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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第3章 アヒルもきれいな白色
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9.何事も順調

サブタイトルに困りました

9.何事も順調



 恭介のおかげで無事レポートも提出できたし。

 月曜日から新たに始まった実験も私の得意分野だし。

 オケの練習もいい感じにまとまってきたし。


 そんな感じで色々と順調に数日が流れていったけれど、更にいいことが。





「あれ? 佐倉さん、もう解禁なんですか?」


 おどけたサンチョのスタッフルームでお馴染みバイトの戸田ちゃんが話しかけてくる。

 私は制服のリボンを結びながら戸田ちゃんを振り返る。


「うん! 今日から復帰。2週間ぶりだね」

「佐倉さん、もうそのままクビなんだと思ってました」

「なっ戸田ちゃん、ひどい! 縁起でもない」


 なんて高校2年生にからかわれているわけだけれども、実際私もこのまま店長に「もう来なくていいから」などと言われるんじゃないかと冷や冷やしていた。



 もう2週間くらい前になるのかな。ゴールデンウィーク明けのシフトで一悶着起こしてしまった。というか、楠葉の件で楠葉の友達に突っかかってしまったのだけれど。でもお客さんのいる前でそんなことをしてしまったため、2週間バイトは謹慎を言い渡されてしまっていた。


 そして2週間経った今日、5月最後の木曜日。やっとバイト解禁になったところだ。

 もう本気で一安心。

 一回ペナルティを食らってるから気を引き締めて仕事しないとな。



 そうしてホールに出れば、既にシフトに入っていたクリスと相変わらず今日も来店してる楠葉が奥の席でにこやかに喋っていた。


「あ、お姉ちゃん。お姉ちゃん、オケの演奏っていつ?」

「ん? 何でいきなり?」


 近くを通ったときに楠葉に呼び止められる。

 楠葉はどことなく顔を赤らめて言う。


「明後日から学祭でしょ? クリスさんと一緒に行くことになったんだ」


 と、ちらりとクリスの方を見る。

 その視線を受けてクリスはニッコリと破壊的王子様スマイルを浮かべる。その笑顔を見た店員と客が「はぅ……」と息を漏らす。


「なるほど。私たちの出番は明後日土曜日の2時から3時だよ。最初室内楽やってそのあとオケ。中央講堂でやってるよ」


 私がそれだけ言うと、クリスは王子様スマイルのまま楠葉に話しかける。


「じゃあその他の時間は適当に回ろうか。んーと、11時くらいに駅でいいかな? 迎えに行くよ」

「はい! 楽しみです」


 と、楠葉も満面の笑みで返して言った。


 とても幸せそうな雰囲気の楠葉だけど、ここぞとばかりにクリスにアプローチをかけているのがとてもよく分かる。

 楠葉曰く、クリスは楠葉のことを妹同然としてしか見ていないらしく、今のやりとりもきっとその上のものなのだろう。果たして楠葉の思いが届く日が来るのかどうか。

 妹よ、頑張るしかないのだ。


 そんなことを思いつつ、私は業務に戻る。

 クリスも話そこそこに仕事に戻り、楠葉はいつもの如く教科書を出してかりかり勉強をしている。

 楠葉の落書きだらけだった教科書は、雲雀さんが責任取って親に言って新調してくれたらしく、ぴかぴかのものに変わっている。あれからまだ2週間も経っていないけれど、学校の雰囲気はよくなりつつあるみたい。このまま楠葉の高校生活が楽しくなれればいいなと、切に思う。





 そうしてそのまま4時間くらいしてからお兄ちゃんが楠葉を迎えに来て、それからまた1時間仕事をしていたらよく知る二人組がやってきた。





「よぉ梅乃にクリス。終わったら飲みに行こうぜ」

「ちょっとテオ、業務中にそんなこと言うもんじゃないよ。それからもう少しトーン下げてよ。一緒にいて恥ずかしい」


 と、割と通る声で入ってきたテオに一緒に来たフリードがため息混じりに入店する。

 私はそこで時間を確認する。

 ただいまの時刻21時過ぎ。今日は21時半で上がりなのだが、それ以前に私はフリードを見やる。


「……薬、飲んだの?」


 それだけぽつりと問いかけると、フリードは再びため息を吐いて答えてくれる。


「あんまりにもテオがうるさいからね。ほらテオ、さっさと席に行くよ」


 そう言うとフリードはクリスに案内させて窓際のボックス席へと向かった。


 2週間くらい前、フリードは夜でも人間の姿でいられるような薬をアサドに作ってもらったらしく、それ以来ときどき夜も人間の姿で遊びに行ったりしているみたい。フリードがそういうのに参加するようになってから、神崎こうざきとか大沢あたりと親交が深くなったようだ。

 なんだかフリードが人間生活を楽しめているのを聞くのはどことなく安心する。


 そしてその後をテオが続くが、テオは私の方に振り返ると鞄から茶封筒を取り出し見せてきた。


「これ、今日もらったんだ」


 と、やけに嬉しそうにテオは言う。

 一瞬何の封筒かと私は考えを巡らしたが、テオの嬉しそうな表情ですぐに答えに行き着く。


「あ! お給料?」


 確認するように尋ねると、テオは更に嬉しそうに目を細めて頷いた。


「あぁ、だから今日このあと飲みに行こうぜ!」

「……え」

「じゃ、フリードと終わるまで待ってるからな」


 それだけ言ってからテオはフリードが先に座っているボックス席の方へ歩いていった。悠然と歩く長身の外人イケメンに、他のお客はクリスの時と同様「ほぅ」と息を漏らしている。さすがはテオもフリードもクリスもイケメンだから、店内にいる女性のほとんどの視線を集めてしまっている。


 いやいやいや、そんなことより、テオってホントにお馬鹿か、と思ってしまった。

 こっちで過ごすためのお金を稼ぐためにバイトを始めたのに、給料をもらったからって使おうとするのは意味なさ過ぎるでしょう。そんなところからヒモ男の習性が付いてしまっていたのか、と私は脱力してしまった。

 これは後でテオに言ってやんないとな。





 そんなこんなで、バイト上がりにテオ、フリード、クリスと私で飲みに行くことになった。普段なら平日の木曜日なのに、と言うところなのだが、明日は学祭の準備とかで全講義休講で気にしなくていいのだ。


 そのため、22時前だというのに私たちは最寄りの駅から二駅行った先にある居酒屋街に向かった。

 どうしてそこかというと、大学周りは特に何もなくてつまらないので、せっかくならと駅前が結構栄えているこの駅に来たのだ。


 そして適当なイタリアンパブに入った。

 席について早々、やたらとにこやかなモト王様が言う。


「よしお前ら、今日は俺のおごりだからいくらでも――」

「給料もらったからってすぐに調子に乗らないの」

「あだっ」


 おどけたサンチョの時と同じ事を言おうとしたテオを途中で窘める。思った以上に突っ込む手が強かったようで、テオの頭に打撃を与えてしまった。

 それを見て向かいに座ったフリードが再びため息を漏らし、その隣でクリスが困ったように笑っている。


「あんた、せっかくストレス溜めつつひと月頑張ってもらったお金なんだから、すぐに使わずに大事にしておきなさいよ」

「……う」

「テオもう王様じゃないんだしさ。大事にしなさいよ」

「いや、王様でも大事にするべきだと思うけど」


 私がテオに言い聞かせていると、途中でフリードが突っ込む。まぁ確かにフリードの言うとおりだけれども。

 二人がかりで窘められてそれまで嬉しそうだったテオは、どことなくしょぼーんとしてしまった。よほど給料をもらえたのが嬉しすぎて、そういう考えが飛んでいたようだ。

 が、しかし、その向かいでテオ以上に何故かクリスがしょんぼりしてしまった。


「く……クリス?」

「そうだよね、お金、大事にしないといけないよね。僕もつい先日4月からの分をもらったばかりで、テオ君の代わりに僕が支払おうかと考えていたんだけれど……うん、いけないよね」


 と、影を背負い始める。相変わらずネガティブでヘタレなのはご健在らしい。

 私は向かいに座るフリードを顔を見合わせてお互いにため息を吐いた。


「いや、そういう意味じゃなくてね? あぁもうっ、とりあえず割り勘でいいじゃない!」


 私がそう強引に押し進めていると、ちょうど店員さんがオーダーを取りに来たので適当にお酒とチーズを頼む。

 まったく、この人たちがこういうやりとりをし始めると話が前に進まないんだから。



「それにしてもカールとかハインさんとか魔神二人とかは誘わなかったの?」

「見事にハンスを除いたね」


 やって来たお酒を飲みながら、私はテオに尋ねた。向かいでフリードが何か言っていたけれど、気にしない。


「あぁ一応他のやつらも誘ったんだけどな。カールは学祭の準備で今夜は友達の家なんだと。ハンスもハンスで週明けから乗船調査だとかでその準備に追われているそうだ」


 それだけ言うと、テオはギネスを勢いよく煽る。何となくイメージ通りだ。

 そういえば近々乗船調査があるとか何とかハンスが言っていたっけ? ハンスのことになったら頭がシャットダウンしてしまっているから忘れてしまっていた。

 カールもカールでお店の火元とかテントとかの確保に協力しているらしく、ここ最近は結構走り回っているみたい。私が1年の時をなんとなく思い出してしまう。


「アサドとカリムはなんかよく分からないが、ハインも例のカフェで学祭出張するとか――」

「あ! テオそれを言っちゃ――」


 続けて他の連中の動向を聞いていたら、テオがうっかり発言するところだったので、私は急いでその口をふさぐ。

 だってハインさんのカフェのことってフリードには言っちゃいけないんじゃなかったっけ?

 私はそのままおそるおそるフリードの方を見る。

 しかしフリードは驚くそぶりをするでもなく、いつものように呆れ顔だった。


「ハインがカフェ経営してるのは知ってるよ。まだ来るなって言うから行ってないけど」


 と、ため息混じりに言う。フリードは一体一日にどれくらいため息吐いているのか幸せが逃げまくりだ。

 いや、それよりもハインさんがCAFE Frosh in Liebeっていう店名を付けていることとお店のテーマを聞いたらフリード激怒するんじゃないだろうか。かくいう私もまだ行ったことはないけれど、その日が来たらきっと思う存分フリードをおちょくるんだろうなぁ。






 それから1時間くらい4人でお酒を楽しんでお店を出た。

 気がつけば23時半、終電ではないけれど結構いい時間だ。


「まぁとりあえず土曜日の2時から3時は私の演奏だから聴きに来てよね」


 駅までの道すがら、私は3人に向かって言う。クリスにはさっきおどけたサンチョで言っておいたが、テオとフリードにも宣伝するのを忘れない。きっとこの人たちはクラシック好きだしな。


「僕もお店のシフトがあるんだけど……気が向いたらでいい?」


 と、フリードが相変わらずつーんとしながら言った。そういえばフリードもフリードで国際交流団体のお店があるとか言っていたっけ? 都合が合えばで構わないけれど、気が向いたらという言い方が実にフリードらしいなぁと思う。


「梅乃さんの演奏聞くの初めてだからとても楽しみにしてるね」


 その傍らでクリスはにっこり笑顔を浮かべて言ってくれた。フリードの後にこういう言葉を聞くと、なんだか胸がじーんとする。こういうところ、クリスのいいところだ。


「あ」


 そんな他愛もない話をしていたら、テオが途中で立ち止まった。


「ちょっとテオ、いきなり立ち止まらないでくれる?」

「あぁすまん。だが……梅乃あれって」

「ん?」


 突然止まったテオの背中に思いっきり鼻をぶつけたフリードが眉間にしわを寄せつつ言うが、テオはそんな雰囲気には気がつかずある一点を眺めていた。

 その視線は、前方の駅のロータリーに向いている。



 そしてそこには、空の姿があった。



 もちろん一人ではなく、若い男の人とおじさんっぽい人と、黒塗りの高級車の前で話していた。そして若い男の人に肩を組まれていた。


「梅乃、ソラに男なんていたのか?」


 まるで独り言のようにテオは呟く。


「さぁ? でもなんかそういう雰囲気っぽいよね」


 夜だし遠目だしであんまり顔までよく見えなかったけれど、なんとなく大人な雰囲気だった。

 確かに空って美人さんだからあり得なくはないけれど。


 そう思ってそちらの方を少し観察すれば、3人は高級車に乗り込んだ。程なくして高級車がロータリーから滑り出ていく。

 ほんの一瞬のことだった。



「ほら、さっさと行かないと終電まで逃すよ」



 テオの後ろからフリードが催促するので、再び私たちは駅を目指して歩き出す。

 確かにフリードとクリスからすれば何のことかさっぱりだろう。



「なんだ……男がいたのか……」



 同じようにテオも隣を歩くが、その道すがらぽつりとそう呟いていた。




次からは学祭です!

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