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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第3章 アヒルもきれいな白色
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2.つい付け忘れる

梅乃視点。お出かけ続き

2.つい付け忘れる



「さて、なんだかんだで俺に付き合ってもらってたわけだが、ついでだしどっかで飯でも食ってくか。奢るぞ?」


 美術館を出ると、カリムがそう切り出してきた。

 気がつけば2時間くらい美術館を堪能していたみたいで、いつの間にか日が陰り始めていた。


「奢るってあんた、一体その経済力がどこから湧いてるのか謎だわ」

「ま、俺は魔神だしこう見えても役人だからな」


 と、カリムはにかっと笑って私の髪をくしゃっとかき混ぜた。



 そんなこんなでカリムに案内されるままに、河童公園の近くの住宅地に紛れ込んでいる小さなイタリアンにやってきた。


 中に入ると、店の左側にある木製のバーカウンターが目に飛び込んでくる。そこから視線をさまよわせれば、店の右側から奥の方にアンティークなテーブルや椅子がちらほらと配置されていて、壁には程よく観葉植物が飾られている。


 奥から店員さんがやってくると、奥の方の落ち着いた席へと私たちを案内してくれた。


「カリムってこういうところ来るんだね」

「まぁ、俺結構色んなところ行ってるからな。ここ、ワインも上手いけど飲むか?」

「んじゃあ飲む」


 メニューを見ながら何を食べるか決めると、カリムが店員さんを呼び、いくつか料理とお酒を頼んだ。非常に慣れた様子である。


「カリムって平日も今日みたいなことしてるの?」

「ん? ああ、まぁそうだな。大体こんな感じ」

「はぁ、役人さんちゃんと仕事しなよ」


 今日一日カリムと一緒に過ごしたけれど、公園に行ったり美術館に行ったり、本来の王子たちの監視は一体どこに行ったんだっていうくらいぶらぶらしていた気がする。いや、今日は今日で楽しかったんだけれどね。


 するとカリムは少しむっとした表情を返してきた。


「なんだよ、心外だな。一応これも俺の仕事なんだよ」

「あだっ」


 と、カリムは私のおでこにデコピンをかましてきた。

 なかなか男の長い指でデコピンされるととても痛いから是非ともやめていただきたい。


「これも仕事って監視以外にもあるってこと?」

「そういうこと」


 うーん。今日のも仕事って、今日のことからどう仕事に結びつくのだろう? 

 おとぎの国ってこっちの世界の常識と同じように考えたらいけないところありすぎて、全く想像がつかない。



 そんなことを話していると、先ほどカリムが頼んだ料理がやってくる。

 テーブルの上にこんがりと焼かれたピザが数枚と、サーモンとチーズの乗ったサラダが並べられる。ピザもピザでとろけたチーズが鼻孔をくすぐる。そしてその横に軽めのワインが並べられた。

 うん、こんなおしゃれ空間でイタリアン食べながらワインって、なかなかにおしゃれすぎる。

 

 二人で軽く乾杯してからピザを切り分けて食べる。

 うん、ピザのチーズがワインと絶妙にマッチしてとても美味しい。

 サラダもほどよくオリーブオイルの味がして、さっぱりしている。



 たまにはこんな外食もいいなぁと思いながら食事を堪能していると、ふとカリムが何かを思い出したかのように私を見てきた。

 正確にはピザで隠れている私の左手を見ていた。


「そういえばお前、指輪全然付けてないだろ?」

「む。うっばっばれてた?」

「そりゃあな」


 出会ったばかりの時にカリムに着けておけと言われていたサファイアの指輪。

 実はちゃんと指に嵌めていたのは預かったばかりの1週目だけなのだ。

 オケでチェロを弾くのにもバイトでも外さないといけないところが多すぎて、今ではすっかり外したままで過ごしてしまっている。

 そして今も実は着けていない。


「しかもお前、持ち歩いてるならまだしも、家に起きっぱなしの時、結構あるだろ」

「えっそっそこまでばれてたの?」

「当然だ」


 とことんカリムの言うとおりで、家にいるときでもお風呂や食器洗いの時に外して部屋の机に置いておくと、ついついそれを忘れてしまってそのまま次の日着けずに学校に行くことも少なくない。

 だって日常的に着けることなかったんだから、急に着けろって言われても付けた生活に慣れないのよね。


「今持ってるか?」

「う、うん」


 私はテーブルに添えられているナプキンで手を拭くと、鞄の中からサファイアの指輪を出した。カリムはそれを受け取ると、私の左手を取り、その中指に指輪を嵌めてきた。


「アサドのランプは一応携帯してるみたいだけどな、これもちゃんと携帯くらいはしろよ」

「うーん、だってランプは携帯してるっていうか鞄に入れっぱなしだからあんまり支障はないのだけれど……」


 そこまで言うとカリムが胡乱気な目つきで私を見てきた。

 そしてため息混じりに言う。


「はぁ、どっちにしろいざとなったときにランプも指輪もお前の頭から飛んでそうだよな。現にこの前もそんな状態だったらしいし」

「この前?」

「ほら、妹の件で」


 そういえば確かに楠葉の件では指輪からカリムを呼び出したこともあったけれど、あれもクリスに言われたから思いだしたんだっけ。

 言われてみると本人たちがすっかり私の日常に溶け込んでいるのと同じように、ランプも指輪も私の鞄に溶け込みすぎて違和感を感じなくなったほどだ。そりゃあついつい忘れちゃうよね。


「それならなおさら指輪は着けておけよ。まだ指に着けていて違和感ある方が思い出せるからな」

「うーん、また忘れそうだけど」

「お前な」

「いやだってさぁ、20年間魔法なしで過ごしてきてるわけじゃない? だからいざ魔法が必要なときないかと言われても、よく分からないのよね」


 別に魔法を卑下するわけでもないし、確かに魔法があったらと思うときはたまにあるけれど、そういうときもずっと魔法なしで乗り越えられてきたから、その必要性に薄れてしまう。

 まぁ確かに楠葉の件ではとても助かったけれど。


「お前、無欲だな」

「え? そう?」

「あぁ、欲がない」


 カリムは不思議そうな目つきで言ってきた。

 それに私は頭をひねる。

 うーん、そうかな? そんなこと初めて言われた気がするんだけれど。


「まぁこういう世界で過ごしてるのなら無理はないだろうけどな。向こうの世界じゃ、魔法を使えるってだけで愚かな欲を出してくるヤツばかりだ」


 カリムはため息混じりにそう言った。

 言われてみれば確かに、魔法が出てくるおとぎ話ってたいてい善人と悪人両方に働きかけたりするよね。んでもって悪人の方は、世界征服だとか贅沢したいとか憎いやつを死なせたいとか、そんなお願い事が多いよね。

 そりゃあそういう人を見てきたのなら、こっちの世界の人は無欲の人が多いんじゃないかと思う。少なくとも日本では。



 カリムはもう一つため息を吐くと、何故か私の頭をくしゃっとかき混ぜてきた。


「まぁそれでもちゃんと着けとけよ。お前きっと頼らなくていいときと頼らなくてはいけないときの区別つかなそうだからな」


 と、カリムは念を押してきた。

 見ればどことなく困ったような笑みを浮かべていた。それはなんとなく手のかかる妹を持った兄のような表情で、妙な安心感のある瞳をしていた。



 しかし、カリムに心配かけるようなことをした覚えはないんだけれどなぁ。

 それにさすがに「頼らなくていいときと頼らなくてはいけないとき」の違いくらい、私にも分かるのに。







 それから2時間くらい料理をゆっくり楽しんでから、私たちは店を出た。

 すっかり日は落ちて、時計を見れば21時近くなっていた。


「よし、だいぶ遅くなったし、帰りくらいは飛ばすかぁ」

「あ、久々に出た。カリムの魔法」


 カリムと言えば瞬間移動ってイメージがあったのに、今日はずっと歩きで移動していたからこのまま今日一日使わないで終わるのだと思っていた。


「まぁ今日は徒歩で回れるところだったからな。今度飛ばなきゃならないところも連れてってやるよ」


 カリムがにかっと笑って私の頭にぽんと手を乗せる。


「それって、空も飛んだりするの?」

「ま、そうなるだろうな」


 と、今度はしたり気に言った。

 ここまで話していたらいいことを思いついた。


「ねぇ、家まで競争しようよ」

「は?」

「だから、競争。カリムも魔法使わずにちゃんと走るの」


 今日はずっと徒歩だったのだから、敢えて帰りも徒歩で帰ればいいのではと考えが浮かんが。でもただ歩くだけではつまらないので、ここは競争をふっかけることにした。

 なんだかんだでピザとかしっかり食べちゃったし、最近運動とかしてないし身体もなまってるしちょうどいい。

 そう思って提案してみたのだけれど、なんだかカリムはまた呆れた顔を向けてきた。


「お前、一応酒が入ってること忘れんなよ」

「大丈夫大丈夫! これくらいじゃ私つぶれないから」

「はぁ、その言葉が信用なんねー……」


 と、カリムはため息を一つ吐く。

 まぁ確かに前科があるから心配されるのは当然なのかもだけれどさ。



「よし、じゃあカリムの負けね! 先に行ってるから!」

「え、あ、おい! はぁ、しゃーねーな」



 あんまりにもカリムが渋るので、私は先に走り出すことにする。

 するとカリムも仕方なしにそれに乗ってくれた。



 そうして気分良く先に走っていると、程なくしてカリムが追い越してきた。

 その状態で5分くらい走っていたけれど、途中で息が切れてしまい、結局カリムの魔法で家まで帰ることになったのだった。




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