表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第3章 アヒルもきれいな白色
76/112

0.プロローグ(テオデリック)

さて3章開始!

まずはテオ視点から。

0.プロローグ



 俺は出来た人間かと言われると、全くもってそんなことはない。



 俺はずっと自分の立場に守られていたということに最近になってようやく知った。

 まともに金を稼ぐ方法など知らなかったし、自分が望まずとも周りには多くの物も人もあった。

 だから自分でも気づぬうちに贅沢になってしまっていた。

 その結果が、エリサの件だ。


 彼女は今どうしているだろうか。

 幸せな結婚生活を送れているだろうか?

 本当にエリサにはひどいことをしてしまったから、今度こそいい男と幸せになって欲しいと切に想う。



 例えば今、舞台の上で踊っているジークフリートのような相手と――――。



 正しくは今踊っているのはジークに扮した男なのだが、ジークは本当にいい男だと思う。

 愛した白鳥を、死を覚悟してまで救った。

 こっちの世界でも好かれて当然の男だ。


 そんなことをぼんやりと考えながら俺は舞台を眺める。

 ジーク役もそうだが舞台上で踊る白鳥はもっと優雅で美しかった。


 

 そこでふと俺はいつぞやの昼下がりのことを思い出す。



 サークル会館の3階で踊っていた天使のような彼女。



 俺に仕事を与えてくれた。

 彼女は一体誰だったのだろうか。

 一度でいいから話をしてみたいと思うのだが――――。







「ふぅー、楽しかった」


 カーテンコールがようやく終わり、隣で梅乃が息を漏らした。見ればどことなく幸せそうな顔をしている。


「あぁ、夢のようなひとときを過ごしたような気分だ」



 今日、5月の第3週目の土曜日、俺と梅乃は「白鳥の湖」のバレエを観に来ていた。

 俺と梅乃が火曜1限目に受けている講義『バレエ芸術を楽しむ』では、休日を使って実際に観劇しに行くという項目があり、今日はそれで来ていたのだ。


 以前から観たかった演目であったが、非常に楽しい時間を過ごした。

 今日観たバレエの結末は、実際におとぎの国で起こっていた話とは違っていたが、どちらにせよ「白鳥の湖」はとてもいい話だと思う。



 そんな余韻に浸りつつ、俺たちは入り口に向かう人の波に乗る。

 なかなか進むのが遅いが、今観たバレエの感想を梅乃と言い合っているため、さして気にならない。


「うんうん、あそこねー……あれ?」


 すると突然梅乃が何かに気がついたようで、人混みから外れてどこかに行こうとする。


「お、おい梅乃。どこに行く」


 俺は急いで梅乃の後を追う。

 まったく、この状況でいきなりどこかに行ったらはぐれるだろうが。


「いや、友達が見えた気がしたから……って、やっぱり! 空! 空も観に来てたんだ」


 すぐに追いかけたため梅乃は簡単に捕まえられたが、それでもその”何か”が気になるようでそちらに向かって梅乃はずんずん歩き出す。


 梅乃が向かったのはロビーに備え付いているクローク。

 その前にいたのは、一人の女性。

 背の中程まで伸びた艶のある黒髪に凛とした背筋。



 それはまぎれもなく、いつか見た天使のような彼女だった。



 梅乃に呼ばれて彼女が振り向く。

 細い輪郭の中に切れ長の瞳とすっと通った鼻、そして小さな唇が整然とした様は、さながら日本人形のように美しい。

 俺はつい見惚れてしまっていた。



「あ、テオ、この子私の高校時代からの友達で羽山空はやまそらっていうの。空、この人は、えーと、そう、デンマークからの留学生でテオデリック・ニールセン。経済学部の4年だから空の一つ上だね」


 梅乃の紹介で、俺は我に返る。

 そして彼女に手を差し出した。


「よろしくな」


 すると彼女は俺の上から下までを観察するかのように見てきた。

 確かに、俺はここ日本では異質の外国人のような様相だから珍しいのだろう。

 しかし途中で目が合った。



 日本人独特の黒色の瞳。

 それはどことなく悲しみを帯びているように見えたが――――。



 程なくして彼女は俺が差しだした手と握手を交わした。



 ――――ピリリリ。



 どこからか機械音が鳴った。

 すると彼女が慌てた様子で鞄の中を探る。どうやら彼女が持っていたスマートフォンが鳴ったようだ。

 ただそれだけなのに、それを確認した途端、彼女の顔が曇ったように見えた。


 しかし彼女はすぐに表情を戻し、にっこり笑った。



「じゃあ、私、迎えが来てるから、先に失礼するね」



 彼女は素早くスマートフォンを鞄にしまうと、俺たちに手を振って踵を返した。

 入り口までなら俺たちも同じ方向であるのに、なんとなく壁を作られたように見えたのは気のせいか。



「残念、せっかく久々に会えたのにすぐ行っちゃうなんて」


 隣で梅乃がそう漏らした。


 俺は改めて彼女が去っていった方を見た。

 彼女はいつの間にか人の波に消えていた。





 天使のように美しい後ろ姿。

 幻だと思っていた彼女。



 その彼女は本当に存在していた。

 顔を見ることが出来た。

 名前を知れた。



 それだけで十分だと思っていた。



 しかしそれだけでは物足りない気持ちが沸々と湧いてくるのを俺は感じずにはいられなかった。





プロローグの割に少し長めになってしまったやもです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ