえてきたが、このアサドはきっと何かを企んでいるのだろう。とても不気味だ。
列がある程度進むと、クレープの受け渡し番をしてた恭介がこちらに気がつく。
ナース服なことを見られて恥ずかしいのか、恭介は少し顔を赤らめてしかめ面する。しかしそれはほんの一瞬で、さっきの大沢と阿部君と同じく、一緒に並んでいるアラブに目線をやると、すぐに顔の赤みが引いて眉間のしわを濃くした。
そしてぷいっと視線をそらすと、何もなかったかのように目の前のお客さんの注文を聞いていた。
「ふぅん、あれが噂の……」
そんな恭介の様子を見て、隣でアサドが意味ありげに呟いた。ちらりとアサドを見上げれば、口調と同じく、意味ありげに金色の瞳を細めて恭介を見ていた。どこか観察するような目線だった。
「噂?」
「アサド」
「ん? 何でもないよ?」
アサドの呟きが気になって聞いてみれば、後ろからカリムが何故かアサドを窘める。それを受けてアサドは何もなかったかのようににっこり笑って誤魔化してきた。
今のカリムの反応からしても何でもないことないはずなのだが、一体アサドは何を企んでいるのだろうか。
前の人が注文を終えて品を少し待つように言われると、私たちの番になる。
恭介は魔神二人を見比べてから私に目を向け、いつものようにそれを柔らかく細めた――それはどこかぎこちなくはあったが。
「恭介、ナース似合ってるよ」
「お前、全く思ってないの顔に書いてあるぞ」
「あ、ばれた? すね毛剃った?」
「剃るかバカ」
とりあえずコスプレのことを突っ込んでおかないとと思って言ってやる。顔がにやけていたため、全く嘘なのは恭介にはバレバレだったが。
「で、ご注文は何にいたしますか?」
恭介は改めてアサドとカリムに視線を向け、一応店員らしく尋ねる。
屋台の上にメニューが下げられていて、ストロベリー、チョコバナナ、キャメル、黒蜜抹茶あずきのどれかをベースにコーンフレークやバナナ、イチゴなどのトッピングをお好きに加えられるらしい。ついでに食事の客を狙ったツナサラダやベーコンレタストマトなどのフードメニューもあった。
「梅乃ちゃん決めていいよ」
「え? アサドが食べたいんじゃなかったの?」
「うん、梅乃ちゃんが頼んだやつ食べるから。あ、カリムもいるから二つね」
「いや、俺は別にいいんだけどさ」
え、なんだかよく分からない。クレープ食べようと言い出したのはアサドだったのに、変なの。カリムも別にいらないと言っているのに、何故かアサドは強引に2種類私に選ばせようとする。
「じゃあ、チョコバナナにトッピング全部のせと、ツナサラダで」
後ろのお客さんもいるので手早く選んで注文すると、恭介は左右の眉を変な形にして私たちを見てきた。
「えーと、もう一つは? 二つだけ?」
恭介は机の上に広げてあった会計ノートにメモを取りながら聞いてきた。
すると、はたまた何故かアサドが私の肩に手を回して言った。
「うん、3人で二つ食べるからそれでお願いね」
「…………かしこまりました。じゃあこちらの列の後ろに並んで少しお待ち下さい」
恭介はアサドから代金を受け取ると、中でクレープを作っている剣道部員に向かってオーダーを叫ぶ。私たちも恭介の指示に従って、クレープが出来るのを待つ。
それはとても自然な流れだったけれど、なんとなく今のアサドの言葉に、恭介の目がぴりりと棘のあるものを含んだように見えたのは気のせいだろうか。
「はい梅乃、これ」
程なくして二つのクレープが出来上がると、私は恭介からそれらを受け取った。
ツナサラダの方をまず後ろにいたカリムに渡す。
そしてチョコバナナの方をその場でアサドに渡そうとするが――。
――――ぱくっ。
「あ、ちょっと!」
なんとアサドは私の手にあるクレープにそのままかじりついた。
口の端についたクリームをぺろりと舌で舐めると、瞳を細めて恭介の方に視線を向けた。
「あぁもう、営業妨害だからさっさと行ってくれ」
恭介は次の客の応対をしながら、私たちにしっしと手を振ってきた。
「くすくす、ごめんごめん。じゃ、行こっか」
アサドは何も悪びれる様子はなく、私のクレープを持っていない方の手を取ってその場から移動する。
先を歩くカリムが振り向きざまにアサドを窘める。
「……お前、やりすぎ」
「くすくす、そうかな?」
なんとなくアサドはいつも以上に愉快そうだったけれど、本当に何がしたかったんだろうか。
学祭行くまでが長くなってしまった。。。
しつこいですが、まだ続きます(汗




