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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第3章 アヒルもきれいな白色
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7.レポートがやばい

梅乃視点。

7.レポートがやばい



 事の発端は週末の金曜日、オケの練習の後。

 私がチェロを片付けていると、隣で夏海なつみが「あ」と声を上げた。

 そして夏海は下から私の顔をのぞき込むように見てきた。まぁ、私は立ってチェロを片付けていたし、夏海は座りながらヴィオラを片付けていたので当然の体勢ではあるが。


「あんたレポートやった?」

「え? レポート?」

「うん、ほら先々週の実験レポート」


 突然何の話だと思いながらも私は自分の記憶の中を漁ってみる。あ、そういえば先々週の酵素実験のレポートの〆切りが週明けの月曜日だったっけ?

 うん、週末もあるし、余裕で終わるだろう。


 私は夏海に満面の笑顔を向ける。


「みーせて」

「はぁ、だと思った。だけどごめん。あたしもう出しちゃったんだよね」

「ん? え? えええー!」


 グチグチ言いながらも夏海はなんだかんだでいつもレポートとかその他諸々写させくれる。だから今回も私がまだやってないのを予想して準備してくれているんだと思っていたのに。

 なのにもう出しているだと? なんて真面目なんだ夏海は!!


 夏海はもう一つため息を吐くと、ヴィオラケースを閉じて言う。


「まぁ土日あるし、あたしにばっか頼ってないでたまには自分でやりなさいよ」


 う。それはその通りです、夏海様。

 くっそー、耳が痛いぜ。


「でっでもさ、ちょっと教えて欲しいなぁとか思ったり」


 私は人におねだりするときにしか使わない小首傾げと上目遣いを夏海に向けた。


「それもなんだけどね、あたし明日明後日潜りに行こうと思ってんのよね」

「えええー」

「だからほら、大沢とか神崎とか……恭介とかさ! 分かんなかったらあそこらへんに聞きなよ」


 何という。一番の頼りの綱が切れてしまったぜ。

 スキューバ好きの夏海は休日を見つけてはどこかに潜りに行く。明日も明後日も予てより予定していたんだろうし、わざわざこんな理由で引き留めるわけにもいかない。まぁ夏海自身が引き留められはしないだろうが。


「梅ちゃん、レポートをはじめから誰かに見せてもらおうなんて、あまり感心しないな」


 と、どこから湧いて出てきたのかハンスが後ろからやって来た。

 一応公衆の面前なので? 人の良さそうな笑みを浮かべているが、こいつ内心で確実にほくそ笑んでいるに違いない。現に遠回しに嫌味を言ってきているわけで。


 だが私もオトナなので、ここは愛想よく、愛想よく、愛想よく答える。


「えへへ、確かにそうですよねー。ちょっと自分で頑張ってみようと思います」

「うん、その方がいいよ」


 と、ハンスはそうにっこり優男風の笑顔を浮かべるが。




 そのあと、夏海と別れてうちまでの帰り道では。




「梅ちゃんて怠惰なんだね。なんとなく家での様子から見て分かっていたけど、本当に予想を裏切らないよね」


 なんて、いい人の仮面を取り去って言ってきた。


「まぁ本当に困っているのなら俺が教えてあげてもいいけど? もちろん分かる範囲でだけど」


 と離れて歩いていたはずなのに、いつの間にか私の傍によって髪を掬い上げている。

 いつものように口元は笑っているけど目元が全く笑っていない顔。嫌みったらしい顔だ。


 私はふんとハンスの手から髪を振り解くと、再びハンスから距離を離して歩く。


 ふんっ。だーれがあんたなんかに教えてもらいますか。ふんだべーだ。ぺっぺっぺーのぺー!


「相変わらず梅ちゃんつれないね」


 などと後ろからくすくすと笑う声が聞こえるが。




 しかし困った。

 いや、今日帰ってからの時間を合わせれば、それなりに余裕なんだけど。

 余裕なんだけどさぁ、私今回の実験ちんぷんかんぷんだったのよね。

 誰かに教えてもらうか見せてもらうかしないと。




 だが、小さな救世主が家にいることを思い出す。


 家に帰ってお風呂に入って部屋でまったりしていると、扉がノックされる。

 「はい」と返事をすれば、扉を開けたハインさんがぽいっと金緑のリンゴ大のカエルを投げ込んだ。


「相変わらず懲りない主人をお連れしました。それでは梅乃お嬢様、今夜もよろしくお願いします」


 と言って扉を閉める。

 もはやこれは毎晩の恒例だった。

 夜だけカエル姿のフリードは、強引な側近の計らいで私の部屋で寝泊まりすることになっているのだが、そんな生活がひと月経った今でも抵抗があるみたいで、いちいち自分の部屋に戻っているらしい。そこをハインさんに見つかってこうして連れてこられるのだ。


 もういい加減そういう流れなんだと諦めればいいのに、往生際が悪いなぁ。


「はぁ、まったく、懲りもしないのはあいつの方じゃないか」


 などとフリードは言っているが。

 しかし今晩の私にとってこの状況はとてもありがたい。だってフリードもカエルのくせに頭はいいからだ。


「ねね、ケロケロ殿下」

「は? 何、ケロケロ殿下って」

「え、そのまんまだよ。カエルだから」


 そう言うとフリードはいつものように眉間にしわを寄せて半目で私を見上げてくる。

 いやまぁ、カエルに眉間があるのかは謎なんだけどさ。

 そして盛大にため息を吐くと、私を斜めに見上げる。


「それで? 何?」

「フリちゃんレポートみーせてっ」


 私は実験資料を両手に持ち、人におねだりするときにしか使わない小首傾げと上目遣いをフリードに向ける。

 フリードは資料と私を交互に見ると、もう一度盛大にため息を吐いた。


「悪いけど、僕もうそれ提出した」

「え!?」


 なんということだ。フリードよ、あんた頭いいだけでなく、真面目か。要するにただの真面目なのか。ただのカエルのくせに。


「じゃ、じゃあ覚えている範囲でいいから教えてよ」

「はぁ? そんなの自分でやりなよ。っていうかそれ実験直後にレポート終わらせて提出したから内容覚えてない」

「ええー!?」


 なんだよ。頭いいだけでなく、ただの真面目でもなく、くそ真面目か。カエルのくせに。

 そもそもフリードの場合、夜はカエル姿だから筆記用具すら持てないはずで、つまり昼間に全部終わらせたってこと? 実験直後に?


「そんなに難しくなかったし、あと二日もあるんだし、自分でやりなよ。一応参考資料もあったことなんだし」


 と、フリードは器用に腰に手を当てて言ってくる。

 難しいんだって、私には!


 しかしこれ以上言ってもフリードは見せてくれる様子もなく、それどころか別の勉強を始めてしまった。

 まったくケチケチ、ケチのかたまりだ。いやまぁ、やってない私が悪いんだけども。


 それでも私はフリードに視線を送る。

 フリードは授業の教科書に乗っかりながら文を読んでいるが、私の視線に気がついているのか、ちらちらと視線をこっちによこす。

 そしてまた盛大にため息を吐いて身体ごと私の方に向いた。



「そんなに分からないならアサドにでも聞けばいいんじゃない?」



 そう言われてピンと来た。

 確かに、アサドなら薬も作ってるし、生化学のような実験はアサドの得意範囲内だろう。

 冷たくてケチなフリードと違って、アサドなら分かりやすく教えてくれるだろうし、もしかすると代わりにやってくれるかもしれない。


 うん、そうとなれば余裕じゃないか? 二日もあるんだし。

 なら焦ることはない。

 なので今日のところは明日明後日に備えて早く寝ることにしよう。


 そう思って早々にベッドの中に潜り込む。

 それを横目にフリードがため息を吐いていたが、気にせず私は眠りに落ちた。





 そして土曜日。

 休日は時間に縛られないからと、ついつい10時まで寝てしまっていた。

 顔を洗ってダイニングに降りれば、カリムとクリス、そしてちょうどよくアサドがモーニングティーを飲みながらまったりしていた。


 変な時間帯に降りてきたのでお昼までご飯を我慢することにして、ダイニングにお茶を淹れに行く。

 そしてアサドの左隣、カールの席に腰をかける。


 アサドは少し目を見開くが、すぐに金色の瞳を歪ませてニヤニヤ顔を作る。


「珍しいね? 梅乃ちゃんから寄ってくるなんて。どうしたの?」


 アサドは頬杖を付いて私に流し目してきた。

 いつもならここで肩に手を回してくるアサドだけど、今日は様子見か、まだ動く気配はない。

 まぁでも今日はアサドにお願いがあるわけだし、ちょっとくらいそうされても……うーん、頑張る。


 私は人におねだりするときにしか使わない小首傾げと上目遣いをアサドに向ける。


「何でも出来るランプの魔神さんにお願いがあるの。ご主人のお願い、聞いてくれる?」


 もはやひと月以上もこの生活が続くと、私がここの家主なのかどうかも感覚が危うくなってきてしまっているのだけれど、ここはレポートのため利用させていただく。


 アサドは目を細めたまま何も言わずに私を観察する。

 先を促しているかのような目つきだ。


「学校のね、実験のレポート書かなくちゃいけないんだけど分かんなくって。教えてくれないかなぁ? っていうかやってくれないかなぁ?」


 私は胸の前で両手を結んでおねだりする。

 横でカリムがはぁと鼻でため息付く音が聞こえる。私の位置からクリスは見えないけど、それまで読んでいた本から顔を上げてこちらを見ているのはなんとなく分かった。

 まぁ、そりゃあ真面目~なクリスからも感心できないことだろうし、カリムなんか呆れてるだろうけど、こういうときアサドだけは私の味方であるときらきら光線を送る。


 するとアサドは頬杖を付いたままの状態で口角をいっぱいいっぱい上げる。



「ご褒美は何くれるのかな、主人サマ」



 それはそれはとても魅惑的な笑顔で私に尋ねてきた。

 私は少しやばいと感じるが、そのままの姿勢で答える。


「え~っとご飯おごるとか、お菓子作るとか?」


 実際アサドが物に困ってそうな雰囲気もないし、私は無理矢理絞り出して言う。

 しかしそれじゃ不満なのか、アサドは金色の瞳を怪しく細めて、テーブルから腕を放す。そしてそのまま私の方へ手を移動させる。


 あ、これ、やばい。やばい流れじゃない? いや、レポートのためなら我慢しろ梅乃。いやいやでも、この顔、この体勢、やばいって!


 アサドはこれ以上ないくらい甘く微笑みかけてくる。



「ボクはご主人サマを味見したいんだけどなぁ」



 と、ゆっくりと顔が近くなる。

 いくら毎日一緒にいて慣れてきていても、さすがにイケメンな甘顔が間近に迫ってきたら私の心臓が持たないって!

 私は思わず目を閉じる。



 いやいやいやいや! ダメダメダメダメダメだってば!

 しかしレポート……いやいやいや!



 そう一人で葛藤していると、気配が離れていくのを感じた。

 うっすらと目を開けば、カリムに肩を掴まれてアサドが元の位置に戻っていた。


「まったく、お前は相変わらず梅乃をからかいすぎ」

「あははは、だって梅乃ちゃん可愛いんだもん」


 とアサドは反省の欠片もなくクスクス笑っている。

 カリムはアサドに向けていた呆れ顔を私にも向けてくる。


「大体お前もちゃんとあらかじめやっておけよ。つーか魔神の使い方間違えてるぞ」


 などとカリムも正論を突きつけてくる。

 まさしくその通り過ぎて耳が痛い。

 でもでも、普段魔法が必要になる事なんてそうそうないんだから、たまにはこういうことで使ってもいいんじゃない? などと自分を正当化するが。


「でも梅乃ちゃん、せっかくのお願い事、叶えてあげたいんだけど今日と明日はダメなんだ」

「――――え!?」


 元の位置に戻って残りのお茶を啜ったアサドが、少し残念そうな顔をして言った。顔全体は残念そうだけど、目だけはにやついているという、まったく器用な表情筋だ。


「今日この後と明日丸一日、ちょっと用事があるんだ。だから見てあげられないんだ。それにこういうのって魔法使うと不公平でしょ?」


 などと最後に小首を傾げて言ってきた。

 あのアサドにまさか正論突きつけられるとは思ってなかったけれど、非常に耳に痛いお言葉。そしてそういうところではアサドは無駄に鞭を与えるタイプなのだと、この時初めて知った。



 え、っていうかどうすればいいの? ピーンチ!



 私は焦ったまま、視線をクリスやカリムに向ける。

 しかし、クリスはそもそも文系でこういう事分からないだろうし、カリムは「俺に生化学なんて無理だぞ」、なんと言ってきた。




 どうするどうする?



 でもよくよく考えれば〆切までまだ今日と明日がある。

 終わらせようと思えば終わらせられるだろうし、とりあえず自力で頑張ろう。




 そう思い、その後の午後の時間、一人で参考資料を読みながら実験レポートを進めようとする。

 しかしまったくもってちんぷんかんぷん。

 その上分からなさすぎて、夕方に寝てしまっていた。




 そして起きて20時。



 あまり進められてないまま、〆切まであと一日ちょい。

 これはさすがにやばいんじゃないか……と内心焦る。



 でも頼みの綱の夏海もフリードもアサドも教えてはくれない。

 くっそ、本気でやばいな。



 そう思ったとき、ぱっととある人物を思い出す。

 うん、あの人なら見せてくれるはず…………!




 もう夜もすっかり更けてるけれど、背に腹は代えられない。



 私はフリードに一言今日は帰らないかもってことを告げると、バッグを持って家を飛び出した。


 


この話続きます!


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